新型コロナウイルス感染症拡大による「心の死」を防げ!
香山リカ(医師)
「自分は社会や他人にとって役に立つ人間だという感覚」を心理学で「自己有用感(self efficacy)」と言うが、新型コロナウイルス感染症のもっとも深刻な“症状”のひとつは、現代人がこの自己有用感を奪われることではないかと思うのである。
「何もするな。出てくるな。それがあなたにできる唯一のことだ」と言われ、それでも「私は社会や他人の役に立っている」という自己有用感を失わずにいるのはきわめて困難である。誰かが「いえ、あなたは立派に社会の役に立っているのだ」と伝えなければならないのではないだろうか。
精神科医として私は、今後、多くの人が「自己有用感の喪失」という恐ろしい病を発症するのではないかと危惧している。ウイルスそのものには感染しなくても、また国の補償などによって生活の危機をとりあえず回避できたとしても、「私にできることは何もない。他人や社会の役にも立っていないし、ウイルスとの積極的な闘いにも加われていない」という思いから、うつ病やアルコール依存症、希死念慮など、メンタルヘルス上の疾患を発症する人が世界で激増するのではないか。そしてそのことにより、離婚、家庭内暴力や子どもの虐待、自殺未遂あるいは既遂といった深刻な問題も増加するかもしれない。
「Stay Home」が長引くことにより起きる自己有用感の低下や喪失は、大げさではなく致死的な病だと私は考えている。マスクを求めて早朝からドラッグストアの前で行列を作るシニアたちが批判されているが、彼らはマスクよりも、「私はやれることをやっている。家族の役にも立っている。コロナウイルスから身を守るために闘っている」という自己有用感が欲しいのではないだろうか。高齢者たちは自分の心が死なないようにするために毎日、朝から並んでマスクを集め続けているのかもしれないのである。そう考えれば、彼らを軽々しくとがめたり嘲笑したりできない、と思えてくる。
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しかし、だからと言って私は、小林よしのり氏のように、「だから自粛を止めて働こう!」とはとても言えない。大学病院のコロナ検査用外来で目にするこの感染症の威力は、たしかにペストなどよりは小さいかもしれないが、決して東氏が言うような「雑魚キャラ」では片づけられないほどには強力だからだ。実際に軽症と思われた人が突然、自宅で呼吸困難に陥ったり、完全防御で感染者に接したはずの医療従事者が感染したり、という事例を私も目撃した。一度は回復した人が再び陽性に転じた例もある。このウイルスの振る舞いは、いまだによくわからないのだ。
だとしたら、私たちは「Stay Home」を続けながらも、社会の中での自分の価値や、他人にとって自分が役に立っている手ごたえ、そして、この感染症と積極的に闘っているという実感を持てるような、何らかの仕組みを作らなければならない。ただ、それは「SNSでつながろう」とか「オンラインでひとを励ます動画を投稿しよう」といった方法では限界があるだろう。
家にとどまり、仕事にはいつものように行けなくても、「私は社会の中で十分に生かされている」と自分を自分で認められるためには、何をすればよいのか。どんな手段が使えるのか。
それを考え、そのシステムの構築を行うのが、精神科医としての私が“いまやるべきこと”だ。もちろん、私ひとりでは何もできない。この記事を読んで何かアイディアが浮かんだ人は、ぜひ教えてほしい。新型コロナウイルスからひとりひとりの身体を守ると同時に、私たちは「心の死」をなんとしても防がなければならないのである。