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社会問題

「ポストコロナ」をすさんだ「差別」の時代にしないために

安田浩一(ジャーナリスト)

 営業中のパチンコ店に出向き、「自粛しろ」と叫びながら、利用客や従業員に食ってかかる手合いも同様だろう。
 彼らは訴える。「感染を広めるな」「社会の安全を守れ」云々。
 本気でそう思っているのか。感染拡大を避けるのであれば、わざわざ唾をまき散らすような大声をあげながら利用客の列に割って入ることなどしないだろう。
 たとえば兵庫県内のパチンコ店に押し掛けた者は、ツイッターにこう記した。
〈休業指示に従わないパチ屋ガチで追い込んだわ〉
 さらにそこに続くツイートは、パチンコ産業従事者に多いとされる在日コリアンに向けたヘイトスピーチなのである。
 また、こうした者たちをネットで囃し立て、扇動しているのも、これまで在日コリアンの排斥などを訴えながら街頭でのヘイトデモを繰り返してきた者たちだ。
 自らを「排外主義者」だと自認するヘイト団体のリーダーは、営業中のパチンコ店に対する嫌がらせを、自らのブログで次のように記した。
〈「日本人VS在日朝鮮人」のドンパチ(抗争)が東西で本格化したと言えるだろう〉
〈反パチンコ暴動の日本版「水晶の夜」は近し!?〉
 これだけを見ても、彼らが決して感染拡大防止や社会の安全を考えているわけではないことが理解できよう。
「水晶の夜」がいったい何を意味する言葉であるのか知っているのか。
 クリスタルナハト──1938年11月9日、ドイツで起きたナチスによるユダヤ人迫害事件のことだ。ナチスは同夜、ドイツ全土で”ユダヤ人狩り”をおこなった。7000カ所以上の商店と数百カ所のユダヤ教礼拝所が焼き討ちにあい、3万人近くのユダヤ人が逮捕された。路上には焼き討ちの残骸や砕け散ったガラス片が飛び散っていたことから、”水晶の夜”と呼ばれるようになったのだ。差別と偏見が引き起こした蛮行である。
 わが国のレイシストたちは、このような惨事をパチンコ店への抗議活動と重ねる。在日コリアンとの闘いなのだと主張する。バカバカしい、というよりも背中の筋肉が強張るほどの怒りが全身を貫く。軽々しく殺戮を煽るような者たちに対して。
 忘れてならないのは、パチンコ店への抗議に同調するレイシストを煽ったのが、またしても行政だったということだ。自粛要請に従わない店舗の名前と住所を公表し、一部の者たちが抱えた差別と偏見を、そこに誘導した。「従業員の生活を守りたい」という一概に否定することはできない店側の声も、「非国民」の合唱にかき消される。
 空恐ろしい。

拡散する「水晶の夜」

 ”自粛”期間の長期化がさらに人の心を荒廃に導くのか、排他の矛先はもはや外国人だけにとどまらず、貧困者、風俗産業従事者、そして感染者にも向けられている。
 生活保護利用者に給付金は必要ないのだと著名人が訴え、同調する意見が相次いだ。同様に風俗産業従事者への偏見を煽り立てる者もいる。
 感染者の素性暴きがおこなわれ、営業自粛のできない店に「出ていけ」と書かれた紙が何者かによって貼られる。
 路上に飛び散ったガラス破片の不気味な煌めきを、こうした風景のなかに見る。「水晶の夜」が日本社会と無縁だとは言い切れまい。
 1923年の関東大震災では、差別と偏見、デマによって、多くの朝鮮人が殺された。いまなお自然災害が起きるたびに、外国人を危険視する書き込みがネットにあふれる。
 敵を発見し、敵を吊るせ──。日本社会は常に危うげな「水晶」を抱えているのだ。
 ウイルスも、そして差別も、世の中のもっとも脆弱(ぜいじゃく)な部分に襲いかかる。
 ”ポストコロナ”をさらに荒んだ時代としないためにも、いま、わたしたちにできるのは、理不尽な差別を断固として拒否することではないのか。たとえウイルスに勝ったとしても、どこかに犠牲を求める社会となってしまえば未来は暗い。
 差別と排他の向こう側にあるのは──殺戮と戦争でしかないのだから。

著者情報

ジャーナリスト

安田浩一

やすだ こういち

1964年生まれ。「週刊宝石」「サンデー毎日」などの記者を経て2001年よりフリーに。『ネットと愛国』(講談社)で12年に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞。主な著書に『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(朝日新聞出版)、『ヘイトスピーチ』(文春新書)、『団地と移民』(KADOKAWA)、『愛国という名の亡国』(河出新書)など多数。

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