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森喜朗氏の発言から考える、スポーツと組織、政治~前編:五輪は多様性をもたらす「黒船」…日本の問題が海外で可視化

溝口紀子(柔道家、スポーツ社会学者、日本女子体育大学・大学院教授)

(構成・文/木村元彦)

――それとこの期に及んで、詭弁中の詭弁ですが、「森発言を女性蔑視だなんて言うが、それを言うなら人権問題を抱える中国や女性の権利を抑圧するイスラム諸国は五輪なんてできないはずじゃないか」という、擁護というか、論点そらしが出てきました。過失を認めず、まだ変わろうとしないところに根の深さを感じます。
 これは、日本語の特質にも依っていると思うんです。溝口さんはフランス女子柔道のナショナルチームのコーチ経験もあるからおわかりのことと思いますが、例えばネット上でこういう言説がヨーロッパで流されたら、英語だろうが、ドイツ語だろうが、フランス語だろうが、ボコボコに叩かれるはずです。そのような言説ですが、この島国固有の日本語でだけ発信されているから、極めて内向きになって、相変わらず温存、継続されている。

溝口 日本は内向きになっているから、よけい自分たち、身内や仲間を守ろうという空気があると思うんです。ですがそういう発言は、フランスだったら、ボコボコにされます。現状では、人権問題を抱える中国や女性の権利を抑圧するイスラム諸国より日本は低いのです。そのエビデンスとして、最新のジェンダーギャップ指数で、日本は153カ国中120位。カースト制度が残り、慣習的、宗教的に女性は男性より身分が低いとされているインド(112位)や、イスラム教徒の多いセネガル(104位)、バングラデシュ(65位)といった国々よりも日本は女性の社会的地位が低いのです。ちなみに人権問題を抱える中国は107位です。よその国がどうこうではなく、自分たちの国の自分たちの問題として批判しているのだから。
 フランスは1789年のフランス革命の時から、自分たちの命を削って人権を勝ち取ってきたのです。第二次世界大戦後は移民が入ってきて多文化共生社会を目指しました。その中では民族、宗教、性差別など、確執がいっぱいあったはずです。喧嘩になり、宗教、民族、人種、セクシュアリティなどの属性で相手を貶める現場もありました。しかし、フランス社会は共生への歩みを止めませんでした。
 もちろんフランスでのコーチ時代、チーム内でも確執はありました。しかし、スポーツ界には多様性を受け入れていくのだという信念がありました。ある時、ウェイトトレーニングの場所取りが発端で、選手同士の小競り合いが始まったんですよ。その時は黒人の女性と白人の男性だったんですが、互いに露骨な人種差別発言をし始めたんです。すると、コーチが「もうやめろ。ここはフランスだぞ。フランスの自由、平等、博愛の精神を忘れるな」と一喝したんです。すごい、ここでその言葉が出るんだ、と思いました。フランス革命のモットーが今のフランス人の中につながっている。つまりは人権でつながっているんですね。
 フランスの人たちは、あなたの意見も聞くけど、私の意見も聞いてねというスタンスです。日本は「あなたも黙ってね、私も黙るから」ですよね。そうなると結局、人権を守れないんですよ。波風を立てずに守っているようで守っていないんですよ。衝突してでも、意見を言って、傾聴するということができません。

アスリートにとって、五輪の意味とは

溝口 フランスでは、オリンピズムも徹底していました。北京五輪(2008年)の時、中国政府によるチベット弾圧に向かって、女子柔道ナショナルチームの選手たちが声をあげたんです。今もウイグル問題がありますが、彼女たちは中国の対少数民族政策への関心が高かったのです。『レキップ』というフランスの有名スポーツ紙に、フレデリック・ジョシネジブリズ・エマンヌリュシ・デコス、こういった世界チャンピオンクラスの女子柔道選手が、みんな中国人の人権活動家の写真を持って解放を訴えたんです。それも五輪前にですよ。
 彼女たちはコーチ時代の教え子だったので、私はメールで連絡して、「こんなことしたらもう試合に出られなくなって、北京へ行っても何されるからわからない。首を突っ込んじゃダメだ」と伝えたんです。そうしたら、ジョシネが「ノリコ、何を言っているの。オリンピックは他の大会と違うんだよ」と。ジョシネはアテネ五輪の銀メダリストでフランスの顔でした。その彼女に「むしろオリンピアンだからこそ、差別問題をしっかり訴えなきゃいけない。勝つためだけにオリンピックに行く選手なんて三流の選手だ。アスリートがこういう時にメッセージを発信できるからオリンピックには意味があるんだ」と言われたんです。「オリンピズムを体現できるのは私たちオリンピアンしかいない」とも。
 その人権意識にはもう腰を抜かして、「あ、そうだね」としか言えなかったんです。ただもう一方で見ると、彼女たちの発言もフランス政府の見解に追随する形とも言えるわけで、政治的と捉えられれば政治的なんですよね。とは言え、フランス政府にも平気でモノを言う彼女たちですから、政府の代弁者になるつもりはなく、本当に純粋にオリンピズムからの発信なのだと思います。ちなみにジョシネは谷亮子氏のライバルでしたが、引退後、フランスサッカー協会の女子強化委員長に就任、現在は柔道連盟の副会長で強化委員長(男女)をしています。

――人道や人権に関することは政治ではない、という流れにスポーツ界もなってきましたね。

溝口 そうですね。今、そういった発言についてしっかりと実行できている日本人選手は、大坂なおみ選手だけではないでしょうか。

「後編:スポーツに政治が介入したとき、アスリートにできること」に続く

著者情報

柔道家、スポーツ社会学者、日本女子体育大学・大学院教授

溝口紀子

みぞぐち・のりこ

1971年、静岡県生まれ。92年、バルセロナ五輪女子柔道52キロ級で銀メダルを獲得。96年にはアトランタ五輪にも出場した。2002~04年、日本人女性で初めて、フランスの女子柔道ナショナルチームのコーチを務める。13年、全日本柔道連盟評議員に就任。15年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了し博士(学術)取得。静岡文化芸術大学准教授、教授を経て、18年より日本体育大学教授。主な著書に『性と柔 女子柔道史から問う』(2013年、河出ブックス)、『日本の柔道 フランスのJUDO』(2015年、高文研)がある。

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