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一語千金

流動性のわな

[liquidity trap]
金融政策の「失速ポイント」

玉手義朗(エコノミスト)

 飛行機にはパイロットが恐れる「失速ポイント」がある。機体を上昇させるためには、操縦桿を引いて飛行角度を高めるが、あるポイントを越えるとそれ以上の上昇ができずに失速、墜落の危険にさらされる。
 この失速ポイントと同じような現象が、金融政策にも起こる。「流動性のわな」だ。
 中央銀行は、貨幣供給量マネーサプライ)を増減させることで景気をコントロールする金融政策を担っている。景気が悪化した場合、貨幣供給量を増やして金利を低下させる「金融緩和」が行われる。金利が下がれば借金が容易となり企業の設備投資が増加、個人の消費も増えて、景気が上向くことが期待される。反対に景気が過熱してインフレの恐れが出ると、貨幣供給量を減らして金利を引き上げる「金融引き締め」によって、景気にブレーキをかける。経済という飛行機を操縦するパイロットである中央銀行は、高度が下がりすぎると(景気悪化)、操縦桿を引いて貨幣供給量を増やし、上がりすぎると(景気過熱)操縦桿を押して貨幣供給量を減らすことで、飛行機(経済)を操縦しているのだ。
 流動性のわなは、金融緩和の局面で発生する。金融緩和は、景気回復が実現するまで続けられる。したがって、思うように景気回復が進まない場合、貨幣供給量は増やされ続け、金利はどんどん低下、やがてゼロに近づいて行く(ゼロ金利政策)。金利をゼロ以下にすることは事実上不可能であり、この時点で金融政策は機能停止に陥ってしまう。これが流動性のわな。流動性とは貨幣のことであり、その操作が「わな」にかかったように動きがとれなくなってしまうことから、この名前が付けられた。経済という機体を上昇させようと、貨幣供給量の操縦桿を引き続けると、やがて限界点に到達、操縦桿が利かなくなり、機体を上昇させる力を失ってしまうのだ。
 流動性のわなに陥っているのが日本経済だ。日本銀行はバブル崩壊後のデフレ不況に対処するために金融緩和を継続、政策金利は事実上のゼロ金利になってしまった。金融政策は機能停止、操縦席で必死に操縦桿を引いていても、その効果がほとんど現れず、墜落寸前の状況が続いている。
 アメリカも流動性のわなに陥りかけている。リーマン・ショックによる景気後退に対応するため、中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)はマネーサプライを急激に増やして金利を一気にゼロの水準にまで押し下げた。しかし、景気は思うように浮上せず、金融政策は限界点に到達しようとしている。
 飛行機が失速の危機に直面したとき、機体を立て直すために効果を上げるのがエンジンのパワーアップだ。より強い推進力を機体に与えることで失速を回避、高度を上げることができるという。操縦桿ではなく、エンジンのスロットルレバーを操作するというわけだ。
 経済におけるエンジンパワーのアップに相当するのが「財政出動」だ。政府が公共事業をはじめとした財政支出を拡大させる。これによって、経済という飛行機の高度を上げることが可能になる。財政負担は増えるが、経済が墜落するよりはましというわけだ。
 流動性のわなに陥ったままの日本経済。財政出動で失速こそ回避しているが、財源は借金で調達するという綱渡りの飛行が続いている。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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