中村哲さんの死に思う、日本の医療界をも侵食する“資本主義リアリズム”
香山リカ(医師)
しかし日本の医師たち、さらには厚労省までもが、聴診器を「スコップ」どころか「計算機」に替えて、いかに多くを稼ぎ出すかという考えにとり憑かれているようだ。医療がこれでよいわけがないとわかってはいても、「資本主義の世の中、理想論やきれいごとばかり言っていられない」という途方もない“資本主義リアリズム”――この言葉はイギリスの批評家マーク・フィッシャーの同名の書(堀之内出版、2018年)から取ったものである――に押され、それに抗う有効な言葉を私たちは持てずにいるのが実際のところだ。
日本から遠く離れた地で、市場主義経済から解き放たれた医療と人道支援を実践していた中村さんは、道半ばで凶弾に倒れた。ただ、その悲劇によって私たちは改めて、「こんな生き方をした日本人がいるのだ」という事実を目の前に突きつけられることになった。
――このままでよいのか。あなたはいま握りしめている計算機を、預金通帳を、別の何かに持ち替える必要があるのではないか。
私たちはそう問われている。とくに医師である私には、その問いはひときわ大きく響いてくる。少し時間はかかっても、必ず「私が持ち替えるべきものは何なのか」という問いへの答えを、自分なりに出したいと思っている。