imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

政治・経済

トウモロコシは食料か?燃料か?

食糧サイクルを破壊するバイオ燃料

矢口芳生(東京農工大学大学院教授)

 2006年の秋以降、トウモロコシが1.6倍、小麦は1.3倍と、世界の穀物価格は急騰している。このほか、大豆は1.3倍、菜種も1.5倍に高騰している。この影響で、これらを原料とする食料油、マヨネーズ、砂糖、畜産物などの値上げが相次いでいる。

農畜産物の価格高騰のワケ

 農産物の値上げの直接の原因は、バイオマス・エネルギーバイオ燃料の需要の高まりにある。バイオ燃料の原料は、トウモロコシなどの穀物や菜種などの油糧作物である(バイオマスとは、エネルギー源や原料として利用できる、生物資源または生物由来の資源)。
 2005年8月にアメリカを襲った、超大型ハリケーン「カトリーナ」によって石油関係の施設が破壊され、石油価格が高騰した。また、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国の新興経済4カ国)などの経済発展に伴って、石油に代表される化石燃料や食料の需要が急増している。
 こうした中で、化石燃料の代わりとして、また地球温暖化対策として、バイオ燃料への期待が急速に高まり、穀物などの価格高騰を招いている。食用と燃料用とで、穀物を奪い合うという新たな動きが進行しているのである。穀物の世界的な大不作によって生じた、1970年代の穀物高騰、「世界食料危機」とは明らかに異なる。

エネルギーは消費者より大切?

 アメリカのブッシュ大統領は、2006年1月の一般教書演説で、「2017年までの10年間に化石燃料を2割削減してバイオエタノールで代替し、1億3000万kL(350億ガロン)をガソリンから切り替える」と表明した。これは、現在のアメリカのトウモロコシ生産量の全部をエタノールにまわしても不足する量である。アメリカでは急ピッチでエタノール工場が建設され、作付けも大豆からトウモロコシに急速に転換が進んでいる。
 またブラジルでは、オレンジからサトウキビへの作付け転換が行われ、オレンジ果汁が値上がりするだけでなく、砂糖の価格も高騰している。サトウキビがエタノールの生産にまわされるためである()。
 一方、欧州連合(EU)では、2020年までに化石ディーゼルを10%削減し、代わって菜種などからとれるバイオディーゼルの使用を奨励している。菜種の主要な生産国であるフランスでは、農地の4割に当たる136万haに菜種が作付けされたため、食料生産に大きな影響が出ている。菜種の増産を図るEUだが、それでも域内の生産だけでは不足し、菜種油をカナダから輸入している状況である。
 トウモロコシや菜種が仮に食用で、遺伝子組み換えのものであるならば、消費者から安全性が問われ、敬遠されるところである。しかし、バイオ燃料の原料となると話は別である。現在のトウモロコシや菜種の不足への対応策として、病気に強く収穫量が多い遺伝子組み換えの作物が、今後、大々的に作付けされていくことを意味している。
 すでにアメリカでは、遺伝子組み換えトウモロコシの大幅な作付け拡大が進行している。これによって、遺伝子組み換えの飼料や作物を使わない、有機農畜産物や食品の生産にも支障が出ている。遺伝子組み換えではない作物を必要とする、消費者のニーズに応えられていないのである。

自動車が飢餓を深刻にする

 このように、バイオマス・エネルギー、バイオ燃料への急速で大量の需要は、食料生産や穀物などの価格を不安定にし、関係業界や消費者に大きな影響を与えているのである。たとえば日本では、飼料の多くを輸入に依存している畜産に、また大豆を原料とする食品産業に、油や砂糖を輸入して利用する関係業界に、大きな影響が出ている。
 途上国にも、さらに深刻な影響が出ている。メキシコでは、トウモロコシを原料とする主食のトルティーヤの価格が高騰し、庶民の家計への影響が心配されている。また、穀物価格の高騰は、8億にも及ぶ飢餓で苦しむ人々を直撃するばかりか、債務状況をさらに深刻にする。「穀物を人が食べるのではなく自動車が食べる」という、飢餓に直面している途上国の人々にとっては、許しがたい事態が進行しているのである。
 各国の思惑がどのようなものであれ、「CO2削減による温暖化防止」という具体的な地球環境問題が、世界政治および世界経済の課題に上ってきたことの意味は大きい。
 しかし、実質的なCO2の削減になるのかどうか、同時に世界の飢餓人口の減少につながっているのかどうかが問われなければならない。自動車に代表される「便利な社会」のままではCO2削減にならないし、飢餓人口を増やしてまで奨励するものでもない。「パラダイム転換」とは笑止千万である。

温暖化対策は生活のスリム化から

 地球環境問題を一歩でも改善しようとするならば、地域内での自給を基本にした自然エネルギーへの転換、大量生産・大量消費・大量廃棄から、最適生産・最適消費・最小廃棄(無害化)への転換、日常生活のスリム化などが必要である。
 穀物を食用からバイオ燃料へ転換する場合でも、5F=Food(食料)→Fiber(繊維)→Feed(飼料)→Fertilizer(肥料)→Fuel(燃料)といった、バイオマスのカスケード(多段階)的な利用が鉄則である。バイオマスの再利用は、付加価値や金額が高い食料から、低い燃料の順に行うのが理にかなっており、燃料・エネルギーは最終利用にすべきである。
 日本でも、02年に「バイオマス・ニッポン総合戦略」が策定(06年改定)されたが、大切なのは、上記の諸問題を改善する観点からバイオマスの利用を図ることである。
 菜の花を栽培して菜種油をつくり、その廃食油をバイオディーゼルとして利用する、滋賀県東近江市の菜の花プロジェクト(01年に全国的なネットワークが設立)、再生可能な新エネルギーの導入や、ゼロ・エミッション(廃棄物ゼロ)を目指す、岩手県葛巻町の新エネルギーの町宣言などの先進的な例が示すように、環境共生型の取り組みを加速しなければならない。
 日本国内には、38万6000haにも達する、人手不足などで放棄されたままの田畑がある。農地全体の9.7%を占める、このような耕作放棄地も、有効に利用しなければならない。また、100万haにも及ぶ、生産調整(減反)下にある水田の有効利用も再考しなければならない。

著者情報

東京農工大学大学院教授

矢口芳生

やぐち よしお

1952年生まれ。東京大学大学院修了、農学博士。81年、国立国会図書館入館。98年、農工大へ。2004年より現職。著書に『地球は世界を養えるか』『WTO体制下の日本農業』『共生農業システム成立の条件』など。

関連記事