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連載

「満州」で起きた事実をいかに伝えるか

三浦英之(新聞記者、ルポライター)

松原文枝(映画監督)

かつて日本が中国東北部を占領して建設した「幻の国家」・満州国。事実上の傀儡かいらい(操り人形)国家は日本の敗戦と共に崩壊し、岐阜県旧黒川村(現・白川町黒川)から大陸に渡った開拓団では、暴徒の襲撃から村民を守るために未婚の女性たちがロシア兵に差し出されて「性接待」を強要された……。その隠された事実に光を当てたドキュメンタリー映画『黒川の女たち』の監督・松原文枝さんと、『五色の虹』で幻の満州建国大学の卒業生たちを描いたルポライター・三浦英之さんによる初対談が実現。戦後81年がたったいま、あの戦争をどのように伝えていくのか――。

三浦英之さんと松原文枝さん

映画『黒川の女たち』被害女性たちが語る声の力

三浦 松原さんの映画『黒川の女たち』を観て、「性接待」を強要された当事者である女性たちの声の力に圧倒されました。事前に書籍版を読んでいたのですが、映画のなかで実際に彼女たちが声を震わせながら話しているのを見ると、テキストで読んだときとはまったく違った印象を受けますね。

松原 私はずっとテレビや映画をつくってきたので、映像の持つ力は大きいと思っています。当事者の表情や顔つき、そして一つひとつの言葉に込められた声の力強さ。映像は生身の人間そのものを映し出します。その人が辿ってきた人生を、その空気も含めて伝えることができるんです。
 当時の性被害というのは、彼女たちにとって思い出したくないことです。それを言葉にしなくてはいけないので、何をどのように聞いたとしても彼女たちを傷つけることになるだろうなと思っています。せめて、彼女たちをより傷つけることにならないように言葉を選んだり、時間が長くならないようにしたり、興味本位で聞かないようにしたり、当時の時代背景とともに話を聞いたりしていました。ただ、そうしてこちらとしては気をつかっていたのですが、いま振り返れば、彼女たちはもっと話したかったんじゃないかなとも思っています。

三浦 映画のなかで、被害を受けた女性が「戦争に負けてよかったね」と言っていたのが印象的でした。戦争に負けたから彼女たちは性被害に遭ったわけですし、本来なら負けていいはずがないですよね。

松原 戦時中に関東軍が何をやっていたのかもよく見ていたからだと思います。彼女たちが受けた性被害は筆舌に尽くしがたいことですが、その後日本に帰ってきて、仕事もあり、家族もでき、孫もできた。戦時中の社会よりは、いまの平和な時代に生きていることのありがたみを感じているんだと思います。

三浦 『黒川の女たち』では、加害も、被害も描きながら、MeToo運動など現在との繋がりも見えてきます。なぜ「性接待」の事実が戦後長く隠されてきたのかということも、大きな「問い」の柱になっている。事実を隠そうとしている男性たちは「女性の恥になるから語っちゃいけない」とテレビの前で彼らなりの「正義」を発言していて、映画のなかである男性が言うように、「誰が悪いのか」というのも非常に複雑です。黒川村の女性たちを強姦したソ連兵、未婚女性を差し出した黒川の当時の団長や幹部、そして彼女たちを誹謗中傷した人たち、さらにそれを隠し続けてきた人たち。松原さんは黒川村で起きたことについて、どのように考えていますか?

松原 黒川で起きたことは、どこにでも起きていることだと思っています。「接待」というのは、現在の企業社会においても、女性が性的に利用される構造としていまだにありますよね。そしてどんな時代でも、都合の悪いことは隠されてきました。そういう社会のありようを変えるためには、何かを「悪」にしてそれに対して怒りをぶつけるだけではいけないと私は思っています。どういう構造のなかで人間が過ちを犯すのか、もしかしたら自分も同じような過ちを犯していないだろうか、といつも考えています。

『五色の虹』満州を描く難しさ

三浦 『黒川の女たち』の時代背景となっている満州についても、今後どうやってその記憶を残していったらよいのか、とても難しいなと感じています。わずか13年しか存在しなかった満州という国は、強烈な光を放っていると同時に、その背後にある闇も深い。満州には、当時、日本にはなかった特急列車が走っていましたし、現在の東海道新幹線でも使われている「のぞみ」や「ひかり」の名称は、当時の満州の特急列車の名前でもあるんです。東京でも下水道が完備されていなかったときに、満州では上下水道が分かれて造られていたし、私が『五色の虹』で描いた建国大学には各民族のスーパーエリートが集められ、言論の自由が認められる特殊な文化が熟成されていた。いわば先進的な「実験国家」だったんです。その一方で、民族差別も相当にひどいものがありましたし、とくに農村は開拓という名の占領が行われ、現地の人々が追い出されていた。

松原 三浦さんの本の描写は、現地の温度感や雰囲気まで伝わってきて、引き込まれます。ただ、三浦さんのように記述するというのは、誰でもできることではないので、私はやはり映像で残したいと思っています。実は『五色の虹』を読んだときも、これを映像として残してほしかったと思いました。

三浦 実はそれには裏話がありまして……。建国大学の取材を始める際に脚本家の倉本聰さんに相談に行ったとき、倉本さんが急に身を乗り出して、「三浦君、これは絶対に映像に撮って残しなさい」って言われたんです。「ただ、君は映像を撮る力がないだろうから、いっそのことNHKに転職しないか」って(笑)。

松原 え! いきなり転職の話ですか。三浦さんが35歳のときですよね……。

三浦 「三浦君、いま決めなきゃダメだよ」って。建国大学の卒業生たちをすべて取材するには、予算も人手も必要なので、やはりNHKでないと難しい。「朝日新聞はカメラマンも同行するのか」と聞かれて、私一人ですと答えたら、「なんだそれ、お前、これド級のネタだぞ!」と言われました。いま振り返ると、笑い話ですけれどね。

松原 私も、『五色の虹』のなかで反満抗日運動のリーダーだった楊増志さんが豪快に笑っている写真を見たときに釘付けになって、この人に話を聞いてみたいと思いました。ひと目でその人の意志や考えが伝わることが写真の強さですね。

『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』(集英社文庫)の1ページ目にある楊増志氏の写真

三浦 この写真は、取材を妨害しに来た中国の公安当局が「もうダメです」って言っているときに、楊さんが「どけ!」って言って強引に撮った写真なんです。私は震えながら撮影していましたが、楊さんは、すごい満足そうな顔をしていますよね。これも映像の力です。

松原 テレビ番組だったら、この楊さん一人に絞って、その人の人生から満州を描こうとすると思います。しかし『五色の虹』を読むと、「五族協和」を掲げていろんな民族を一緒にしようとした無謀な試みに翻弄された人々の歴史は、一人の人生だけでは到底描き切れないんだと感じました。

AIが奪うものとは

三浦 私は最近AIに対して、若干、恐怖心を感じているんです。たとえどんなにAIが進化しても、私がこれまで取り組んできた、現場に実際に足を運んで、自分の目と耳で発掘した新しい事実によって物語を構築していくノンフィクションについては、身体性を持たないがゆえにAIは脅威にならない。逆に、AIにないその身体性こそが私の作品の強みになるんじゃないかと考えています。
 一方で、これまで世に出ている情報をわかりやすくまとめて伝えるような新書のような形式には、かなりの分野でAIが入ってきて、淘汰されるんじゃないかなと。
 あと、私が本を書くときは、いつも何らかの偶然によってテーマに出会っていることが多いんですが、AIに執筆すべきテーマを聞いて、その答えのなかからテーマを選び始めるようになってしまったら、模範解答的なAIの回答のなかから読者に読まれそうなテーマを選び、予定調和的に物語を構築していくことになりかねない。偶然の機会や可能性が失われてしまうことが恐ろしくて、私は現状、ほとんどAIは使っていないんです。

著者情報

新聞記者、ルポライター

三浦英之

みうら ひでゆき

1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。

映画監督

松原文枝

まつばら ふみえ

1991年テレビ朝日入社。政治部・経済部記者を経て、2000年から「ニュースステーション」、「報道ステーション」ディレクター。2012年にチーフプロデューサー。2015年に経済部長、2019年のイベントプロデュース局を経て、2025年7月から現職ビジネスプロデュース局ビジネス開発担当部長。政治、選挙、憲法、エネルギー政策などを中心に報道。「独ワイマール憲法の教訓」でギャラクシー賞テレビ部門大賞。ドキュメンタリー番組「ハマのドン」(2021、22)でテレメンタリー年度最優秀賞、放送人グランプリ優秀賞、World Media Festival銀賞など。著書に『ハマのドン』(集英社新書)がある。

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