「国境なき医師団」看護師として、紛争地医療に生きる(前編)
白川優子(看護師)
(構成・文/小林資子)
白川 MSFには母子保健チームや外傷専門チームなど、専門分野別にいろいろなチームがありますが、病院が足りず多くの患者さんがやってくるイエメンでは、正直なところ、専門分野がどうのと言っていられません。私たちは紛争被害の患者さんに対する外傷外科の援助プロジェクトを展開していましたが、盲腸などの一般外科の手術をすることもありました。日本では“たかが”盲腸かもしれませんが、医療へのアクセスが断たれたイエメンでは、命に関わるほど悪化してから病院に来る人が多い。しかも、もともとの栄養状態が悪いので、手術をしても容易に回復できないのが現状です。
また、私はアウトリーチという活動もしていました。一つの病院で働くのではなく、何曜日はこちら、何曜日はあちらというふうに、地元のスタッフが運営している複数の医療現場を訪れ、数時間だけ支援をして回る活動です。私が担当していた4カ所のうち3カ所は空爆で一部崩壊していましたし、ドクターがいなくなり、地元のナースが一人で切り盛りしている現場もありました。そうしたナースの支援や指導をしたり、どうしてもスタッフが足りないときは、地元で人を雇って教育したりするのも私の仕事でした。
――援助のためとはいえ、紛争地域での移動には危険が伴うのではないでしょうですか。
白川 はい。ちょっとした移動でも、政府側と反政府側両方の許可を取って、安全を保障してもらう必要があります。ただ、許可を取っていても、突然キャンセルされたり、検問所で「聞いていない」と何時間も留め置かれたりするのは日常茶飯事です。
――それでも、頑張っている地元の医療スタッフのことを思えば、なんとしても支援に出向きたいと。
白川 直近の17年の派遣では、私たちはイエメンの保健省が運営している病院を支援していました。そこの医療スタッフは国に雇われているわけですが、国の医療保健体制は崩壊寸前で、お給料が半年以上も支払われていませんでした。しかも、いつ病院が攻撃されるかわからない恐怖もある。それでも毎日通ってくる地元のドクターやナースの行動こそ、真の人道的活動だと思います。彼らの姿を見ていると、私たちももっと頑張らなくては、もっとサポートしなくてはという気持ちになります。
現地では柔軟性と適応力が必須
――ここで、MSFの派遣システムについて教えてください。
白川 例えば、まず「8月1日から3カ月、シリアにオペ室ナースとして行けますか」といった派遣の依頼が来て、行けるようなら受けて、現地に飛びます。派遣の期間や派遣先はまちまちで、依頼が来る時期も、派遣の数カ月前のこともあれば、2日前などということもあります。昨年(16年)のイラクは緊急の依頼でした。10月に、ニュースを見てモスル奪回作戦が始まったな、と思っていたら、その日のうちに打診がありました。
――白川さん一人で出かけて、現地のチームに合流するわけですか。
白川 そうです。新規プロジェクトの立ち上げ時以外は、現地で行われている活動に合流します。前任のオペ室ナースの派遣期間が終わったら、その人に代わって私が参加するという形で、医師も看護師も、スタッフは常に入れ替わっています。現地に着くと、「長旅で疲れたでしょう。少し休んで」なんてことはなく(笑)、引き継ぎやブリーフィングを済ませて、即、オペ室に入ります。そこで初めて会った外科医や麻酔科医と仕事をし、私の任期中に外科医が代わることもあるわけです。チーム構成は、もちろんインターナショナル。チームスタッフも代われば、現地の状況も刻々と変化するので、柔軟性と適応力は必須だと思います。
――現地での生活は、どのようなものですか。
白川 紛争地での活動の場合、病院と宿舎が同じ敷地の中にあることが多く、そこが私たちの生活の場となります。敷地から出る必要があるときは、イエメンのアウトリーチの例でお話ししたように、許可を得ることになります。住まいは1人1部屋が理想ですが、数人でシェアして、シャワーとトイレは共同ということも多いですね。
活動自体が始まったばかりで、まだ生活基盤が整っていないプロジェクトでは、自分が眠るマットの上だけがプライベートスペース、などという場合もあります。休日は基本的に週に1日ありますが、状況的に全く休めない事も多々あります。あまりに疲れてしまったときは休暇を申請すればもらえますし、倒れてしまっては元も子もないので、むしろそうすることが推奨されています。
――ストレスは溜まりませんか。
白川 任期が決まっているので、割と頑張れてしまうんです。それに、スタッフみんなでご飯を食べながらおしゃべりをするだけでも楽しいし、みんな何かしら楽しみを見つけて、上手にストレスを解消していると思います。私の場合は、ヨガと、シャンプーと石けんでしょうか。重くても必ず日本から持っていくんです。過酷な生活の中、せめてシャワーだけでもお気に入りの香りに包まれて癒されるような工夫をしています。
著者情報
看護師
白川優子
しらかわ ゆうこ
1973年、埼玉県出身。小学1年生で「国境なき医師団」にあこがれる。高校卒業後、坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校を卒業して看護師となる。日本で外科・産婦人科を中心に看護師として計7年間勤務。2003年にオーストラリアに渡り、06年にオーストラリアン・カソリック大学看護学部を卒業。その後、現地の病院で手術室などを中心に4年にわたり勤務。2010年、37歳で念願の「国境なき医師団」に参加。外科チームの手術室看護師として、シリア、イエメン、南スーダン、パレスチナ(ガザ地区)、ネパールなど、紛争地や被災地を中心に活動。2018年7月時点で9カ国、17回の派遣経験を持つ。著書に『紛争地の看護師』(2018年、小学館)がある。