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社会問題

なぜ子どもを虐待してしまうのか

特殊な親だけが虐待するわけじゃない

宮田雄吾(横浜カメリアホスピタル院長)

 昨今、日本では児童虐待の増加が止まらない。
 2009年度、全国の児童相談所が行った虐待相談処理件数は、4万4211 件に達した。これは、初めてデータが明かされた1990年度の1101件から比べると、じつに40倍の件数である。虐待による死亡事件も後を絶たない。2008年度に虐待によって死んだ子どもの数は、心中で死んだ61人を含めて、全国で128人に上っている。
 数字では実感がわかないかもしれないが、そこには多くの子どもの悲鳴や痛み、悲しみや恐怖があり、そこにはさらに多くの虐待に手を染めた親がいることも、看過できない事実である

虐待する親の背景について

 わが子を虐待する親とは、どのような人間像なのか。ここでデータを示す。
 まず、虐待は実母によるものが最も多い。07年度に児童相談所に寄せられた虐待相談の統計を見ると、62.4%が実母によるもので、実父による虐待は22.6%に過ぎない
 母親が若い場合、さらに危険は高まる。08年度の虐待による全国の死亡事例(心中を除く)のうち、実母が19歳以下だったのは7.9%、20~24歳は22.2%であった。日本では19歳以下の母親の割合が1.4%、20~24歳は11.6%程度なので、子どもを死なせてしまうほどの虐待では、若い母親が明らかに高率といえる。
 また、子どもを虐待死させた母親のうち、妊婦健診を受けていなかったのは31.3%、母子健康手帳の発行を受けていなかったのは29.9%、子どもに3~4カ月児健診を受診させていなかったのは26.9%、1歳6カ月児健診を受診させていなかったのは47.1%であった。このことから、乳幼児の公的サポートを受けていない母親ほど、危険率が高いこともわかっている。
 そのほかの背景として、山形県での05~08年の調査を見ると、子どもを虐待した親の59%は、精神疾患や知的障害などを抱えており、当人が子どものころに、離婚家庭や不適切な環境下で育った経験をしているケースも65%と多かった。
 経済面では、不安定就労25%も含めて、86%は何とか就労しているものの、生活が経済的に破たんしていたり、困窮していた割合が49%に上っていた。
 夫婦関係も悪化していることが多く、10%は別居状態にあり、家庭内暴力DV ; ドメスティック・バイオレンス)も10%に認められた。離婚ずみのケースでは、母子世帯が30%、父子世帯が7%。対して、夫婦関係に問題がなかったものは27%に過ぎなかった。

虐待をするのは特殊な親か

 こうしたデータを見ると、虐待を行うのは「特殊な状態にある親だ」と、つい考えがちである。しかし、それは誤りといえる。私たちは、いつか自分自身も虐待に手を染めることになるかもしれない、という自覚を持つべきである。
 例えば、02~05年に世界保健機関(WHO)の世界精神保健調査の一環として、国内6県で行われた調査の結果、虐待の背景によく見られる精神疾患は、日本人は約6人に1人の割合で発病の可能性があることが判明した。
 また日本では、毎年約25万組が離婚している。およそ2分に1組のペースという計算になる。さらに10年11月の完全失業率(季節調整値)は5.1%である。
 これらの数字を見れば、もはや他人事ではないのがわかる。虐待に手を染めた親と同じ環境に陥る可能性は、誰にでもあるのだ。
 1999年、子どもの虐待防止センターが行った調査では、子どもを「たたく」「泣いていても放っておく」という仕打ちについて、10人に1人の母親が、身に覚えがあると答えた。この数字からわかるのは、虐待をする親、しない親の間にある垣根は極めて低いということだ。さらに「子育てに夫が協力してくれない」と感じている母親に限ると、その割合は5人に1人と倍増する。つまり、孤独も虐待のトリガーになりうるのだ。

しつけと虐待の境界線

 虐待をしている親が、虐待と認識していないケースもある。「これはしつけである」というのである。子どもに対する疑わしい行為を、虐待とするか、しつけのための懲罰の延長線上にあると考えるか、確かに悩ましい場合が多い。平均的な常識に照らして、判断するしかないだろう。
 ちなみにしつけとは、社会のルールや、生きて行く上での美学を教える作業であり、子どもに対して、必ず行わなければならないことに異論はない。
 しかしこの段階で、子どもを虐待する親は、しつけを行う手段の選択を間違えていると思われる。本来は、丁寧に教え諭す、というのが、しつけのあり方である。そうした苦労や努力を惜しみ、暴力や、子どもを傷つける言動を、安直に用いるところに決定的な誤りがあり、親の怠慢がある。
 虐待は、しつけの手段としては機能しない。虐待を受けた子どもは、自らの心の中にわき上がる恐怖や敵意、悲しみに向かい合うことで精一杯となり、結果的に社会のルールも生きて行く上での美学も、身につけることはできないからだ。
 虐待と、しつけのための懲罰は、「虐待スペクトラム」といえるほどの連続性を持つ。だからこそ、子どもをしつけるために懲罰を用いるのなら、親は自らの伝えたいことを子どもに納得させる、という難儀な作業と真剣に向き合わなければならない。その努力を親が怠れば、その懲罰はすべて「しつけとして機能しない虐待である」と、子どもや社会から認識される。そのことを、十分に理解しておかなければならない。

著者情報

横浜カメリアホスピタル院長

宮田雄吾

みやた ゆうご

1968年生まれ。長崎大学医学部卒。同大学医学部精神科神経科、長崎県立大村病院、佐世保市立総合病院を経て、2000年より医療法人カメリア・大村共立病院に勤務。03年、情緒障害児短期治療施設「大村椿の森学園」を開設。10年より横浜カメリアホスピタル院長。著書に『「生存者」と呼ばれる子どもたち』(2010年、角川書店)ほか。

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