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落語の笑いは祝いの力

年末年始、人情の機微を堪能したい名作名演

広瀬和生(ヘヴィメタル専門誌「BURRN!」編集長、落語評論家)

 世界無形文化遺産に和食が登録されたが、理由として挙げられた「自然の美しさや四季の移ろいの表現」や「年中行事との密接なかかわり」なら、落語だって負けてはいない。そこで年間350回以上の落語会に通う気鋭の評論家が、この季節にふさわしい噺(はなし)を厳選して紹介する。

極め付け! 暮れの大ネタ

 正月のテレビに欠かせない演芸番組も、ひところは漫才やコントばかりだったが、10年くらい前から落語に興味を持つ若い層が増え、テレビで落語を聴く機会も増えてきた。今や正月の寄席は、「普段は落語は聴かないけどお正月くらいは」という人々で満員だ。寄席以外にも落語会は数多く催されているし、自分で足を運ばずとも、今はCDやDVDが通販で簡単に手に入り、物故名人から今の若手まで、様々な演者の高座を居ながらにして楽しめる。
 冬の落語には名作が多い。
 年末を代表する人気演目が「芝浜(しばはま)」だ。
 酒浸りで仕事を怠けている魚屋が、朝早く女房に起こされて出掛けた芝の浜で大金を拾う。「これで遊んで暮らせる」と豪勢に飲み食いし、グッスリ眠って目覚めると女房に「大金を拾ったなんて夢だ」と言われて呆然。「俺はそこまで性根が腐っていたのか」と心を入れ替えて酒を断ち、真面目に働いて人並みの幸せを手に入れた3年目の大みそか。女房が「あれは夢じゃなかった、お前さんを立ち直らせるためのうそだった」と詫びると、亭主は「今の暮らしがあるのも、お前があれを夢にしてくれたおかげだ」と感謝する。「もう飲んでもいいのよ」と女房が酒を勧めると、男はピタッと手を止め、「よそう、また夢になるといけねぇ」……。
 三代目桂三木助(1902~61)のさらりと江戸前な「芝浜」を、ドラマチックな演出で「暮れの大ネタ」に作り変えたのが立川談志(1936~2011)。一方古今亭志ん朝(1938~2001)は、父の志ん生(1890~1973)から受け継いだ型を卓越した演技力で磨き上げ、夫婦の情愛を描く名作に仕上げた。
 左官の長兵衛、腕はいいのに博打(ばくち)にはまって借金だらけ。そんな父を見かねて吉原の大店(おおだな)「佐野槌(さのづち)」に身を売ろうとする17歳の娘、お久。佐野槌の女将(おかみ)は、「来年の大みそかまでに返せばこの子は店に出さない」という約束で、50両を長兵衛に貸し与えたが、帰り道の吾妻橋(あづまばし)で出くわした見ず知らずの若者の命を救うため、長兵衛は大事な50両をこの男にやってしまう……。江戸っ子の心意気を描いた三遊亭圓朝(さんゆうていえんちょう 1839~1900)作「文七元結(ぶんしちもっとい)」は、大ネタ中の大ネタと言われる人情噺で、これも年末が舞台だ。

年末年始の風物詩を描く噺

 暮れの演目で外せないのが「富久(とみきゅう)」。酒癖が悪くあちこち出入り止めとなって貧乏長屋に住む幇間(たいこもち)の久蔵、なけなしの1分(いちぶ)で買った富くじで千両が当たって狂喜するが、「札が火事で焼けた? それじゃあげられないよ」と宣告されガックリ。ところが焼けたと思った札が実は……という浮き沈みの激しい噺で、桂文楽古今亭志ん生柳家小さん(1915~2002)、志ん朝、談志ら昭和~平成の名人がこぞって演じている。
 富くじを扱った噺で、大みそかから正月へと舞台を移すのが「御慶(ぎょけい)」。貧乏なのに富くじに凝った八五郎、「夢見が良かったから絶対当たる」と、女房の半纏(はんてん)を質に入れて1分の金をこしらえ、易者の助言で札を買って、千両富に大当たり。たまった店賃(たなちん)を大家に払い、正装して元日を迎えると、年始回りに出掛けて大家に教わった「御慶」「永日(えいじつ)」という口上を振りかざす。別名「富八(とみはち)」ともいい、小さん、志ん朝が演じた。現役では桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ)が面白い。
 昔は月末締めの掛け売りが普通で、大みそかともなると1年間の掛けを精算せねばならなかった。金の工面が付かずあの手この手で借金取りを追い返す「掛け取り」(別名「掛取万歳」)は、三遊亭圓生(えんしょう 1900~79)十八番。今は柳亭市馬(りゅうていいちば)が面白い。借金取りを追い返す仕事を請け負う人物が登場する「睨み返し」は、小さんから弟子の柳家小三治に受け継がれた。
 貧乏で暮れになっても正月の餅がつけず、女房の尻をたたいてペッタンペッタン音を立て、餅をついていると近所に思わせる「尻餅」は、年末の寄席でよく聴く軽い噺。雪の積もった大みそかの寺に起こった怪異を人情味たっぷりに描く「除夜の雪」は、桂米朝十八番の上方落語で、東京で演じている立川談春のものは米朝直伝だ。
 このように暮れの噺はいくつもあるが、正月を舞台とする落語は非常に少なく、長いストーリーを持つのは先述の「御慶」くらい。軽い噺では「かつぎや」という落語がある。何かにつけて縁起をかつぐ呉服屋の旦那が、正月の雑煮を皆で祝っていると、餅から釘が出てきたのを見た番頭が「ますます金持ちに」と言って主人を喜ばせたが、飯炊きの権助が「餅から金で、身上持ちかねる」と混ぜっ返し、旦那は渋い顔。その後も店の者や来客が不吉な言葉を口にするので、たまりかねて寝込んでしまったが、翌日は番頭の知恵で宝船売りが次から次へと縁起のいいことを言うので気を良くする、という噺。これは正月の寄席で必ず聴ける。
 1月の噺なのにほぼ一年中、あらゆる寄席で聴けるのが「初天神(はつてんじん)」。天満宮は毎月25日が縁日で、1月は初天神といい、特ににぎわう。その初天神に新しい羽織を着て出掛けようとした父親に、「今日は絶対にアレ買ってコレ買ってって言わない」と約束した息子、いざ縁日に行くと「今日はいい子にしてたから、ご褒美に何か買って」と言い始め、父を翻弄するという噺。小三治が得意とする他、春風亭一之輔(しゅんぷうていいちのすけ)の面白さにも定評がある。
 冬の江戸は火事が多かった。先述の「富久」は火事が重要なモチーフとなっている噺だが、他にも「火の用心」の夜回りをして番小屋に戻ってきた町内の旦那衆が、猪鍋と酒に興じる「二番煎じ」、父親に勘当され臥煙(がえん)と呼ばれる火消人足(ひけしにんそく)となった大店の若旦那が、実家の火事で両親に再会する人情噺「火事息子」、働きづめで身代を築いた男が火事ですべてを失う談志十八番「鼠穴(ねずみあな)」等、火事が関係する落語は少なくない。極端にケチな味噌(みそ)問屋の旦那が出掛けた夜に、番頭の指示で奉公人が贅沢に飲み食いする「味噌蔵」は、オチの部分で火事が絡んでくる。

寒さを描く噺

 寒い冬の晩、町を流すうどん屋が、火に当たって温まりたいだけの酔っ払いに翻弄され、「裏通りはダメだ」と表通りへ出た途端、大店から「うどん屋さん……」とヒソヒソ声で呼ばれる。「これは大きな儲けになりそうだ」とホクホク顔で向かっていくうどん屋……。この「うどんや」という噺は、三代目小さん(1856~1930)が上方から東京に持ってきて以来の「柳家のお家芸」。五代目小さんの鍋焼きうどんを食べる仕草のリアルさは、まさに名人芸だった。
 底冷えのする江戸の夜を舞台とする「按摩の炬燵(あんまのこたつ)」は、足が冷えて眠れないと訴える小僧たちのために番頭が一計を案じ、酒を飲ませて温まった按摩の身体を炬燵代わりにするという珍しい噺。名人文楽のレパートリーで、今では柳家喬太郎(きょうたろう)が演じる。
 真冬の身延山へお詣りに行った江戸の商人が、雪の中で迷い込んだあばら家で女に命を狙われる「鰍沢(かじかざわ)」、雪の降りしきる真夜中にやって来た訳ありの男女にたたき起こされた船宿の船頭が、悪事に荷担させられそうになる「夢金(ゆめきん)」などは、冬の情景描写がすべてと言ってもいい演目。名人が演じるこれらの噺を聴いていると、暖かい部屋の中でも寒さを感じるほどだ。圓生の音源がお勧め。
 昨今はインターネットでも気軽に落語が聴ける。興味を持たれたら、試しに聴いてみてはいかがだろう。ただし、名作でもヘタな演者に掛かれば駄作になるのが落語という芸能。お気をつけあれ。

著者情報

ヘヴィメタル専門誌「BURRN!」編集長、落語評論家

広瀬和生

ひろせ かずお

1960年埼玉県生まれ、東京大学工学部卒。93年秋より「BURRN!」編集長就任。30数年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。近年は落語評論家としても活躍し、落語会のプロデュース等も手掛ける。落語関連の著書に『現代落語の基礎知識』(集英社、2010年)、『この落語家を聴け!』(集英社文庫、2010年)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書、2011年)、『噺家のはなし』(小学館、2012年)、『談志の十八番』(光文社新書、2013年)などがある。

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