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社会問題

調査報道はなぜ必要なのか

高田昌幸×三浦英之対談

高田昌幸(ジャーナリスト)

三浦英之(新聞記者、ルポライター)

元北海道新聞記者として北海道警察の裏金問題を追及し、近著『調査報道の戦後史1945-2025』(旬報社)を上梓するなど、調査報道の第一人者である高田昌幸さん。一方、国内外で社会派のノンフィクションを発表し続ける、朝日新聞記者でルポライターの三浦英之さん。大学で、取材現場で、次世代のジャーナリストの育成にも力を注ぐ二人が語る「ジャーナリズムの希望」とは何か。

 

三浦英之さん(左)と高田昌幸さん(右)。東京都市大学の高田さんの研究室にて

 

潜入取材と大森実がいた時代

三浦 昨今、SNSなどで大手メディアが「マスゴミ」などと揶揄されて、メディアやジャーナリズムに対する不信感が広がっているのは事実です。しかし、ジャーナリズムが衰退すると、歪んだ社会構造や腐敗した権力を追及することが難しくなってしまい、結果的に民主主義の後退につながる。そういう意味でも、高田さんが今回出版なさったご著書『調査報道の戦後史』は、戦後から現代にいたるまで社会を変えてきたジャーナリズムの歴史が網羅的に記されており、その成り立ちや社会における必要性をわかりやすく知ることのできる作品になっています。

高田 ありがとうございます。いま報道界が全体的に衰退しているなかで、報道の本務を取り戻し、市民の信頼を再び勝ち得るには、調査報道が特に大事だと言われるようになってきました。調査報道とは、「当局の発表に依拠するのではなく、取材者が独自の問題意識を持って隠れた事象を掘り起こして報道すること」です。権力の不正・不作為を追及したり、社会のアンフェア構造を可視化したりする役割です。権力の不正追及で巨額の公金不正が明らかになることも少なくありません。時には、政権の崩壊にもいたります。ところが、長い歴史のなかで調査報道がどのような実績を積み重ね、社会にどんな影響を与えてきたかを通史的にまとめた書籍は、これまでほとんどありませんでした。また、取り上げられるのは、中央メディアの実績ばかり。『調査報道の戦後史』は、戦後、地方も含めた調査報道が何を成し遂げてきたのか、ジャーナリズムを仕事にしていない人にも読んでほしくて、できる限り平易な文章でまとめました。徹底的に資料・史料を掘り起こし、当時の記者たちが何を考えていたのかを浮き彫りにする狙いです。物語としてもおもしろいのではないか、と自負しています。

三浦 本の巻末には、戦後から現在までの調査報道の実績が150も挙げられていますね。高田さんにとって、特に印象に残っている調査報道はどれですか?

高田 毎日新聞記者だった大森実さんの「岡田更生館事件報道」(注:1949年、岡山県の路上生活者を収容する公的施設「岡田更生館」での組織的虐待・殺人事件)や、読売新聞記者だった本田靖春さんの「黄色い血の恐怖キャンペーン」(注:1962年、東京「山谷」で日雇い労働者たちが頻繁に売血し、赤血球が減少して血液が黄色くなっていること、またその血液を輸血した際に肝炎にかかる確率が高いことを報じ、売血から献血へと制度を転換させた)ですね。これらは、「潜入取材」で行われたものでした。近年、潜入取材は、コンプライアンスの問題があるとして新聞社や放送局は避ける傾向にありますが、本当に法的な問題があるのか。公益性のある取材であれば、手法として禁じられているものではありません。欧米では、英国の警視庁に潜入して警察による人種差別の実態を暴いたり、空港のセキュリティを抜けてみたり、さまざまな場所に潜入して取材が行われています。

高田さんの著書『調査報道の戦後史1945-2025』(旬報社)

三浦 潜入取材については現在、ジャーナリスト・横田増生さんの新潮ドキュメント賞受賞作『潜入ルポ amazon帝国』(小学館、のち小学館新書)や、山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞した『ルポ「トランプ信者」潜入一年 私の目の前で民主主義が死んだ』(同)などがありますが、確かに大手メディアが潜入取材をするというのは、きわめて高いハードルがあるのかもしれません。2021年には北海道新聞の新人記者が旭川医科大学の建物に入り逮捕された事件もありました。仮に潜入取材ができて報道したとしても、一部の読者から取材手法をめぐって激しいバッシングが会社に来ることが予想されるから……。

高田 日本の大手メディア企業は、おっかなびっくりしすぎではないでしょうか。批判を恐れすぎて萎縮し、取材手法の研究にも取り組んでいない気がします。トラブルを恐れている面もありますが、何としても現場に行くというパワーが落ちている。例えば、どこかで不祥事が起きても、何とかして自ら当事者に接触して話を聞きに行くのではなく、記者会見が開かれるまで待とうとする。お金や人手が足りないからなのか、それを遠因とするマインドの問題なのか。私はその両方だと思いますが、「ルール」――それは、実は取材相手にとって都合のよいものが多いのですが――に従うことばかりに意識が向かっている気がします。

三浦 調査報道を得意とする記者のなかで、高田さんが「この人はいいな」と思う人はいますか?

高田 やはり先ほども名前を挙げた大森実ですね。毎日新聞で「岡田更生館」のあとも、ベトナム戦争の特別取材班を組んで南ベトナム側から激戦地に入ったり、西側の記者として初めて北ベトナムに入ったり、徹底した現場取材を貫いていました。日本だけでなく、世界をフィールドにした“社会部記者”だったと思います。日米の両政権からにらまれ、追われるようにして毎日新聞を退社しますが、その後の1967年に大森が創刊した週刊新聞「東京オブザーバー」もすごい。同紙の記者たちは、国会の通行証を持っていて永田町と霞が関の記者クラブへも入っていく。国会の廊下とか、省庁の廊下には記者証をつけた「東京オブザーバー」の記者がたくさんうろついていたそうです。

著者情報

ジャーナリスト

高田昌幸

たかだ まさゆき

1960年、高知県生まれ。法政大学を卒業し、1986年に北海道新聞入社。本社社会部、東京政治経済部、ロンドン特派員、本社報道本部次長などを務め、2011年に退社。フリーランスを経て、2012年から2016年まで高知新聞で報道部副部長などを歴任。2017年より東京都市大学メディア情報学部教授。2019年に調査報道グループ「フロントラインプレス」を設立。2026年より専修大学文学部ジャーナリズム学科特任教授。この間、Yahoo!ニュース特集編集部のアドバイザーや編集デスクなども務める。2019年から現在まで放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会委員。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。主な著書に『調査報道の戦後史1945-2025』(旬報社)『真実 新聞が警察に跪いた日』(角川文庫)、共著に『権力VS調査報道』『希望』(ともに旬報社)などがある。

新聞記者、ルポライター

三浦英之

みうら ひでゆき

1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。

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