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連載

振り回される恋もいい

雨宮処凛(作家、活動家)

 あなたはいわゆる「振り回す方」だろうか。それとも「振り回される方」だろうか。
 もちろん、恋愛においてである。
 どうでもいいことだが、私自身はどちらかというと、振り回される方が好きである(程度によるが)。
 なぜ、突然そんなことを思ったかというと、瀧波ユカリさんのエッセー集「女もたけなわ」(幻冬舎)を読んだからだ。この本の「『優しい人』考」という章には、彼女の過去の「振り回され系」の恋の思い出がつづられている。
 出会いは大学生の頃。写真暗室の片付けで初めて会ったその男は、帰り際に彼女をマックに誘い、「お札をくずしたくない」という理由で5円をせびる。そうして「一口食べていい?」と彼女のハンバーガーに食らいついて、4分の3を食べてしまう。
 なんとなく罰ゲーム感が漂う初対面だが、彼女は彼と往来で別れてすぐに、自分が恋に落ちていることに気づくのだ。「冒険家のように精悍で生命力みなぎる」容貌。そして高いテンション。どう考えてもモテるタイプだが、振り回されることは間違いない。
 結局、彼女はやはり彼に振り回されることとなる。

「いきなりバイクの後ろに乗せられて『俺の知っている東京で一番急な坂道』で死ぬ思いをさせられたり、大事な話があると呼び出され、すわ告白? と思いきや『友達でオカマの○○ちゃんが俺のこと好きみたいなんだけどどうすればいい?』と真剣に相談されたり、一日中銀杏(ぎんなん)拾いに付き合わされたり鍋を持って全力疾走するはめになったり変な仮面をかぶせられたりビール泥棒の片棒を担がされたり車ごと雪山に突っ込んだり」
 ──夏の終わりに出会った2人は、年が明けて春が近づく頃には、酔いがさめるように理由もなく会わなくなっていく。
「全部彼がしたいことに私は付き合わされただけで、私が行きたい場所やしたいことを聞かれたことなんてなかった」
 ここだけ読むと、なんて勝手な男なんだろうと思うだろう。しかし、文章はこう続くのだ。
「でも、死ぬほど楽しかった」

 この一文を読んで、私も過去の「振り回され系」の恋を思い出した。
 20代の頃の話だ。相手は瀧波さんの前に現れた彼とまったく同じタイプ。
 とにかく悪気なく勝手で、何もかもが唐突。自分が会いたいと思ったら、何時だろうと電話をかけてくる。時間帯はだいたい深夜で、男友達と泥酔しているところに、しらふで突入すること数知れず。しかも、その後で2人っきりになれるのかと思ったら、「別の友達に会いに行こう」と、みんなでタクシーで大移動。まったく知らない町の知らない店で、朝まで飲むハメになったり、夜中に突然「海が見たい」とか言い出して、始発でそのまま海へ、なんてこともしょっちゅうだった。
 そのうえ「旅行に行こう」ということになり、「温泉? それとも素敵なホテル?」と期待していた私の前に現れたのは、鍋やフライパンや食材を満載したキャンピングカー。アウトドアに慣れている人だったらいいのかもしれないが、私はまったくの初心者。しかも宿泊はキャンプ場ではなく、トイレも水道もない山奥で、車中泊という「強化合宿」のような日々。が、毎日外で肉を焼いたり、野外で排せつしたりしているうちに原始生活にも慣れてしまい、気がつけば「人間、一週間くらい風呂に入らなくても大したことはない」という境地にまで達していたのだった。

 とにかく、勝手だった。いつもいつも、振り回されまくっていた。しかし、そんな日々はデタラメに楽しいものだった。ずっとバカみたいに笑っていた記憶しかない。
 その彼と会わなくなってからしばらく、私は誰かと付き合っても、どこかで「物足りなさ」に悩まされるようになった。振り回し系じゃない男は、「何をしたいか」「どこに行きたいか」「何を食べたいか」など、いちいち聞いてくれるからだ。
 いたってマトモで優しいと思う。しかし、そんな相手と過ごす楽しさは、申し訳ないけれどいつも想定内。次の瞬間の行動がまったく読めない男と過ごす、想像を超えた楽しさには、どうしたっておよばない。
 そうして、気づいた。
 優しい人であればあるほど、相手にどうしたいか聞き、話し合うなどといった「民主的な手続き」を大切にしてくれる。そして、相手との「合意形成」にも時間をかけてくれる。しかし今、私は声を大にして言いたいのだ。「恋に民主主義などいらない!」と。
 いや、付き合いが長くなればなるほど、「民主的な手続き」は重要さを増してくる。しかし、恋の始まりの部分には、過剰な民主主義って余計な気がするのだ。それは時に、男を優柔不断で頼りないものに見せてしまう。それより、強引に振り回されたいと願う女子は多いはずだ。

 瀧波さんのエッセーの最後には、「それだけ自己中心的でも彼は『優しい人』だった」とある。
 思えば、私をさんざん振り回した男も、優しい人だった。とにかく勝手で、「どうしたい?」とか何も聞いてこないけれど、例えばドライブ中に私とけんかになり、雰囲気が最悪の状態でも、野良猫なんかを見かけると「これ、あの猫にあげてこい」と、食べ物を差し出すような人だった。結局、それで私はけんかの原因も、自分の怒りも忘れてしまうのだ。
 振り回し系の人間には、他人を振り回すだけの魅力がある。それだけ自分勝手でも、憎まれないのが証拠だ。
 きっとそれは、天性の才能なのだと思う。

次回は9月5日(木)、テーマは「酔っぱらいの失態」の予定です。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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