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コロナ感染拡大からバイデン政権誕生まで 混迷を極めたアメリカの1年とこれから 前編

佐々木芽生(映画監督・プロデューサー)

 普段だったら「人権」「平等」「自由」に抵触する、こういう差別的な文言には大きな反発が起きるところだろう。しかしコロナ禍のような非常事態では、皆口をつぐんでしまう。「危険」という言葉を出されると、人の心は「恐怖」で簡単にあやつられてしまうようだ。

 2001年に同時多発テロが起きた後、ブッシュ政権が「テロ」という見えない敵に対して戦争を仕掛けた時もそうだった。国内のイスラム教徒が、人権を無視して不当な差別に遭った。同時多発テロを口実に、アメリカがイラク、アフガニスタンに仕掛けた対テロ戦争は、泥沼化していった。9.11によって、アメリカ人の「脅威」に対する感覚は麻痺したのかもしれない。

 ロックダウンから1カ月後の4月23日、ニューヨーク市の保健精神衛生局は、新型コロナに関連して死亡したと思われる人の数は、1万5000人を超えたと発表した。

車の姿が消えたニューヨーク五番街。撮影:佐々木芽生

コロナで表面化した心の病

 アイザック・ニュートンが、万有引力の法則を発見したのは、ペストの流行で通っていたケンブリッジ大学が一時休校になって、故郷に里帰りしている最中だったという。後にニュートンはこの期間を“創造的休暇”と呼んだ。

 外出禁止令が出た最初の頃、時間の余裕ができたのだから“創造的休暇”を過ごそう、新しいことに挑戦しよう! という大合唱が起きた。コンマリのアドバイスに沿って家じゅうを整理整頓しよう、料理上手になろう、外国語を習おう、小説を書き始めよう、絵を描こう、ギターの練習をしよう。日々流れてくる呼びかけに、私も「何かやらなければ」というプレッシャーで押し潰されそうになった。

 アメリカで崇拝されているPRODUCTIVITY(生産性至上主義)こそ、今捨てるべきだということに気づいたのは、しばらくたってからだ。コロナによる非常事態で、変わり果てた生活とどう折り合いをつけるのか悩み、将来の不安でいっぱいな時に、新しいことへの挑戦や、創造的な活動をするなんて無理な話なのだ。

 私自身、そして周囲の友人の多くも、日々、怒涛のように飛び込んでくるコロナウイルス関連のニュースを消化し、正気を保ちながら生き抜くので精いっぱいだった。

 今までは、仕事に社交にと大忙しだったニューヨーカーが、ロックダウンによって24時間一人で(あるいは家族と)家に籠ることを何カ月も強いられ、いやでも自分と(そして家族と)向き合った時に、それまで目を背けてきた人生のあらゆる問題と直面することになった。そして、多くの人がその重圧で、心の病を患った。今の仕事を続けるべきか。高い生活費を払ってNYに住む意味はあるのか。パートナーや、親、子ども、兄弟姉妹との間にある確執をどう解決するのか。

 最初は嬉々として参加していたZoom飲み会にも飽きて、パソコンや携帯の画面越しのあらゆるコミュニケーションが苦痛になりはじめた頃、夜眠れないとか、不安でパニック発作に襲われるという声が聞こえはじめた。

 アメリカ人アーティストの友人は、小売店で働きながら、夏はキャンプ場のマネージャーをしていたが、コロナでどちらの仕事も失って収入がゼロになった。空手黒帯の3段で、普段から体を動かすのが好きだった彼女は、不安症からほとんど運動をしなくなり、体重がどんどん増えていった。普段、底抜けに明るく活発な日本人の女友達は、ロックダウンで外出できなくなり、心が落ち着かない状態が続いて、不眠症、食欲不振から、さらにパニック発作に襲われるようになった。その頃カウンセリングで、パートナーや家族との関係について見直していた時でもあり、逃げ場がない状況下で、自分と対峙せざるを得なくなった。忘れていた暗い過去、そして今の自分に対する幻滅が、耐え難い重圧でのしかかってきたという。

 ロックダウンによって生活環境がオンラインに移行し、それによって蝕まれた心を癒やすのも、皮肉なことにオンラインでのカウンセリング・サービスだった。人気カウンセラーの元には、相談者が殺到した。

 友人のカウンセラーでもあるジョン・リベラも、連日予約で一杯だという。彼に話をきいてみた。「ZoomやFaceTimeは、人と繋がっているようで、実はより深い孤独感を招くのです」と彼は言う。それは、金魚鉢越しに人と会話しているようなもので、いかに自分が孤立しているか、リアルに人と会えない状況にいるかを無意識に思い知らされるからだと。なるほど、Zoom会議などの後に感じる、心のもやもやは、そういうことだったのかと納得する。

 住民のメンタルヘルスが危機的状況にあるのを知ったニューヨーク州政府は、急遽無料カウンセリングのコールセンターを設置。ボランティアを募ったところ、他の州の人も合わせて6000人を超える精神医療の専門家が手を挙げた。

 ロックダウンから2カ月後の5月23日、ニューヨーク州でコロナ感染による1日の死者の数が、ロックダウン以来、初めて100人を切ったとクオモNY州知事が発表。多い時で1日800人の死者を記録していた4月半ばに比べると、大きな進歩だった。この時点で州の感染者の総数はおよそ36万人、死者は2万3000人超。パンデミックが収束へ向かい、ロックダウン解除も間近かという期待が高まった頃、事件は起きた。

(後編は、#BLMやZ世代そしてこれからのアメリカについて)

著者情報

映画監督・プロデューサー

佐々木芽生

ささき めぐみ

北海道札幌市生まれ。1987年よりニューヨーク在住。フリーのジャーナリストを経て、1992年よりNHKアメリカ総局勤務。『おはよう日本』にてニューヨーク経済情報キャスター、世界各国から身近な話題を伝える『ワールド・ナウ』NY担当レポーター。その後独立して、NHKスペシャル、クローズアップ現代、TBS報道特集など、テレビの報道番組の取材、制作に携わる。2008年、ささやかな収入で世界屈指のアートコレクションを築いたNYの公務員夫妻を描く、初の監督作品『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』を完成。世界30を超える映画祭に正式招待され、米シルバードックスドキュメンタリー映画祭、ハンプトン国際映画祭などで、最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞など多数受賞。NY、東京でロング・ランを記録した他、全米60都市、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどで公開される。2013年、続編にあたる『ハーブ&ドロシー2 ふたりからの贈りもの』を発表。1作目とともに、現在も世界各国の劇場、美術館、アートフェアで上映が続いている。2014年、NHK WORLDにて、日本の美術を紹介する英語番組ART TIME-TRAVELERナビゲーター。2016年、3作目にあたる長編ドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』を完成。本作は2015年TOKYO DOCSにて最優秀企画賞受賞、2016年釜山国際映画祭コンペティション部門に正式招待された他、ロードアイランド国際映画祭、トロント・リールアジアン国際映画祭で最優秀作品賞受賞。日本では、2017年に全国で劇場公開された。同年8月、初めての書き下ろしノンフィクション作品『おクジラさま ふたつの正義の物語』(集英社)が出版され、科学ジャーナリスト賞2018受賞。

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