コロナ感染拡大からバイデン政権誕生まで 混迷を極めたアメリカの1年とこれから 後編
佐々木芽生(映画監督・プロデューサー)
パンデミックという非常事態、偽情報で有権者を扇動する現職大統領、そして120年来で最高の投票率という異例づくしの大統領選挙にやっと決着がついた。その日の夜、勝利宣言の演説でバイデンは言った。「分断ではなく、団結を目指す大統領になると誓う」と。そしてトランプに投票した有権者に呼びかけた。「今落胆しているかもしれないが、辛辣な言葉の応酬はやめて、お互いを見つめ、お互いの言葉に耳を傾けよう」。

大統領選で勝利宣言をするジョー・バイデン
女性で、ジャマイカ系黒人の父とインド出身の母を親にもつ移民の二世、褐色の肌のカマラ・ハリスが、副大統領に選ばれたのは、黒人のオバマが大統領に当選した時と同じくらいアメリカの歴史の転換点を感じさせた。ハリスは当確演説で「私が最後ではなく、始まりです」と目を輝かせ、同じく「融和」を訴えた。
バイデン陣営は「アメリカ史上最も多様性のある政権を目指す」との公言通り、LGBTQや、先住民、女性を次々と政府の要職に指名。広報の幹部7名は、すべて女性だ。ミレニアルやZ世代のリベラル急進派の声が生かされた、新しいアメリカ政府の姿が見える。新政権誕生で、分断したアメリカが癒やされる時がきたのではないかと、期待が高まった。
ところが、年明けまもない1月6日、トランプサポーターが議会議事堂を占拠して空気は一転した。未明には、ジョージア州上院議員の決戦投票の開票結果が出て、民主党が上下両院とも支配政党になることが決定したところだった。事件からわずか1週間後には、強気になった民主党が、トランプ大統領の2度目の弾劾決議案を急いで可決するという強硬手段に出た。政治的な意思表明に実際的な効果はないが、「団結」「融和」という言葉は、あっという間に蒸発してしまった。
私が気になるのは、バイデン政権が、トランプという屈強なリーダーを失った支援者たちの感情を、これからどう汲み取り、向きあっていくのか、ということだ。
4年前、トランプが当選した大統領選の真っ最中に出版されて話題を呼んだノンフィクション『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)を思い出す(ロン・ハワード監督、グレン・クロースとエイミー・アダムズ出演で、昨年Netflixが映画化)。ヒルビリーとは、「レッドネック」とか「ホワイト・トラッシュ」(白いゴミ)という蔑称でも呼ばれる貧しい白人を指す言葉で、いわゆるトランプ支持の基盤である白人労働者階級をさす。
著者のJ・D・ヴァンス自身も、オハイオ州の田舎の、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)依存症で結婚を繰り返す母親のもとで育った。しかしヒルビリーの環境を脱して東部名門のイェール大学に進学を果たし、ベンチャーキャピタリストになる。
しかしこの本は、そんな彼のサクセス・ストーリーではない。都会に住み、トランプを忌み嫌うリベラルなアメリカ人が知らないヒルビリーたちの素顔と、彼らの絶望感、自分たちを置いてけぼりにして繁栄する国家への怒り、それでも逞しく生きようとするエネルギーを、優しい目線で伝えている。
ヴァンスによると、貧困のなかにあるヒルビリーは、他の人種と違って子どもたちの世代が、自分たちより経済的に成功するという希望さえもっていないという。リベラルの民主党が「ダイバーシティ」と言って守り優遇するのは、黒人や移民だけで、自分たちだけが損をしている。かつてアメリカの田舎には、みな顔見知りで、開拓時代から受け継がれた助け合いの精神があった。しかし、産業が寂れて失業者が溢れると、麻薬や暴力が蔓延して絶望だけが残った。古き良きアメリカの姿を壊し、格差社会を作り出したのは、金満主義の政治や財界で、今の世の中は、成功だけが目的になってしまった、と絶望するヒルビリーたち。
米国勢調査局によると、Z世代のすべてが成長して社会の中枢を占める2045年、アメリカの人口の過半数を占めてきた白人は、半分以下、つまり初めて「マイノリティ」になるという統計が出ている。
人口構成上も存在感を失い、今後さらに技術革新とグローバル化が進む世の中で、高度な専門技能をもたず、習得する意思もないヒルビリーたちの多くは、ますます無用な人になっていくだろう。大統領選と上下両院を民主党が制して、「トリプルブルー」となったアメリカで、彼らの声を、これから誰が代弁するのだろうか。議会議事堂を襲うトランプ支持者たちの姿を見る時、彼らの怒りの下に隠された不安と深い悲しみ、そして絶望を感じずにはいられない。
私は、暴力に訴えた彼らを肯定しているわけでも、支持しているわけでもない。ただ、トランプに投票した7400万人という支持基盤がいかに固いものであるか、それはなぜなのか、そしてトランプ支持者の生活に、今何が起きているのかということに、私たちはもっと目を向けるべきではないかと思う。メディアも、トランプ批判に終始するのではなく、支持者が置かれている社会の立ち位置に、鋭いメスを入れるべきではないか。
トランプは、ヒルビリーたちの感情をうまくすくい上げ、彼らの声を代弁し、ソーシャルメディアを駆使しながら王のように君臨してきた。議会議事堂占拠の事件後、ツイッターはトランプのアカウントを永久凍結すると発表。他のプラットフォームも追随した。しかし、時すでに遅しだ。それまでもソーシャルメディアが、偽情報拡散の元凶だったことは、4年前の大統領選挙でトランプが当選した時からわかっていたはずだ。
トランプは、今後もメッセージを発信し、支持者はあらゆる手段を使ってトランプをフォローし続けるだろう。議会議事堂占拠で噴出した彼らの怒りと悲しみは、場所と、時間と、形を変えて、今後も現れるはずだ。
アメリカ社会に大きく揺さぶりをかけはじめた急進派リベラルのZ世代と、アメリカの繁栄から取り残されていくヒルビリーたち。その両極の間で揺れ、格差と分断が進むアメリカの行方、そしてトランプの今後の動きを、私たちはこれからも、固唾を呑んで見守り続けることになる。
著者情報
映画監督・プロデューサー
佐々木芽生
ささき めぐみ
北海道札幌市生まれ。1987年よりニューヨーク在住。フリーのジャーナリストを経て、1992年よりNHKアメリカ総局勤務。『おはよう日本』にてニューヨーク経済情報キャスター、世界各国から身近な話題を伝える『ワールド・ナウ』NY担当レポーター。その後独立して、NHKスペシャル、クローズアップ現代、TBS報道特集など、テレビの報道番組の取材、制作に携わる。2008年、ささやかな収入で世界屈指のアートコレクションを築いたNYの公務員夫妻を描く、初の監督作品『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』を完成。世界30を超える映画祭に正式招待され、米シルバードックスドキュメンタリー映画祭、ハンプトン国際映画祭などで、最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞など多数受賞。NY、東京でロング・ランを記録した他、全米60都市、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどで公開される。2013年、続編にあたる『ハーブ&ドロシー2 ふたりからの贈りもの』を発表。1作目とともに、現在も世界各国の劇場、美術館、アートフェアで上映が続いている。2014年、NHK WORLDにて、日本の美術を紹介する英語番組ART TIME-TRAVELERナビゲーター。2016年、3作目にあたる長編ドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』を完成。本作は2015年TOKYO DOCSにて最優秀企画賞受賞、2016年釜山国際映画祭コンペティション部門に正式招待された他、ロードアイランド国際映画祭、トロント・リールアジアン国際映画祭で最優秀作品賞受賞。日本では、2017年に全国で劇場公開された。同年8月、初めての書き下ろしノンフィクション作品『おクジラさま ふたつの正義の物語』(集英社)が出版され、科学ジャーナリスト賞2018受賞。