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連載

物価高騰で浮き彫りになった子どもの「夏休みリスク」をどう乗り越えるか?

第57回

大内裕和(武蔵大学教授)

 2024年度春学期の授業期間が終わり、私が勤める武蔵大学も夏休みに入りました。ところで、誰もが楽しみにしているはずの夏休みについて、最近、衝撃を受ける調査結果を知りました。

 物価高騰が続く5月末〜6月初旬、認定NPO法人キッズドアが「困窮子育て家庭」の生活実態アンケート調査を行いました。その中で小・中学生の子をもつ保護者に夏休みの長さに対する考えをたずねたところ、「なくてよい」という回答が13%、「今より短い方がよい」という回答が47%でした。合わせると何と60%もの家庭が、子どもの夏休みの長さを負担に感じていることが明らかになりました。

 これまでも毎年8月の終わりに近づくと、「早く夏休みが終わってほしい」「9月が待ち遠しい」などの声は、子どものいる家庭から耳に入ってきました。しかし、この調査の画期的な意義は、困窮子育て家庭にとって物価高騰が続く中での学校の夏休みが、生活苦を深刻化させ、子どもにとって「リスク」の高い時期であることを浮き彫りにした点にあります。

 この調査では、夏休みは「なくてよい」または「今より短い方がよい」を選択した回答者に、その理由もたずねています。「(エアコン代や食費など)子どもが家にいることで生活費がかかる」(78%)、「給食がなく、子どもの昼食を準備する手間や時間がかかる」(76%)、「子どもに夏休みの特別な体験をさせる経済的な余裕がない」(74%)など、これらの回答は7割を超えています。また「給食がなく、子どもが必要な栄養を摂れない」(68%)との回答も6割を超えています。

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 夏休みのエアコン代による生活費の上昇は、近年の「地球沸騰化」と呼ばれる気温上昇の影響を強く受けています。NHKの報道によれば24年7月、東京23区で熱中症の疑いで死亡した人数は123人にのぼり、この夏の猛暑続きは「災害」とも呼べる域に達しています。冷房を使用することは、もはや「命を守るための手段」となっており、「エアコン代はぜいたく」と言える時代ではありません。

「給食がなく、子どもの昼食を準備する手間や時間がかかる」「給食がなく、子どもが必要な栄養を摂れない」という回答も重大です。この調査の回答者の9割が母子世帯です。低賃金かつ一人きりで家計を支えて働き、育児と家事も行う女性にとって、子どもたちの昼食を用意するのに手間や時間がかかることは、大きな負担となります。また、子どもに必要な栄養を与えられる給食が、夏休み中はなくなることも、不安要因となることは間違いありません。

 この状況を是正するためには、困窮子育て家庭への経済的支援を強化することが第一です。厚生労働省の「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査」によると、離婚した父親から養育費を受給している母子家庭は28.1%(平均月額約5万円)にとどまっています。養育費の未払いは「子どもの権利」を侵害する社会問題として捉え、受給率を上げていくことが重要です。また、最低賃金の引き上げや非正規雇用の正規転換などで賃金上昇を進め、有給休暇なども取りやすいように労働条件を整えることも欠かせません。

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 こうした取り組みが重要であるのは明らかですが、夏休みが子どもの命や健康を脅かしかねない、という現在の状況は緊急事態です。根本的な是正を進める一方で、子どもにとって高まる「夏休みリスク」を乗り越えるための緊急支援策を実行することが求められています。

 近年、その取り組みは始まっています。東京都内の学童保育(放課後児童クラブ)では、朝の弁当作りの負担を減らすため、夏休みなどの長期休業期間に昼食を提供する取り組みが広がっています。23年7月のNHKの報道によれば、この時点で東京23区のうち11の自治体で希望するすべての児童に昼食を提供する予定があることがわかりました。保護者が宅配弁当を手配する制度を設けたり、自治体が主体となって昼食の手配に乗り出したり、休校中の小学校の給食調理室で作った昼食を子どもたちに提供したりなど、さまざまな方法で行われています。

 いずれも意義深い取り組みですが、課題がいくつかあります。まずは自治体による格差です。23年7月の時点では、東京23区でも半数以上の自治体ではまだ実施されていません。東京23区は国内でも財政的に豊かな自治体が多いですが、財政に余裕がない自治体の場合、昼食提供はより困難でしょう。しかし「夏休みリスク」は子どもの生存権に関わっていますから、特定の自治体だけではなく、国内どこに住んでいても同等のサービスを受けられるようにするべきです。

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 次に、これら提供される昼食が、現在のところ有料であることが多いということです。困窮子育て家庭の実態を見ると、その暮らしは限界ギリギリです。たとえ少額の負担増であっても、利用を避ける傾向を生むでしょう。近年、「給食の無償化」は急速に進んでいますが、この夏休み中の昼食の提供についても無償化を進めていくことが、子どもの生存権を守る上で重要だと思います。子どもの生存権において地域による格差は許されませんから、上記の自治体間の格差をなくすという意味でも国が費用負担すべきです。

 そしてもう一つ必要なのは、学童保育や給食提供体制の充実です。夏休み中も子どもたちに昼食を提供することは、学童保育指導員や給食調理員にとって新たな仕事が増えることを意味します。しかし、どちらも十分な体制が整っていません。

 全国学童保育連絡協議会(全国連協)の「学童保育(放課後児童クラブ)実施状況調査」によれば、学童保育の入所児童数は13年の88万8753人から、23年の140万4030人へと増加しました。こうした入所児童数の増加に対して、学童保育指導員の体制や処遇は十分ではありません。全国連協が18年に週20時間以上勤務する指導員について調査を実施したところ、経験年数5年未満の指導員が約半数を占め、勤務が継続していない厳しい実態が浮き彫りになりました。また指導員の年収も、週20時間以上勤務する指導員であっても約半数が年収150万円未満で、約6割が「ワーキングプア」(働く貧困層)といわれる年収200万円未満ということも明らかとなりました。給食についても同様です。20年の総務省調査によれば、給食調理員の中で非正規雇用の割合は69.8%に達しています。今のまま子どもたちの「夏休みリスク」を乗り越える施策を進めると、学童関連事業に携わる人がワーキングプアに陥るような悪循環を生み出すことになってしまいます。そのため夏休み中の昼食提供は、学童保育指導員や給食調理員の処遇改善、学童保育や給食提供体制の充実とセットで進められるべきです。

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 冒頭に紹介したキッズドアの調査で、エアコン代や昼食など生活に直結する課題に加えて、74%もの回答があった「子どもに夏休みの特別な体験をさせる経済的な余裕がない」という点も見逃せません。これは近年、子育て支援の場で注目されている「体験格差」という問題です。体験格差とは、子どもが学校の外で得られる体験機会の格差を意味します。

 この体験格差の実態が近年、明らかになってきています。公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンは22年、「子どもの『体験格差』実態調査」を行いました。この調査によれば、年収300万円未満のいわゆる「低所得世帯」では子どもたちの「体験」が平均的に少ないことに加えて、子どもたちの約3人に1人は体験の機会が過去1年間で一つもない「ゼロ」の状態にあることが明らかとなっています。

 この体験格差が促進されるのが夏休みです。夏休みに有料の「塾、スポーツクラブ、自然体験」などに通う子どもがいる一方で、困窮子育て家庭の子どもたちはそれが不可能な状態に置かれています。このことは夏休みが体験格差を広げる時期であることを意味しています。これも「夏休みリスク」の一つと言えるでしょう。

 キッズドアの調査によれば、夏休みに予定しているアクティビティのトップは「地域の夏祭り、バザーなど」(25%)で、海水浴や家族旅行は 1 割未満にとどまっています。そして、半数超が「特に予定しているものはない」と回答しています。私が子どもの頃には、夏休みの思い出の体験を絵日記として提出する宿題が出されていました。体験が「ゼロ」の子どもは、そうした宿題が出た時にどう対応すればよいのでしょうか?

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著者情報

武蔵大学教授

大内裕和

おおうち ひろかず

1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。松山大学教授、中京大学教授を経て2022年度より現職。「入試改革を考える会」代表。「奨学金問題対策全国会議」共同代表。著書に「ブラックバイトに騙されるな」(集英社)、「教育・権力・社会」(青土社)、「ブラック化する教育 2014-2018」(青土社)などがある。

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