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連載

“越境人”のW杯、CONIFAワールドフットボールカップのその後

第9回

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

 もちろん課題ばかりではなく、大きな収穫もあった。
 大会を通じて、新しいキャリアにつなげた者も少なくない。
 在日コリアン代表であるUKJの背番号7、MFのリ・トンジュンは、異色の経歴を持っていた。東京朝鮮高校から朝鮮大学校へ進んだが、海外でのプレーを希望して3年で中退。自ら代理人を探して、20歳のときにオーストラリアへ単身飛んだのである。シドニーで3部リーグのワンダラーズFCと契約を交わし、そこで2シーズンを過ごすと、次はヨーロッパを目指す。その間に日本人選手との情報交換で、東欧を経て西ヨーロッパのクラブへ行くという潮流が整いつつあることを知る。
 ポーランドのシュチェチンでハーフシーズン、続いてはクロアチア西部の町、オパティヤのクラブでキャリアを重ねる。3部リーグではあったが、クロアチアはテクニックを重視する国柄で、トンジュンのプレースタイルにフィットしていた。シーズンの折り返し時点でリーグの首位を確保するという、チームの躍進に大きく貢献した。アドリア海沿岸の風光明媚なオパティヤは暮らす上でも気に入っていたが、ビザの問題があり、契約満了で退団。
 今年1月に日本に戻った際、元Jリーガーで北朝鮮代表でも活躍していた安英学(アン・ヨンハ)から、UKJの一員としてワールドフットボールカップに出場しないかという連絡が入った。安はUKJの監督兼選手として活動していたが、もうひとつ、いわゆるジェネラルマネージャーの役目も負って選手の招集を行っていた。
「正直、もうサッカーもやりきったかなという思いもあったんですが、これでまた火がつきましたね。僕らにとってはレジェンドの英学ヒョンニム(韓国語における目上の男性への敬称)とプレーできるなんて、思ってもないことだったし、在日代表って名誉なことじゃないですか」とトンジュンは語った。海外を一人で渡り歩いて研さんを積むのもサッカー選手の目指すところだろうが、共通した属性の仲間とチームを組んで戦うのもサッカー選手の喜びである。
 ワールドフットボールカップで、豊富な経験はそのプレーに如実に出た。西アルメニア、カビリア、パンジャブ(インドとパキスタンにまたがる地域)、とグループリーグで対戦した大柄な選手を相手にトンジュンは気おくれすることなく、間合いに飛び込んでボールに絡んだ。同じく中盤のムン・スヒョンとの連動も機能して、互いに補完しあって攻守を切り替えた。UKJのグループリーグでの結果が、対西アルメニア(0対0)、対カビリア(0対0)、対パンジャブ(1対1)と堅守を誇ったのもこの中盤にアンカーの安英学、最終ラインを統率したソン・ミンチョル、GKのキム・ヨンギのスキルの高さに負うところが大きかった。

リ・トンジュン選手(18年6月7日、対アブハジア戦)

 トンジュンは出場にあたってひとつの目標を掲げていた。「国際大会ですから、注目されればまた海外でのプレーにつながると思ったんですよ」
 意志は届いた。大会全試合を通じた評価を受けて、アルメニアのクラブ、アララト・エレバンからのオファーが寄せられたのだ。
「宿舎のそばのカフェでコーヒーを飲んでいたら、初戦の西アルメニアの選手たちと仲良くなって、『おおっ、UKJの7番良かったじゃないか』と言ってくれて、実は移籍先を探していると伝えたら」、そこからは、話が一気に進んだ。
「実際にやってみて、アルメニア人のサッカーは戦術的だし、技術も重視されるので、自分にも合うかなと思うんです。一時はもうサッカーはいいかと考えていましたけど、出場して良かったです。これで後輩のためにも道を作れたかなと思います」
 結果的にこの移籍は、トンジュンがアルメニアに渡った後にチームの監督が交代するという不運に見舞われて成就しなかったが、CONIFAの大会からヨーロッパのクラブへというひとつの道筋が示された。それこそが安英学が願っていたことでもある。トンジュンもアルメニアは断念したが、また再びの海外移籍に決意を新たにしている。

サッカーで橋を架け続ける

「トンジュンはグループリーグの試合を経るごとに伸びていったと思います。在日の後輩たちが、この大会を通じて新しい選択肢を持つことができたのは、嬉しい限りです」
 安とCONIFAの関係は、設立当初のCONIFAが、Jリーグ、北朝鮮代表、韓国Kリーグと、3カ国でのプレー経験がある安に注目し、まさに「サッカーで橋を架ける」というCONIFAの理念を体現した人物として、アンバサダー就任を要請したのがきっかけであった。安はこの要請を快諾。また、実際に選手として、監督として大会に参加してみて、大きなやりがいを見出していた。
 ロンドン大会に出場した選手団は一度解散したが、今後もCONIFA加盟のUKJは継続して活動していくことを宣言した。

安英学選手(18年6月2日、対カビリア戦)

「トンジュンもアルメニアに行く前に連絡をくれました。在日サッカー選手の新しい道を作ってあげることができれば嬉しいし、それができると思うんですね」
 UKJスタッフには、ソン・スギという3歳年下の後輩が新たに名乗りを上げてくれたという。安英学は後に続く者のために橋を架け続けていく。
 2年後の大会を目指しての始動。安は、そのときもまた現役選手として出場する決意をしている。それは単にサッカーが好きというだけではない。「英学さんとプレーできる」ことが、後輩たちにとって大きなモチベーションになることを彼が知っているからである。

著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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