刑務所が最後のセーフティーネットになっている!
山本譲司(作家・NPO法人ライフサポートネットワーク理事長)
刑務所は罪を犯した人がその罪を償うために入る場所。この定義は間違いではないが、実態を知れば違和感を覚えるだろう。塀の中には、本来福祉の手が差し伸べられるべき人々――知的障害があり軽微な犯罪で入退所を繰り返す「累犯障害者」が多数収監されているからだ。秘書給与詐取事件により実刑判決を受け、433日間の獄中生活を送った著者が見てきた現実とは。
「累犯障害者」とは
「ボク、あのお猿さんみたいだったよ」
動物園の猿類舎の前で、横にいる男性が屈託のない笑みを浮かべながら言った。さらに人目もはばからずに、鉄格子の中にいるマントヒヒに向かって叫ぶ。
「こらー、チョーバツだぞー」
彼の右手は売店で購入したばかりの動物のオモチャを、そして左手は私の手をしっかりと握りしめていた。
彼、Aさんは41歳の知的障害者。生まれながらに染色体異常という障害があり、義務教育の9年間は特別支援学級、そして高校は特別支援学校の高等部に通った。
Aさんは、つい先日、刑務所を出所したばかりの前科者である。服役と出所を繰り返し、もう前科は6犯となった。20歳以降、通算17年間は留置場や刑務所暮らしだという。今回の服役に至った罪は、窃盗罪。さい銭箱の中にあった150円を盗んだらしい。服役中の彼は、刑務官の言うことがうまく理解できず、結果的に規則違反となり、懲罰を受けることも度々だったようだ。
毎回出所後は実家に帰るのだが、父親は脳梗塞の後遺症で半身不随、母親は21年前に蒸発して行方不明、そして弟は統合失調症を発病している。このような家庭環境では、早晩、刑務所に戻るようなことをしでかしてしまうのではないか。そんな危惧もあり、現在私は、福祉関係者らとともに、彼の生活支援に携わっているところだ。
Aさんは14歳の時に、東京都から障害者の療育手帳「愛の手帳」を交付されており、障害程度区分4度の認定を受けている。東京都の場合、知的障害の判定には1度(最重度)から4度(軽度)までの4段階があるが、4度とは知能指数の数値でいうと、50から75の範囲。軽度の知的障害者と見なされる。成人の場合、知能指数50は精神年齢8歳程度、知能指数75は精神年齢12歳程度である。過去に私は、3年半ほど障害者福祉施設で働いていたが、その経験からすると、4度の知的障害者は、人から言われれば身の回りのことはある程度こなせる。だが、自分で考え、自ら進んで取り掛かるということはできない。物事の善しあしも、どれほど理解しているか分からない。
驚くことに、我が国の刑務所には、こうした知的障害者、さらには精神障害や発達障害のある人たちが数多く服役していたのだ。軽微な罪を繰り返す彼らは、「累犯障害者」と呼ばれ、今や、我が国の刑務所や少年院が抱える大きな問題となっている。
塀の中の現実
国会議員時代に秘書給与の詐取という申し開きのできない罪を犯した私は、2001年6月、一審での実刑判決に従い、刑務所に服役した。
栃木県にある黒羽刑務所に入所した私を待っていたのは、「寮内工場」というところでの懲役作業だった。そこは、知的障害者、精神障害者、認知症老人など、一般懲役工場での作業はとてもこなせない受刑者たちを隔離しておく場所。私に与えられた役割は、そうした障害のある受刑者たちへの作業指導や生活介助であった。失禁者が後を絶たず、受刑者仲間の下の世話に追われるような毎日だった。コミュニケーションをとることすら困難で、自分が今どこにいるのかも理解できていない受刑者もたくさんいる。
「おいお前、人の言うことをきかないと、そのうち刑務所にぶち込まれるぞ」
そう受刑者仲間にからかわれた障害者が、真顔で答える。
「ボク、刑務所なんて絶対にいやだ。ここにずっと置いといてくれ」
悲しいかな、これが刑務所における日常風景なのだ。
新受刑者の4人に1人が知的障害者?
日本の刑務所の場合、受刑者となった者は、まず知能指数のテストを受けなくてはならない。法務省発行の「矯正統計年報」によれば、2012年の数字で例示すると、新受刑者総数2万4780人のうち5214人、全体の21%が知能指数69以下の受刑者ということになる。測定不能者も839人おり、これを加えると、実に全体の約4分の1の受刑者が、知的障害者として認定されるレベルの人たちなのだ
。
ここで誤解のないように記しておくが、知的障害者がその特質として罪を犯しやすいのかというと、決してそうではない。それどころか、ほとんどの知的障害者は、規則や習慣に従順であり、他人との争いごとを好まないのが彼ら彼女らの特徴だ。
ただ、善悪の判断が定かでないため、たまに社会のルールを逸脱するような行動をとってしまうことがある。そして、その自覚がないだけに、検挙されても自分を守る言葉を口述できない。また、反省の意味も、なかなか理解できない。したがって、司法の場での心証は至って悪く、それが情状酌量に対する逆インセンティブになっているのではないか。その結果、何回も何回も服役生活を繰り返す
。一般に、重罪を犯した者は一度の刑期が長く、何度も懲役刑を受けることはない。つまり、知的障害者が何度も服役しているのは、大方が軽微な罪によってだということになる。
そもそも健常者もそうだが、罪を犯した人間の過去を調べると、貧困だとか悲惨な家庭環境といった様々な悪条件が重なることによって、不幸にして犯罪に結びついているケースが実に多い。もっとも、その犯行によって被害者となった人たちのほうが、いっそう不幸だということは言うまでもないが。
いずれにせよ、現在の刑務所の状況は、障害者のほうが健常者よりも、より劣悪な生活環境に置かれる場合が多いという、日本社会の実態を投影しているようなものではないかと思う。障害のある受刑者の多くは、福祉や家族に見放され、ホームレスに近い生活を続けたあげく、無銭飲食や置き引きといった罪で服役している。
国会議員在職時、「セーフティーネットのさらなる構築によって、安心して暮らせる社会を」などと、偉そうに論じていた私。ところが、我が国のセーフティーネットは、非常にもろいボロボロの網だったのだ。毎日たくさんの人たちが、福祉とつながることもなく、ネットからこぼれ落ちてしまっている。そして、罪を犯すことでやっと刑事司法という網に引っかかり、獄中で“保護”されている。これが日本の福祉の現実だった。今や刑務所の一部は、福祉の代替施設と化してしまっているのだ。
行き場のない累犯障害者
日本の刑務所は、多くの障害者であふれているばかりでなく、その高齢化率も、世界中の国々の中で突出して高い
。にもかかわらず、社会福祉施設が出所後の受け皿になっているケースは驚くほど少なく、前科が加わった障害者や高齢者に対しては概して冷淡だ
。多くの福祉関係者は、近辺に罪に問われた障害者が現れたとしても、彼らを特異な存在として受け取り、福祉的支援の対象から外してしまうのである。
福祉施設が罪に問われた障害者との関わりを敬遠するのには、もう一つ大きな理由がある。それは、福祉行政の知的障害に対する見方からきている。要は、日本の福祉行政は、障害者への支援費を算定するにあたって、それをADL(日常生活動作)という尺度でしか判断しないのだ。行政が定めた基準からすれば、食事介助や入浴介助が必要な人ほど、多くの予算が割り当てられることになる。しかし、私自身の経験から言わせてもらえば、寝たきりに近い人よりも、自由に動き回れる人たちのほうが、よほどケアや支援に困難が伴うものである。結局、福祉施設にとっては、身体的な不自由がさほどない知的障害者を受け入れても、ただ厄介なだけで、施設運営上のメリットは何もないということになる。
支援策も動き出したが……
著者情報
作家・NPO法人ライフサポートネットワーク理事長
山本譲司
やまもと じょうじ
1962年、北海道生まれ。早稲田大学教育学部卒業。85年から菅直人衆議院議員の公設秘書を務め、89年、都議会議員選挙に当選(2期)。96年、衆議院総選挙に当選。2期目の当選を果たした2000年9月、政策秘書給与の流用事件で逮捕。翌年、懲役1年6カ月の一審判決に従い服役。出所後に獄中の体験を著した「獄窓記」(03年、ポプラ社)で第3回「新潮ドキュメント賞」を受賞。その他の著書に「累犯障害者」(06年、新潮社)、「覚醒」(12年、光文社)など。現在は作家活動のほか、更生保護法人やNPO法人の役員などを務める。