新ルール導入でラグビーが激変する!
藤島大(スポーツライター)
ラグビーのルールが変わる。通称「ELV(Experimental Law Variations)」と呼ばれる試験的ルールは、2008年8月1日から世界的に実施される。日本ラグビーフットボール協会も国内の高校生以上の試合での導入を決めた。約1年間の試行期間を経て、09年の秋、国際ラグビーボード(IRB International Rugby Board)において、正式採用の是非を問うことになる。
観客の目を意識した改革
おもな変更点としては、(1)スクラムからの防御のオフサイドラインが5m下がる、(2)モールを崩してもよい、(3)ボールがタッチラインの外へ出た直後のクイックスローインは後方へ投げてよい、など
。
(1)については、現行ルールでは自軍スクラムの最後尾の足の線から飛び出せるが、ここを下げることによって、攻撃側のスペースが広がり、ボールを動かしやすくなる。攻撃側もスクラムからボールが出るまでは5m下がっていなくてはならないため、ラインアウトのときのように大きな空間はキープされる。
(2)の「モール」とは、日本の国内の試合でもよく見受けられる、FW(フォワード)がボールを持っていて、ダンゴ状になって押し込む攻撃法。ボールは動かず、パワーとパワーのせめぎ合いに何分間も終始する。これからはモールも崩してもよいとなれば、なだれ込みのトライも減って、体の小さいチームの劣勢も回避できる。
(3)のクイックスローは、現行ルールではまっすぐ投げ入れなくてはならず、実際の試合となると結局は両チームのFWが並ぶまで待つことが多い。後方に投げてよければ、サッカーのスローインのように速いテンポで試合が再開される。
いずれも観客にとってわかりやすく、また観客にとって退屈な「ボールの動きの停滞する」時間をなるべく減らすのが趣旨である。テレビの視聴者を意識した改正案であるのは確かだ。
見送られたFKルール
今回は導入の見送られる項目もある。オフサイドとファウルプレー以外の反則は、すべてPK(ペナルティーキック)ではなくFK(フリーキック)とするルールもそうだ。
ラグビーでは、PG(ペナルティーゴール)成功で3点が入る。実力伯仲の接戦ともなると、しばしばPGが勝敗を左右してしまう。そもそもイギリスの「慣習法」の精神が根底にあるため、ルール解釈には一定の幅がある。タックル成立後、地面のボールを奪い合うような局面での反則にはレフェリーの「さじ加減」の余地も少なくない。
そこでPKではなくFKとする案が浮上して、実際、南半球の3カ国によるリーグ、スーパー14では、08年シーズンからすでに採用された。結果、PGや、PKからタッチの外へボールを蹴り出す選択は減ったが、他方、スクラムをわざと下へ落として、より守りやすいFKを与えるような「故意の反則」の頻度が増すとの指摘もあって、議論は分かれていた。
「ラグビーらしさ」が失われる?
全般には、ボールがよく動き、インプレーの時間は増えて、人気獲得の観点からは、よいことずくめのようだが、実は、イングランドやアイルランドなど北半球勢には反対意見もくすぶっている。
現在、イギリスやフランスでは、テレビの視聴率や観客動員において、ラグビー人気は空前の高まりを見せている。サッカーに比べてファン層の購買力が高いとされており、スポンサー獲得も滑らか。つまり、そもそもうまくいっているものをなぜ変えるのか、という根本的な疑問があるのだ。
また、当初は、前述のごとく、「ルールを簡素化して、レフェリーの影響で試合の行方の決まることのないようにする」という目的だったのに、もっぱら「エンターテインメント重視」にすりかわった、という不信感もつきまとう。あるイギリスの専門記者は「ラグビーは娯楽産業の出先機関ではない」と書いた。
試合のテンポが上がるのはテレビ向きではあるが、他方、プレーとプレーの「間(ま)」を重んじて、身体能力ばかりでなく考える力を競う「ラグビーらしさ」が薄れるのではないかとの声は根強い。
ラグビー発祥の地、イギリスには、日本人が相撲や柔道で「伝統的な内容」を望むのに近い潜在意識があって、「おもしろいが軽い」という方向を好まぬ傾向がある。試行期間でチェックされるのもそのあたりだ。
またプロのような一流レベルでなく、普通の人たちに楽しまれる「草の根ラグビー」にとっては、ルール変更の負担が大きいのも問題点のひとつだ。
実際、日本国内でも、一般企業の同好の士がプレーを楽しむ社会人下部リーグや、いわゆる街のクラブチームにはとまどいがある。そもそも練習を週1日程度しかできない環境にあって、ようやく身につけた戦法や技術を新ルールに沿って変えるのは簡単ではない。レフェリーの対応にも時間を要する。
ラグビーというスポーツはさらに魅力的になるのか。あるいは、少々の退屈を耐え、そのあとに訪れるカタルシスをいっそう楽しむという「ラグビーの渋さ」が薄れてしまうのか。壮大なる実験が始まる。
著者情報
スポーツライター
藤島大
ふじしま だい
1961年生まれ。著書に「楕円の流儀」(2011年、論創社)、「ラグビー大魂(DAI HEART)」(2008年、ベースボール・マガジン社)、「熱狂のアルカディア」(2008年、文藝春秋)、「知と熱」(2001年、文藝春秋)など。東京新聞(中日新聞)、「月刊ラグビーマガジン」「週刊サッカーマガジン」「ボクシング・ワールド」などにコラム連載。ラグビーのW杯を第1回から第6回まですべて取材。都立国立高校、早稲田大学ラグビー部のコーチも務めた。