「ストリートチルドレン」と呼ばれて18 テキオの路上活動
工藤律子(ジャーナリスト)
「路上で暮らす子ども、若者、家族と、日々、対話しながら、彼らと連帯して活動するプロのストリートエデュケーター・チーム」。そう表現される「テキオ」の活動は、ダビが一時滞在施設の土日専門のスタッフとなって以降、徐々に本格化していく。既存のNGOの予算と枠組みの中で動くのではなくなった分、金銭的には制限が増したが、独自の方法で行う路上活動は、ダビにとって、より自由でやりがいのあるものになっている。

テキオのユニフォームを着て路上をまわるダビ(右)とモイセスは、良き同志だ 撮影:篠田有史
廃ビルの家族
ここ数年、ダビが頻繁に通い続ける場所がある。メキシコシティのど真ん中、1910年に勃発したメキシコ革命を記念する巨大なモニュメント、革命記念塔が建つ広場のそばにあるビルだ。2017年の地震で大きなダメージを受けて以来、放置されてきたようで、そこには今、大勢の若者や親子連れが住みついている。彼らの多くは、流行りの覚醒剤クリスタルを使用し、その売買にも携わっている。
「今日は、中へ入れそうだ」
南京錠で閉められた鉄格子の扉の前で、携帯電話を耳にあてたダビが、そう告げる。そこには私も何度か来たことがあったが、鍵を開けてくれる人がおらず、入ることができなかった。今回は、鍵を持つ女性とうまく連絡がつき、許可が下りたようだ。
しばらくすると、扉の隙間から鍵が差し出され、それを受け取ったダビが錠前を外す。開いた扉の奥には、ふくよかな体型の40歳前後の女性が、立っていた。
「やあ、元気かい?」
そう声をかけるダビに、女性は「ありがとう、まあまあよ」と言いながら、薄暗い建物の中へと歩いていく。その後をついていきながらよく見ると、中はコンクリートの壁と柱しかないがらんとした空間で、ところどころに雨水が溜まっていたり、瓦礫やゴミが散らばっていたり。人の気配はない。
さらに奥へ進むと、建物の外の空き地に、大量の土とゴミと瓦礫の山が見えた。ビルの壁や床が落ちてきたものだろう。その上を歩きながら空を見上げれば、14階はあるフロアは、ほとんど外壁を失っている。

崩れ落ちた瓦礫やゴミの散乱する廃ビルの吹き抜け。たくさんの落書きや垂れ下がった布が、人の気配を示す 撮影:篠田有史
瓦礫の山から2階の床へとかけられた板をよじ登って、2階フロアへ。そこもゴミや瓦礫以外は何もなくただ広いだけの空間だが、奥に人影が見える。近づくと、それは乳母車を押す少女だった。
挨拶しながら、ダビは、そのまま鍵を管理する女性の後を進む。女性は、フロアの片隅に作られた小さな部屋に、8歳の孫と暮らしていた。部屋は、寝具や毛布、服、おもちゃ、調理器具、椅子などに埋め尽くされている。
「ダビ、娘はもう薬物にばかり夢中で、子どものことは私に任せっきり。私には、この子が学校へ行くために必要なものを全部揃えるだけの資金がないのに、自分はクリスタルで稼いでいても、100ペソ(約1000円)しかくれない……」
寝具の上の物に埋もれながら、女性が愚痴をこぼす。ダビは、その話に耳を傾け、できること、やるべきことを提案する。以前はきちんと仕事を持ち、アパート暮らしだったという彼女は、職を失いホームレスとなり、シングルマザーとして育てた娘もやはりシングルマザーとなって、薬物を売りながら路上暮らしをしている。そんな現実を、心底嘆いている様子だった。
ダビは、まず孫を学校に入れて、負の連鎖を断ち切る努力をすること、そのうえで自身の生活を立て直すことを提案する。それに対して、女性は何度も頷き、涙ながらにダビの提案を実行する意思を示した。

廃ビルに暮らす女性は、ダビ(右)に、自分が今抱える問題について、涙ながらに話した 撮影:篠田有史
路上の姉妹
別の日、ダビは、かつてカルロスが暮らしていた地下鉄駅の上にある広場を訪ねた。そこには今、何人かの若者と、1組の若いカップルがビニールシートなどでテントを作って、暮らしている。若いカップルの少女とその妹が、ダビの支援の対象者だ。
少女は、まだ17歳。彼氏との間に子どもが1人いる。その子は、広場からバスで1時間ほどのところに小さな部屋を借りている両親に、預けた。そうして自分は、子どもの父親とテント生活を続けている。2人でアクティーボをやりながらの路上暮らしが、やめられないのだ。
まだ11歳の妹は、両親と住んではいるが、時々、姉のもとへ来ては、そこに滞在する。たまの路上暮らしも、幼い少女にとっては、危険な賭けだ。
「妹の方は、一度、悪い奴らに誘拐され、監禁されていたことがあるんだ」
と、ダビ。買春目的で、連れ去られたという。実際にどんな目に遭ったのか、詳細は語られていない。ただ、彼女は機転を利かせて脱出し、警察に保護され、両親のもとに帰ることができた。
「犯人グループの1人が、彼女に好意的で、ネットカフェに行く際、同行させてくれたそうだ。その時に隙を見て、母親にメッセージを送って保護された、と聞いているよ」
そんな危ない目に遭ったというのに、少女は路上に来ることをやめない。だから、ダビは、彼女を「テキオ」と連携するNGOの女子定住施設に入れることを、第一目標としてきた。
「一度はその施設で暮らしていたんだ。でも、ちょっとした喧嘩が原因で、飛び出してしまった。もう一度、説得しているところだよ」
少女が安全な場所で、学校に通いながら、子どもらしい生活を送るようになることが、ストリートエデュケーターの期待するところ。
この日、ダビはまず、広場のテントに1人でいた姉と、実家からバスでやってきた妹を連れて、近くの屋台へ行った。2人ともお腹を空かせていたからだ。そこでタコスを頬張る姉妹に、世間話のように近況を尋ねる。すると、妹のほうが姉の顔を見ながら、
「お姉ちゃんは、相変わらず、アクティーボをやっているのよ。姉なんだから、もっと妹の手本となるような行動をとらなきゃダメよね」
と、いたずらっぽく言う。姉は、ニヤニヤしながらも、黙ってタコスを食べ続ける。

屋台で、ダビ(右)と共にタコスを食べる姉妹。妹(左手前)はまだ施設に関心を抱いているが、姉は薬物依存や恋人の存在もあり、そういう考えを抱くのが難しい 撮影:筆者
姉よりも物事をわきまえているかに振る舞う妹は、その後、ダビと約束していた通り、一緒に女子定住施設へ行った。そして、とりあえず1日滞在することに。
「ダビ、ちょっと待ってて。お菓子を買ってくるから」
施設の前で一旦立ち止まった少女は、すぐそばにある雑貨店で駄菓子を買い込んで、戻ってくる。
「施設の子たちへのお土産」
と、少女。新しい環境にできるだけスムーズに溶け込みたいと、彼女なりに気を遣っているのだろう。
彼女は、その後、予定以上に長く、1週間ほど施設に滞在した。ところが、そこで揉め事を起こして、出てきてしまう。施設には、路上からだけでなく、ほかの施設から来た子もいるため、生活習慣や感覚の違いが問題へとつながってしまったようだ。
それでもダビは、諦めずにこの少女と会い続け、出口を探っている。受け入れ先となる施設のスタッフも、問題を理解しているので、臨機応変に対応する。こうした、共通認識を持つほかのNGOとの連携も、「テキオ」の支援活動の要だ。