司法と原発~裁判官として、弁護士として、原発行政に立ち向かう
木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)
裁判官の独立性
――そしてこれは、井戸さんが裁判官を退官される直前に、先輩裁判官から井戸さん本人に言われた言葉。「あなたが着任する前に長官のところに行ったら、次に君のところにくる陪席はちょっと変わっている、と言われたんだよ」と。そんな引き継ぎがあったのですね。
井戸 はい。裁判長が言ってましたね。私の退官直前に。やはり、原発の差止め判決をしたということで、異端に思われていたのでしょう。
――そのような目で見られていたわけですが、裁判官時代に司法におけるこの原発の闇というのは直接、感じられたことはあったのでしょうか。
井戸 個々の裁判官に対して何らか直接の働きかけはないと思います。ただ、やっぱりこの原発問題には触れないほうが無難だと、そういう裁判官を躊躇させる、忖度させるような雰囲気を最高裁が作っているというのはあると思います。
司法について言えば、昔は、リベラルな裁判官が層としていたわけですよ。裁判官の自主的な組織がありましたからね。だけど、そういうのが、どんどんつぶされてなくなりました。だから、今、期待できるのは、やっぱり個人ですよ。例えば、刑事事件で言えば、(袴田巌さんの釈放と再審開始を決定した)村山浩昭さんのような人とか、民事でも、名古屋で、もう退官されましたけど、難民裁判で画期的な判決を出された長谷川恭弘さんとか、本当に良い判決が出るわけです。それはやはり個人として、裁判官としての矜持を持ってる。大飯原発の運転差し止めをした樋口英明さんだってそうですよ。あの方は全然、裁判官運動には関わっていないのに、いきなりあのような判決を出されてびっくりしました。やっぱりそういう人が個人としては出てくる。
法律の世界で裁判官の独立というのは侵せないので、個々の事件について何か具体的な指示をしたりとかいうことはない。それは私に対しても一切なかった。だから、なんとなく真綿で首を絞めるというか、基本的には人事権を全て最高裁が握っているというところにあるんですけどね。任地、ポスト、給料、全部、最高裁が決めますから。例えば、単身赴任を続けなきゃいけないとか、そういうことだって、全部、最高裁が決めるわけで、やっぱりあまりにらまれたくないというのはどうしたって、人間の心理として出てくる。そういうことが裁判所の保守化につながってると思ってるんです。
司法について言えば、昔は、リベラルな裁判官が層としていたわけですよ。裁判官の自主的な組織がありましたからね。だけど、そういうのが、どんどんつぶされてなくなりました。だから、今、期待できるのは、やっぱり個人ですよ。例えば、刑事事件で言えば、(袴田巌さんの釈放と再審開始を決定した)村山浩昭さんのような人とか、民事でも、名古屋で、もう退官されましたけど、難民裁判で画期的な判決を出された長谷川恭弘さんとか、本当に良い判決が出るわけです。それはやはり個人として、裁判官としての矜持を持ってる。大飯原発の運転差し止めをした樋口英明さんだってそうですよ。あの方は全然、裁判官運動には関わっていないのに、いきなりあのような判決を出されてびっくりしました。やっぱりそういう人が個人としては出てくる。
法律の世界で裁判官の独立というのは侵せないので、個々の事件について何か具体的な指示をしたりとかいうことはない。それは私に対しても一切なかった。だから、なんとなく真綿で首を絞めるというか、基本的には人事権を全て最高裁が握っているというところにあるんですけどね。任地、ポスト、給料、全部、最高裁が決めますから。例えば、単身赴任を続けなきゃいけないとか、そういうことだって、全部、最高裁が決めるわけで、やっぱりあまりにらまれたくないというのはどうしたって、人間の心理として出てくる。そういうことが裁判所の保守化につながってると思ってるんです。
――将来的には裁判官の世界はどうでしょうか。
井戸 そこは実は良い方に変わるのではないかと思っています。司法試験に受かって、そこからずっと、30年、40年間、最高裁から支配を受けるわけですけど、そのキャリアシステムというのはもう続けられなくなるんじゃないかと思っているんです。というのは、今、裁判官の中途退官者がものすごく増えています。なぜかというと、そもそも、3年に一度、転勤するというライフスタイルが今の若い世代に合わないんですね。奥さんの不満がものすごく高まりますし、単身赴任が長く続くと今度は夫婦の危機とかになる。一方で、今、弁護士不足ですから、裁判官のキャリアのある人というのは結構大手の弁護士事務所が高給で雇ってくれるので、裁判所にしがみつく必要がないんですよ。だから、ぼんぼん辞める。そうすると3年に一度転勤させて、裁判官を支配していくという構図がつくれなくなる。
そして裁判官が辞めると、それを補充しないといけないから、弁護士からとっていくことになる。私は今、いろんなところで言っているのは、弁護士が裁判官になったら定年まで裁判官を務めようと思うなということです。10年間だけ裁判官を務めてからまた弁護士に戻れと。それがアメリカやイギリスでやっている『法曹一元』なんです。日本のキャリアシステムと英米の法曹一元はどう違うかというと、法曹一元の世界では、弁護士の中からふさわしい人が裁判官になって、10年なら10年裁判官をやったらまた弁護士に戻るんです。その間は、給料もポストも変わらないし、人事上の支配を受けないんですよ。だから、裁判官の間、自分の信念に従った判決ができる。日本は生涯支配されるからそれができないんですが、今のシステム自体がもう危機に瀕しているので実質的に法曹一元に近づく可能性が出てきた。司法というのは全然希望がないように見えるけど、その中で個人個人の矜持だとか、制度の変化で期待がまだできます。
そして裁判官が辞めると、それを補充しないといけないから、弁護士からとっていくことになる。私は今、いろんなところで言っているのは、弁護士が裁判官になったら定年まで裁判官を務めようと思うなということです。10年間だけ裁判官を務めてからまた弁護士に戻れと。それがアメリカやイギリスでやっている『法曹一元』なんです。日本のキャリアシステムと英米の法曹一元はどう違うかというと、法曹一元の世界では、弁護士の中からふさわしい人が裁判官になって、10年なら10年裁判官をやったらまた弁護士に戻るんです。その間は、給料もポストも変わらないし、人事上の支配を受けないんですよ。だから、裁判官の間、自分の信念に従った判決ができる。日本は生涯支配されるからそれができないんですが、今のシステム自体がもう危機に瀕しているので実質的に法曹一元に近づく可能性が出てきた。司法というのは全然希望がないように見えるけど、その中で個人個人の矜持だとか、制度の変化で期待がまだできます。
あきれ果てても、あきらめない
――10年にわたった「脱被ばく裁判」が終わったわけですが、法曹界に身を置かれる者として今後のことについては、どのように考えておられますか。
井戸 原発事故は終わったことではありませんし、風化させないためにも事故当時の情報を掘り起こし、政府の被ばく対策の問題点を指摘することは重要です。今後また世界のどこかで原発事故が起きた場合、福島で行われた被ばく政策がこのまままかり通れば、絶対にそれが先例になって、今度は世界に流通していくでしょう。世界標準になってしまうのです。そういう意味で、日本にいる自分たちは世界の人に対しても責任を負っているんじゃないかと思います。
それから、この裁判は、こんな被ばく対策をしていたら子どもたちに健康被害が生じるリスクがあるんだということを訴えたわけですけれども、結局、400人を超える甲状腺ガン患者が出てきていて、裁判になっています。この裁判が負けてしまうと、本当に大変なことになる。甲状腺ガンと被ばくとの因果関係が証明できなくて負けたら、いよいよそれ以外の健康被害は証明できないですからね。一番証明しやすいのが小児甲状腺ガンですから。「脱被ばく裁判」が終わって一段落というよりも、その延長線上というか、さらにワンステップ上がった裁判を今もずっと続けているので、全然一段落してないです。だから、まさに、あきれ果ててもあきらめていないです。
それから、この裁判は、こんな被ばく対策をしていたら子どもたちに健康被害が生じるリスクがあるんだということを訴えたわけですけれども、結局、400人を超える甲状腺ガン患者が出てきていて、裁判になっています。この裁判が負けてしまうと、本当に大変なことになる。甲状腺ガンと被ばくとの因果関係が証明できなくて負けたら、いよいよそれ以外の健康被害は証明できないですからね。一番証明しやすいのが小児甲状腺ガンですから。「脱被ばく裁判」が終わって一段落というよりも、その延長線上というか、さらにワンステップ上がった裁判を今もずっと続けているので、全然一段落してないです。だから、まさに、あきれ果ててもあきらめていないです。
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著者情報
ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト
木村元彦
きむら ゆきひこ
1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。