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連載

第35回 門別競馬放浪記3

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 ライブのため北海道を訪れた。ライブの2日前に門別競馬場へ行き、近くに泊まり、翌日街を探索した。足がなかったため、ホテルの前からバスで日高町のバスターミナル「とみくる」へ行き、そこでコミュニティタクシーのような「すこバス」を使わせてもらい、喫茶店へ行った。喫茶店からまた「すこバス」へ連絡し、今度は近くの温泉施設へ。平日だったので利用者はほとんどいなかった。露天風呂で急に牧場にいる馬を見たくなった。秋だったが、北海道はもう冷たい風が吹いていた。

 風呂から上がり、休憩所のようなところに本が置いてあったので、座って水を飲みながらパラパラとめくった。それは馬の図鑑だった。さすがは馬産地だと思った。そもそもなぜ人間界にここまで馬が密接なのか、気になってはいた。競馬に触れていると、たまに冷たい感情になることがある。馬はべつに人間を求めていないだろう、と。しかし人間は馬を求め続けてきた。
 馬の図鑑は『騎馬民族の出現』という本だった。最初に馬に乗ろうと思った人間はどこで「馬は乗れる」「馬は人間の言うことを聞いてくれる」と感じたのだろう。じっと観察して、だんだんと近づいていったのだろうか。大胆なことをする人たちがいたのは確かだろう。

ザ・ファースト・ホースメン

 少しのぼせていたが、水を何杯も飲んで落ち着いたので、そろそろ移動開始だ。受付で、歩いて牧場を巡れるか相談すると、それはちょっとむずかしいかもしれないです、、とのことだった。自転車はないし、熊も出ているというニュースがあったので、やはり車がいいだろう。「すこバス」はポイントからポイントへの移動なので、途中で降りて、待ってもらってというのはさすがに頼みにくい。お金はかかるがタクシーしかない。タクシーを呼んでもらおう。
 少し待っているとタクシーが来た。前日門別競馬場から宿へ運んでくれたタクシーと同じ会社のものだった。運転手さんは同じ人だと思うが、どうも様子がよそよそしい。そりゃいちいち覚えてはいないだろうが、その時馬の会話をして、今も馬の会話をしている。違う人なのだろうか。牧場で馬を見たい、と伝えると、わかりました、と優しく答えてくれて、車は走り出した。
 こっちの道がいいかな、とメインの通りから裏に入り、しばらく走ると、牧場が現れた。馬が遠くに見える。そしてゆっくりと牧場と牧場の間を走り始めた。日が少し傾いてきて、窓を開ける。馬がすぐそこにいる。ちょっと外に出てもいいですか、と車を止めてもらう。馬を驚かさないように、ゆっくりと外へ出る。馬たちだ。美しい。

美しい馬たち

 ちょっと写真を撮らせてもらっていいですか、と馬たちに声をかける。いいよ、と言っているかわからないが、こちらを見ている。やっと会えた、という気持ちが湧く。競馬場で馬は見ていたが、牧草地で、自然に近いかたちの中にいる馬たちは、やはりのびのびとしていて、気持ち良さそうに見えた。しばらく感慨にふけっていたかったが、タクシーのメーターも気になる。またタクシーに乗り、もう少し走らせてください、とお願いする。
 しばらくタクシーはゆっくり牧場の側を走ってくれた。たくさんの牧場があった。窓を開けたまま匂いをかいだ。これからどうしようか。気になっていた、廃線になってしまった線路と、使われなくなった駅が見たくなった。5年前くらいまであった「富川駅」だ。そこに向かってください、とお願いした。もう何もないですよ、ということだったが、なんとなく街の形を見ておきたかった。
 駅へ向かう途中、別の牧場で芦毛の馬が見えた。白っぽい毛の馬だ。もう一度近くで見たくなったので降ろしてもらい眺める。すると別の一頭の馬が近くまで、ほんとに目の前までやってきた。ありがとう、と伝える。馬は、どうした、という顔をしている。いや、ちょっと見たくて、と言うと、馬は突然くるっと後ろを向いて、ものすごいスピードで走っていってしまった。その時の馬の弾力、足のバネは、とてつもないものだった。これが馬の力か、としばらく呆然としてしまった。

近くまで来てくれた馬

 驚かせてしまったら申し訳ないと思いつつ、これが馬の走りだぜ、というのを見させてもらったような気もした。もう十分だ、という気持ちと、今度はレンタカーを借りて、ゆっくり馬を眺めてみたい、そんな気持ちにもなった。
 タクシーは少し走り、昔の駅があった場所へ到着した。駅舎はすでになく、更地になっていた。水害でもう使える状態ではなくなってしまったらしい。なんとなく昔の駅前の名残はあったが、やっている店はなく、部活帰りの高校生たちが歩いていた。適当なところで降ろしてもらい、橋の上から大きな川を眺めた。

沙流川

 ちょうど橋のところに漢方薬局の店があった。漢方薬局は好きなので、入ると店主が色々と話をしてくれた。ちょうど今やってるドラマ『ザ・ロイヤルファミリー』の撮影がそこであったよ、と教えてくれた。馬産地日高が舞台になったドラマだ。地元の人はみな喜んだと言っていた。近くにまた大きなドラッグストアが出来て大変だ、なんでこんな小さい薬局の周りに大きなドラッグストア沢山作るかね〜と嘆いていた。その薬局は創業明治45年と看板に書いてあった。3代目、4代目と言っていたか。店主と話している間にも、牧場関係者らしき人が入ってきて薬を買って帰っていった。効きそうな鹿の角のドリンクを買って、礼を言って店を後にした。

 道を挟んだところにある床屋も気になっていた。なんとなく、ここで髪を切るのもありだなと、信号が変わったのでそのまま横断歩道を渡り、店に入ってみた。ちょうど客がいなかったのでそのまま切ってくれることになった。話はやはり馬のことになり、壁にかかっているカレンダーも「北海道厩務員会」と書かれたものだった。とある牧場主とはゴルフ仲間だと言っていた。旅の人間にもかかわらず、あたたかく接してくれた。そういえば薬局には火鉢も置いてあったし、どこかゆったりとした時間の流れ、人の懐の深さを感じる街だなと思った。

美しく、思わず写真を

 外へ出るとすっかり夜で、すっきりした頭が少し寒い。次の日は札幌へ移動してライブだが、この街でやはり飲みたい。まだやっている飲み屋はなく、バスターミナル「とみくる」へ。ここの土産物売り場に、コーヒーも飲めるスペースがあり、その場で淹れてくれて美味しかった。店員さんに無理を言って、近くの飲み屋が開く時間を調べてもらい、それまで置いてある冊子を読んだり、温泉施設からもらってきた「馬レター」を読んだ。巻頭の詩と写真が素晴らしく、この人に自分の馬の歌を聴いてもらいたいという気持ちが湧く。

 時間になったので近くの焼き鳥屋へ行き、それから気になっていたスナックへ向かった。ママさんから日高の馬事情を色々聞き、しっぽりと夜は更けていった。あまり深くは聞いてはいけないような話もしてくれたが、過酷な過去の仕事の話を聞けて、ありがたかった。私も飲んでいいかしら、ということで乾杯。廃線になる前、線路はもっと先まで伸びていて、昔、女学生だったママは、列車で長い時間をかけて通学していたらしい。なぜか春の、風景を、想像した。

 やはりここで飲めてよかった。タクシーを呼んでもらい帰ろうと思ったが、ああもうタクシーないのよ、とママ。え、と絶句した。この山道を、夜遅く、歩いて帰らなければならないのか。熊が出たと聞いたのですが、と言うと、この辺は大丈夫よ、とママ。ほんとですか、と聞くと、うん、今までは出たなんて聞いたことないわ、と笑っている。今まで、、は、、。じゃあこれから出るかもしれないんじゃないか。怯えながら、暗い坂道を、歩いて宿まで帰った。途中林の中からガサガサっと音がして、着込んだダウンジャケットの中は汗でびっしょりになった。坂を見下ろすと、街の灯りはほとんど消えていて、上を見上げると、星がこれでもかと、瞬いていた。

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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