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カジノが日本を食いつぶす!(後編)~個人資産をすり減らし、社会保障を圧迫するギャンブルの罠

鳥畑与一(静岡大学人文社会科学部経済学科教授)

(構成・文/川喜田研)

「カジノが日本を食いつぶす!(前編)~誘致合戦に横浜が参戦、IRは本当に『地域経済に資する』のか」はこちら!

 カジノがもたらすのは地域経済の破壊だけではない。海外の富豪客が日本のカジノにやってくる可能性は薄く、結局は国民の財布が国外のカジノ経営者の懐を潤すことになる。さらにはギャンブル依存症のために国家が支払う社会的コストも見逃せない。国と国民を貧しくするカジノの本質を暴く。

アジアのカジノは既に供給過多。日本のIRに国際競争力はあるのか?

 次に、もう少し視点を広げて「カジノを含むIR」が日本経済に与える効果について考えてみよう。ギャンブルとは基本的に「誰かが負けたお金」が「ギャンブルに勝った少数の人」と「カジノ自体」の利益に集約されるという構造を持つ。

 しかも、既に見たように、「カジノの利益」の多くが、配当としてカジノの経営者や投資家に流れるため、仮にカジノの顧客の大部分が日本人であれば、総体としては「博打に負けた日本人のお金が集約され、その一部が国外に出てゆく」というアウトバウンドの流れになりかねない。カジノ推進派が主張するように、海外からのインバウンドのお金を期待するのであれば、外国人が日本のカジノの主な顧客、つまり「カモ」になって、日本にお金を落としてくれる必要がある、ということだ。

 ただし、そこで問題になるのが、日本のIRの持つ「国際競争力」だ。世界には120カ国以上にカジノがあり、アジアだけを考えても、古くから知られるマカオや前述のシンガポールなど、カジノは既に供給過多の状況にある。では、こうしたライバルたちに伍して、後発の日本がどれだけ海外の客を呼び込めるのか? 特に富裕層を中心とした「大口のギャンブラー」にとっての魅力的なカジノたりえるのかという点には、大きな疑問符がつく。なぜなら、マカオやシンガポールなどのカジノには、海外の富裕層がわざわざ訪れてお金を使う理由を提供する「極めて不健全なサービス」が存在するからだ。

 その典型が「ジャンケット」(海外から富豪を連れてくる世話人)という仲介業者の存在だ。彼らはカジノに雇われ、カジノのお金を元手に、時には若干非合法な形でギャンブラーに遊興資金を融通したりする役割を担っており、こうした行為は実質的なマネーロンダリングとほぼ不可分だと言ってもいい。海外のリッチなギャンブラーがカジノを選ぶ場合、こうしたジャンケットによる徹底的なサービスが保障されていることが、重要な要素となっており、シンガポールも当初は「ジャンケットを認めない」としていたが、最後には認めざるを得なくなった。しかし、日本はジャンケットを認めていないし、認められるわけがない。

 実は、これらの事情から外国人客をあてにできない、という見通しには、推進派も投資家も概ね同意している。それでも彼らが表向きは「外国人客を呼べるはずだ」と言い続けているのは、そう言わないとカジノの誘致は実現しないからだ。だが、実際には外国人客をアテにできず、国内の客を相手にするならば、前述のように「国内のお金が海外に吸い出されていくだけ」という結果になる。

 もちろん、「日本の国益」を考えれば、カジノで負ける客の一定数は外国人でなければ困るのだが、一部の人たちの「私益」を考えるなら、負けるのは日本人でも外国人でも構わないというのが、おそらく、カジノ推進派の本音ではなかろうか。既に述べたようにカジノの利益率は高く、事業者はかなり巨額の投資をして建設しても5年くらいで投資を回収でき、その後は毎年40%くらいのリターンが得られる計算だ。また、カジノ誘致による間接的な受益者は日本国内にいくらでもいるだろう。だが、果たしてそれらを「公益」と言えるのだろうか?

「ゲーミングタックス」が生む税収増vs「ギャンブル依存」がもたらす社会的コスト

「地域経済へのプラス」という意味で言えば、少なくともカジノ誘致による「税収の増加」は期待できるだろう。巨額のカジノ収益に対して30%のカジノ税を課せば、地元自治体の税収は確実に増加するし、それが公的な歳出として地域に還元されれば「地域経済へのプラス効果」もあるはずだ。横浜市も「事業者から提供された情報」に基づく推計としてIRの誘致による地方自治体の増収効果が、年間820億~1200億円が期待できるとしている。だが、何度も繰り返すが、カジノの利益とは「賭博で負けた誰かのお金」である。単に税収を増やすために中毒性のある賭博を広め、しかも、その主な客は地元住民も含めた日本人ということになれば、国内の人々に「中毒性のある納税制度」を広めるようなものである。

 もうひとつ、忘れてはならないのが、ギャンブルが本質的に持つ「害」によってもたらされる社会的コストの増加だ。今回のカジノ合法化に関しては、ギャンブル依存症への対策が重要な論点のひとつとなっているが、賭博には一般的に中毒性があり、世界各国でもギャンブルで生活を破壊された人たちが社会保障制度の対象となり、結果として地域の公的負担を高める可能性が指摘されている。つまり、カジノによってもたらされる受益と負担が、公的な歳入と支出の両方に影響しうるということだ。

 ちなみに、カジノが中毒性を持ち、人間の支出行動を大きく変えることは、既にさまざまな調査や研究で客観的に証明されている。ある調査によれば、初めてラスベガスに来た人のうち、初めからカジノが目的である人の割合は、全体の僅か1%に過ぎないにもかかわらず、実際には滞在中に約70%がカジノを利用しており、その中にはリピーターとなる人も少なくない。そして、これらの客は平均でカジノに500ドル、他の買い物に100ドル落としていくのだという。これは、カジノが人に与える影響を非常にわかりやすく示していると言えるだろう。「ギャンブルは危険」と思っている人も、小銭を持ってカジノに行ったらギャンブラーに変わってしまう可能性が高い。カジノは人の支出行動を変えてしまうのである。

ギャンブルの負けを拡大する預託金はカジノが無から「債権」を生み出す錬金術

 しかも、カジノには利益を最大化するため「客にできるだけ多く負けさせる」ことを目的とした、もうひとつの仕組みが備わっている。それは日本のカジノ実施法にも具体的に盛り込まれている「預託金」という制度だ。預託金とは簡単にいえば、一定の金額を納めた客に対し、カジノ側が無利子で賭け金を融資する制度のこと。ただし融資から2カ月経つと、いきなり年間14.6%もの違約金が上乗せされるという仕組みになっている。

 預託金には「与信枠」があり、これは、あらかじめ客の資産から算定した上限を設定しておけば、「カジノはその範囲内でしか貸さないから、酷いコトにはなりませんよ……」という制度だが、この資産には所得以外の預貯金や持ち家などまで含まれる。仮にそれなりの貯金があり、親から譲ってもらった持ち家に住んでいれば、収入の範疇を超えても「貯金と持ち家を失う程度」までは負けることができるということだ。もちろん「支払い能力を超える債務」を背負うよりはマシかもしれないが「博打で身代を失う」には十分だろう。

 さらに「預託金」制度で注目すべきなのは、カジノが客に「お金を貸す」のではなく、「チップを貸す」仕組みだという点で、つまりカジノには一切の元手がいらない。考えてみれば、チップという「ただ同然のプラスチックの板」が、何万円という債権に変わるのだから、もはや「現代の錬金術」と言ってもいいだろう。

 もちろん、たとえプラスチックの板だろうと、それが債権である以上、貸し手であるカジノには債権回収の権利がある。この債権回収がいわゆるサービサー(債権回収業)に委ねられることで厳しい取り立てが行われかねない。

 いずれにせよ、カジノは多くの客の負けによって成り立つビジネスであり、客の負けを最大化するための、さまざまな仕掛けが周到に準備されている。そして、その罠にはまり、カジノによって支出行動を変えられた人たちが、ギャンブルによって生活を壊され、将来、社会保障の給付対象になったり、治安の悪化や犯罪率の上昇を引き起したりすれば、結果的にその「社会的コスト」は地域の経済的なメリットではなく、逆に公的な負担として圧し掛かる可能性もあることを忘れてはならないだろう。

ポテンシャルに満ちた日本の観光業を育てず、なぜカジノにこだわるのか?

 カジノに頼らずとも、日本の観光業はインバウンドが伸びている最中で、しかも、まだまだ伸びしろがある分野である。中でもMICEを絡めたものもポテンシャルがあると言われている。MICEとはMeeting(会議)Incentive Travel(招待旅行)Convention(国際会議)Exhibition(展示会)の4つの頭文字を合わせた言葉で、国際会議場・展示場を中心とした複合施設を誘致することで、定期的かつ大規模な観光客を地域に連れてくる仕掛けである。MICE需要は人数も多く、滞在者が地域にお金を落としてゆくことが多いため、地域経済にお金の流入をもたらすことが期待でき、海外でも多くの成功事例が報告されている。

 もちろん、「カジノを含むIR」においても、こうしたMICE需要との組み合わせが強く意識されているわけだが、MICEそのものに高いポテンシャルがあるのに、なぜ、それが「カジノと一体化した施設」という前提で議論されなければならないのかは大きな疑問である。

著者情報

静岡大学人文社会科学部経済学科教授

鳥畑与一

とりはた よいち

1958年、石川県生まれ。大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程修了。専門は国際金融論。著書に『略奪的金融の暴走』(2009年、学習の友社)、『カジノ幻想』(15年、ベスト新書)などがある。

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