なぜフィリピンは米軍との地位協定を破棄したのか
布施祐仁(ジャーナリスト)
フィリピンのロレンザナ国防相は2019年3月、南シナ海での中国との戦争の誘発を回避するために、アメリカとの同盟関係を見直すべきだと発言した。ロレンザナ国防相は、米軍が中国の海洋進出をけん制するために南シナ海での航行を増やしていることが武力衝突の危険性を高めていると懸念を表明し、「私が心配しているのは、(アメリカの)保証がないことではない。我々が求めても欲してもいない戦争に巻き込まれることだ」と語った(ニューヨーク・タイムズ、2019年3月5日、著者訳)。
米中の戦争に巻き込まれないようにするというのは、フィリピンだけでなく、ASEAN(東南アジア諸国連合)全体が目指していることだ。ASEANは2019年6月の首脳会議で採択した「インド太平洋構想」という独自の外交指針において、米中の覇権争いを念頭に「競争ではなく、対話と協力のインド太平洋地域」を創り出すべきだとし、利害で対立する大国の間に入って「誠実な仲介者」の役割を果たすと宣言した。
この構想を実現するためのツールの一つが、「ASEAN地域フォーラム(ARF)」である。ARFは、この地域の安全保障環境を改善するためにASEANが1994年につくった多国間対話の枠組みで、アメリカ、中国、ロシア、インドといった域外の大国も巻き込んで紛争の予防と平和的解決のメカニズムを構築しようと努力を重ねている。大国間の戦争に巻き込まれないために、戦争を予防する対話の枠組みに大国を逆に巻き込もうとしているのである。
フィリピンは、独自の外交とともに、こうしたASEAN外交の一翼も担っている。これが「日米同盟一辺倒」の日本とは大きく異なるところだ。外交・安全保障が多角的で、アメリカとの同盟関係に依存しすぎていない。だから、アメリカに対しても、はっきりとものが言える。
ドゥテルテ大統領は今のところ、米比相互防衛条約や2014年に締結した「防衛協力強化協定(EDCA)」も破棄してまで、アメリカとの同盟関係自体を解消しようとまではしていない。VFAは破棄したが、これに代わる新たな協定を、よりフィリピンに有利なかたちで結ぶことになるかもしれない。いずれにせよ、今後も、アメリカとの関係をフィリピンの独立性をより高める方向に持っていこうとするに違いない。
米国務省の諮問委員会が2015年にとりまとめた「地位協定に関する報告書」でも、「受入国が米軍の駐留にやむを得ない必要性を認めている場合は地位協定の交渉はアメリカに有利となるが、主権侵害に対する懸念の方が米軍駐留の必要性への認識を上回る場合には問題が生じる」(著者訳)と記している。
日本も、締結から60年間一度も改定されていない日米地位協定の抜本改定を実現するには、「日米同盟一辺倒」の外交・安全保障を見直し、フィリピンのように自主性を高め、より多角的に改める必要があるだろう。
著者情報
ジャーナリスト
布施祐仁
ふせ ゆうじん
1976年、東京都生まれ。『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』で平和・協同ジャーナリスト基金賞、JCJ賞を受賞。三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』『経済的徴兵制』、共著に『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』などがある。
イミダスの連載「伊勢崎賢治・布施祐仁に聞く『日米地位協定と主権なき日本』」はこちら!