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山岳遭難事故者数増加の意外な原因

登山者の意識を変えた携帯電話

青山千彰(関西大学総合情報学部教授)

 山岳遭難事故は毎年増加の一途をたどり、大きな社会問題となってきた。しかし、その一因として携帯電話が関係していることを知る人は少ない。

登山者減少なのに遭難事故者増加のなぞ

 平成(1989年)に入ってから登山の世界では、深田久弥の百名山による第2次登山ブームが起こり、有名な山では登山者の長い行列が続いた。その後も、NHKの百名山シリーズが放映されると、さらに拍車をかけて第3次登山ブームが到来した。この間、登山人口は850万人あたりを推移するが、2000年にピークの930万人を記録した後、一気に減少に転じた。現在は500万人台にまで減少している。一方、山岳遭難事故者数は右肩上がりで増加し続け、現在は年間1933人にまで達している。
 一般に、遭難事故者数は、その母集団である登山人口の大きさに比例すると考えられてきたが、全く逆の関係になっている。考えられる3つの要因として、(1)登山形態が大幅に変わった、(2)登山者の高齢化による問題、(3)携帯電話使用による遭難者総数の増加が、検討されている。(1)と(2)については、登山人口減少にもかかわらず事故者数を大幅に伸ばすほどの影響は考え難い。そこで、最も該当する可能性が高いと考えられるのが、(3)の携帯電話の影響なのである。ちなみに、遭難事故者数とは、警察が捜査活動したかどうかで決定される。その調査項目には、死亡・行方不明者負傷者無事救出の3項目しかない。家族、関係者からの届け出、あるいは事故現場からの一報で捜査出動するのだが、元気で見つかった場合には、遭難事故者数中の「無事救出」に分類される。

携帯電話での救助要請

 かつて、携帯電話が普及していない時代には、登山中に転倒や滑落事故を起こしても、あるいは道に迷っても、警察に連絡するすべはなく、何とか仲間に助けてもらうか、自力で下山するしか助かる方法がなかった。しかし、携帯電話を持っていると、外傷を負った登山者は、警察に連絡することで話が大きくなってしまうのでは?と、一瞬躊躇(ちゅうちょ)しても、その大多数が電話で救助要請する。多くの一般ハイカーは道に迷うだけでもかなりパニックになる。そのうえ日が暮れ周囲が暗くなってくると、その恐怖には計り知れないものがある。家族も心配しているであろう。それでも携帯電話を使わない人は、どのような人なのか想像がつかない。
 山中で携帯電話を持ち歩いている割合について、08年に関東、関西地区の山でアンケート調査したことがある。その結果、約8割もの登山者が携帯電話を持参していた。最近の登山では、ほとんどの人が携帯電話を持参していると考えて間違いないだろう。
 ただし、奥深い山中では携帯電話がまだ利用できない場所が多い。09年7月に発生した北海道大雪山系の遭難事故では、事故が発生したトムラウシ山頂周辺が通話圏外であった。そこで事故の発生を警察に連絡しようとして、ガイドが歩くスピードを上げたという。その結果、ツアー客がついて行けず、さらに遭難事故者を増やしてしまったケースも出ている。ここでは詳しくトムラウシの事故原因については触れない。しかし、いかに携帯電話が遭難現場で重要な役割を担っているのか、この遭難事故からも知ることができる。

「安易な救助要請」と割り切れるのか

 携帯電話の普及により、山岳遭難に携わるレスキュー関係者(警察、消防、地元山岳会など)の間で、常に指摘され問題にされた「安易な救助要請」という言葉がある。携帯電話で救助要請がありヘリコプターで救助に向かうと、「少し疲れたので…」「手を擦りむいたので…」「子供が疲れたので…」などの理由で病院まで送ってほしいという要請である。レスキュー関係の講演会では必ず聞かされる内容であった。
 ヘリレスキューはいかに訓練したプロが行っているといえども、山や谷の形状に応じて風が複雑に変化するので、岩壁にぶつからないように操縦するには、極度の緊張を強いられる。ガス(霧)がわき、不十分な視界の中、雲の切れ間をぬってそれでも救助に向かうのが普通である。レスキュー隊員自身が命の危険にさらされるリスクを負いながら救助に向かったにもかかわらず、「疲れたから呼びました」では怒りが収まらない。その結果、かつての長野県知事がヘリレスキューの有料化を叫んだことがあった。非常に分かりやすい発想である。

突然死の増加

 しかし、最近では、あまり「安易な救助要請」の言葉を聞かなくなってきた。それは、安易な救助要請者がいなくなった訳ではない。おそらく、同じような人々は必ずいて、さぞや、レスキュー関係者を怒らせていることだろうと想像する。
 あまり公然とこの言葉を使わなくなったのは、レスキュー関係者に、相手の症状が判断できないからである。最近、日本でも欧米型の食生活をする人が増えてきた結果、登山中に心臓疾患などの病気で突然亡くなるケースが増加している。ヨーロッパアルプスでは、死亡した遭難事故原因の第1位が心疾患とまで言われている。突然死の恐ろしいところは、先ほどまで元気に先頭を歩いていた人が、「少し疲れた」と言って休憩する間に死亡することである。その兆候は、専門の医者でさえ現場判断では分からないケースが多い。ましてや、専門医ではないレスキュー隊員に、症状の判断ができないことは言うまでもない。「安易な救助要請」という批判があまり聞かれなくなったのは、たとえ少し調子が悪い程度でも粛々と受け入れ、救助活動を続けて行かざるを得ないからである。

携帯電話が命をつなぐ現実

 筆者も、08年、登山中に岩場から4m墜落し背骨を折ってしまった。その時は、何とか棒切れにしがみついて少しずつ動き、必死の思いで自力下山した。もちろん、頭の中では「安易な…」という言葉が浮かんでいた。自分が遭難事故の専門家であるがゆえに、レスキューにどう見られるのだろうと思うと、どうしても携帯電話で救助要請をする気にはなれなかった。助かったのは運が良かっただけ。やはり電話すべきであったと強く反省している。
 携帯電話が遭難事故者数増加の要因ではないかと考えられるいっぽうで、「安易な救助要請」かどうか分からないが、とにかく、携帯電話が事故者とレスキューとをつなぐ唯一のパイプであることも確かである。遭難事故にあっては、されど携帯電話と言うべきか。携帯電話なしではどうにもならない確かな現実がある。

著者情報

関西大学総合情報学部教授

青山千彰

あおやま ちあき

1949年徳島県生まれ。関西大学土木工学科卒業後、97年総合情報学部教授となる。専攻は危機情報論。主に山岳遭難を研究し、道迷い問題や空間認知能力をはじめとしてさまざまな山岳遭難事故の分析と対策に取り組む。国際山岳連盟委員、日本山岳協会遭対副委員長、IMSARJ会長、日本山岳文化学会理事、労山顧問等を務める。著書に「山岳遭難の構図―すべての事故には理由がある」など。

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