カジノが日本を食いつぶす!(後編)~個人資産をすり減らし、社会保障を圧迫するギャンブルの罠
鳥畑与一(静岡大学人文社会科学部経済学科教授)
(構成・文/川喜田研)
また、日本の観光業でインバウンド増加をもたらす、もうひとつのキーワードは「地域性」だ。近年、日本人も知らないような田舎に外国人観光客が殺到しているのは、彼らがどこにでもある観光施設ではなく、地域そのものの魅力に引き付けられているからに他ならない。それなのに、世界中どこにでもある箱物=カジノを造るというのはどういうことか。カジノにこだわるがゆえに、まだまだ成長や努力の余地があるインバウンド用観光資源の開発、発想、将来性を閉ざしてしまうのではないか。それは日本の観光業にとってはマイナスなのではないか。地域性を生かして観光客を増やす余地があるのに、なぜ、議論をカジノの誘致という狭いところに可能性を押し込めてしまうのだろう。
「富の奪い合い」で過熱するIR招致合戦。住民の声を反映した民主的プロセスが必要だ
このように、地に足のついた議論をしていけば「カジノを含むIRの誘致」が必ずしも地元経済にプラスになるとは言い切れず、その「公益性」には疑問があるだけでなく、むしろ多くのネガティブな影響が推定される。それにもかかわらず、横浜市が今年、突然の誘致表明を行った背景には、大阪と横浜どちらが勝つか、という焦りに突き動かされている人がいるのではないだろうか? その人たちはそれぞれの地域においても、周囲の富を吸い寄せることによって、地域の将来を存続させるという発想なのかもしれない。
しかし実際のところは、逆の効果を生むかもしれないのだから、そうした焦りに駆り立てられて誘致合戦に加わるのではなく、カジノ誘致をめぐるこれらの論点についてきちんと情報を開示し、住民の意思を確認するというのは、地方政治として当然とるべきプロセスではないかと考える。
事実、近年はカジノの建設をめぐり、民意が反映される例が出てきている。アメリカのニューハンプシャー州では、カジノに関する情報を収集・公開して議論した結果、2014年にカジノ合法化法案を下院で否決した。また、同国マサチューセッツ州では、2011年にカジノが合法化されたが、地域経済活性化を目的とした地方でのカジノ開設に限定され、住民投票が義務付けられている。
横浜市の林文子市長は2019年12月から市内の全18区で説明会を行い、IR誘致の必要性と横浜市の取り組みについて「自らの言葉で丁寧にご説明し、市民の皆様のご理解を頂きたい」と語っているという。だが、市長が「丁寧に説明すること」と市民がその説明を「理解し、受け入れること」とは同じではない。
市長はこの説明会で横浜市の税収や観光に関するデータを示しながら「横浜市の観光ブランド力の弱さ」や「インバウンド需要取り込みの不足」そして「将来的な税収減への不安」などを強調し、あたかも、高齢者や子どもたちの未来のためにはIR型カジノの誘致が必要だと言わんばかりの論理を展開している。
だが、そこで根拠として示されたデータには、そもそもデータとしての信頼性や妥当性に疑問があるものが少なくなく、基本的な前提を無視した東京、大阪など、他の大都市との比較など、横浜市の現状を敢えてネガティブに印象付けることで「だからIRが必要だ」という流れに導こうという市側の意図が透けて見える。
一方、市が示した820億~1200億円とされる「税収増」や、建設時には7500億~1兆2000億円、運営を始めれば1年あたり6500億~1兆円に及ぶ「経済波及効果」などについては「事業者から提供された情報を基に監査法人が整理、確認したもの……」と言うだけで、根拠となるデータを示しておらず、IR誘致のメリットについては「事業者の主張」を鵜呑みにしているに等しい。
ちなみに、横浜市がIR誘致によって年間1000億円程度の税金を得るには、そこから逆算してカジノの収益が少なくとも5000億~7000億円は必要になる。しかし、繰り返すが、カジノの収益とは「ギャンブルで負けた人が失ったお金」である。つまり、林市長は「賭博で年間5000億円近い巨額を客に負けさせること」によって、高齢者や子供たちの未来を支えたいと主張しているのだ。
これまで見てきたように、カジノが何をもたらすのかについて、他国の事例から考えてみれば、そこにあるのは、必ずしもバラ色の未来とは限らない。実際、横浜市ではIR誘致に対する市民による大規模な反対運動も起きており、既に住民投票や市長のリコールを求める動きも出ている。林市長が主張するように、IRの誘致が横浜市の将来に大きく影響するプロジェクトであるのならば、当然の前提として、徹底した情報公開と民意の反映という手続きが欠かせないはずである。
そうした丁寧な議論と、民意の反映というプロセスを経ず、他の都市との「IR誘致競争」という構図を強調した「食うか食われるか」のような議論で、富の奪い合いに首長が手を挙げるというのはよろしくない。地域住民の声も反映しつつ、民主的なプロセスに基づいて、IR誘致を巡る議論が進むことが必要ではないだろうか?
著者情報
静岡大学人文社会科学部経済学科教授
鳥畑与一
とりはた よいち
1958年、石川県生まれ。大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程修了。専門は国際金融論。著書に『略奪的金融の暴走』(2009年、学習の友社)、『カジノ幻想』(15年、ベスト新書)などがある。