〈流動化する世界情勢と日本4〉「バナナのたたき売り」状態の安倍外交
岡田充(共同通信客員論説委員)
そして歴史問題である。ラブロフ・ロシア外相は今年1月の日ロ外相会談で「日本は南クリール諸島(北方領土のロシア側呼称)を含め、第二次世界大戦の結果を完全に認める必要がある」と主張した。
ロシアでは、第二次世界大戦でナチス・ドイツと日本に勝利した「偉大な大国」という誇りが、旧ソ連が崩壊した今も引き継がれている。「四島を正当に領有した」というロシアの主張は、対日交渉の出発点なのだ。これを日本が認めない限り、平和条約にもサインしない。そうでなければ戦後70年以上、北方四島を領有してきたロシアの「戦後レジーム」の正統性は失われてしまう。
河野太郎外相は5月10日、モスクワでラブロフ外相と会談したが、戦後レジームをめぐる双方の主張は、依然として平行線のままである。
一方、安倍が「帰属の問題」や「不法占拠」という表現を使わなくなったのは、「返還要求」の根拠である法的立場でも、ロシアに妥協する可能性をうかがわせる。「たたき売り」で言えば、買い手の言い値通りの展開になりつつある。
しかし安倍が全面降伏して、平和条約に調印したとしても「二島引き渡し」はないだろう。ここまで論じてきた安保上の必要と戦後レジームの正統性に加え、ロシア国内世論の反対がその理由だ。プーチンは今年1月の首脳会談で、「平和条約は両国の国民に受け入れられ、世論に支持されるものでなければならない」と、含みのある言い方をした。首脳会談を前に「クリール諸島はロシア領」と書いたプラカードを掲げたデモが、首都モスクワや極東のハバロフスクで繰り広げられた。ロシア人の8割弱が返還に反対という世論調査結果を見れば、支持率が下落しているプーチンにとって、領土引き渡しは極めてリスキーである。
「レガシー」づくりと対中抑止が狙い
それでは、安倍の狙いはどこにあるのだろう。
平和条約とは、戦争状態の終結を公式に確認し、賠償や領土問題を解決するためのものである。しかし、条約が締結されていない現状でも、日ロの友好関係は維持されている。だとしたら条約締結を急ぐ理由はあるのか。領土返還要求に対する日本世論も、前世紀のように沸騰しているわけではない。「北方領土」と「改憲」で、歴史に名を刻みたい安倍個人の「レガシー」願望以外に、どんな思惑があるだろうか。
安倍がプーチンと25回も首脳会談を重ねてきたもう一つの理由は、日ロ接近によって「対中抑止」効果を得るという期待にある。しかし、時代錯誤の「対中抑止」戦略は、対ロシア外交においても成果を挙げることはない。
なぜなら、ロシアと中国にとって、良好な関係の維持は米トランプ政権に対抗する上で共通利益だからだ。ロシア側に「中国に経済的に飲み込まれる」という懸念はあっても、その構図は変わらない。そもそも中ロの貿易額は日ロの約5倍に達し、さらに増加中である。ロシアにとって、中国との関係に比べ、日本との関係が持つ比重は落ちる一方なのである。
ここでも、日本の存在感と発言力が加速度的に失われたこの6年を思い知らされることになる。
これまで見てきたように、安倍外交は成果を出すことができていない。ではなぜ政権支持率は下がらず、むしろ上昇傾向にあるのだろう。最終回の次回(5)は、そのナゾに迫る。(敬称略)
著者情報
共同通信客員論説委員
岡田充
おかだ たかし
1948年、北海道生まれ。1972年、慶応大学法学部卒業後、共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から現職。著書に『中国と台湾 対立と共存の両岸関係』(講談社現代新書、2003年)、『尖閣諸島問題―領土ナショナリズムの魔力』(蒼蒼社、2012年)などがある。