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「親の介護」問題、情報集めまくってるから大丈夫! と思ったら

雨宮処凛(作家、活動家)

 そうして家事がほぼできない父親の部屋の大掃除をし、料理を教え、食材を用意したり食事の手配(Uber Eatsで配達してもらうなど)をしたり家事代行サービスを頼んだり、そんな父にコロナ禍、ワクチン接種をさせたりと奮闘する様子が描かれるのだが(しかももちろん仕事をしながら)、読後に湧き上がってきたのは「実家疲れ」(実家に帰って親と過ごした時にしか湧き起こらない、独特の疲弊感)とでも言うべき感覚だった。

 昭和の父が食事に不満を言ったりする描写を読むたびに、こっちも苛立ってしまうのだ。会ったこともない、私の人生にまったく関係ない他人の父親だというのに。それくらい、うちの父が言いそうなことをジェーン父は言う。

 そんなジェーン父は2024年に介護認定調査を受け、「要支援2」となったそうだが、認定を受ける前でもこれほど「なんらかの手伝い」が必要なのか……と愕然とした。

 一つひとつは小さなことだ。しかし、ペットボトルの蓋が開けられなくなったりお椀がうまく持てなくなったりラップを剥がせなくなったりと、思いもよらない「できないこと」が少しずつ増え、日常に支障が出る。

 要支援2となってからは在宅の生活援助を利用するのだが、その「使い勝手の悪さ」にも辟易した。

〈一回の利用時間の上限が基本的には1時間までと決められていることが多く、一日に何度利用しても良いとはされているが、次の利用までに2時間以上空けた場合とそうでない場合では金額(点数という表現が妥当ではある)が異なるなど、とにかくシステムを理解するのに熱量と時間を要する〉

 この国の公的制度のこういう使いづらさと難解さ、本当にどうにかならないものだろうか。

 ちなみにこの本で驚いたのは、今はITを使った便利なツールがたくさんあること。ジェーンさんはこれを「スマート介護」と表現する。

 例えば「エコーショー」というデバイスに「今日の予定」を入れておけばそれを音声で読み上げてくれる。

「9時半からヘルパーの○○さんが来ます」「今日は午後1時から病院です」など。これで父の一人暮らしは滞りなく進む。

 連絡がつかないなど「家で倒れているのでは?」という時は「エコーショー」の「呼びかけ機能」により、画面が勝手に繋がって安否も確認できるという便利さだ。

 タクシーアプリもフル活用。支払いはジェーンさんのカードで、迎えに来てくれた上に乗れば「乗車中」、目的地に着けば「ありがとうございました」と教えてくれる。

 また、高齢になり痩せていく父を心配したジェーンさんは、毎日の食事の写真をLINEで父から送ってもらうようにしている。これなどはすぐに使えるやり方だ(でもうちの父がLINEで写真を送れるだろうか? っていうか、ガラケーだった……)。

 もう1冊、『義父母の介護』はタイトル通り、夫の両親の介護。

 義母は認知症、義父は脳梗塞で倒れるなどなかなかのハードモードだが、そんな中、介護サービスを拒絶する義父の姿や、認知症が進む義母の様子が赤裸々に描かれる。大変だけど、あっけらかんとした文章に思わず何度も笑ってしまった。

 ちなみに義母には16年あたりから「異変」があったようなのだが、24年時点で要介護3、義父は要支援1。

 ちなみに村井さんには2人の子どもがいる。仕事と子育てだけでも大変なのに、そこに突如始まった「介護」という一大プロジェクト。義母の怒りの発作に驚いたり、運転免許証返納に激しい抵抗に遭ったり、物盗られ妄想と嫉妬妄想にメンタルを削られたりと大忙しなのだが、義父の描写にもえぐられる。例えばこのような記述だ。

〈義父は、元気だった頃の完璧な義母を求めている。家事も、自分のサポートも、家計の管理も、すべて完璧にやり遂げていた、あの頃の義母を求めている。きれいに洗われ、干され、畳まれた下着類やパンツが欲しいだけのことだ。そして、完璧ではなくなった義母に腹を立てているのだ〉

 これを読んだ時、ふと、うちの父、自分の靴下や持病の薬がどこにあるか知っているのだろうか? という疑問が浮かんだ。そう思っただけで、どっと疲れた。しかも村井さんの義父は、暗い。その暗さの描写が本当に容赦なくて読んでいるこっちの気が滅入るほどに、暗い。しかも寝苦しい真夏の夜みたいに湿度まで高い。

 さて、そんな村井さんは介護サービスを熟知して活用している。義母はデイサービスを週5日利用し、家事の支援をするヘルパー訪問は週3回。服薬管理や健康管理のための訪問看護師は週1回来てくれる。が。

〈これほど介護サービスを利用したとしても、私と夫が週末に訪問し、様々な支援をしなければ生活は回らない〉

 いくら情報を知っていても、制度をフル活用したとしても、それでも「子世代にとって仕事は山積み」だというのだ。

 読み終えて、「情報知ってるから完璧」と思っていた自分を恥じた。

 そして2冊を読んで思ったのは、ある意味「女性にケアされる」ことを当たり前だと思い、同時に炊飯器で米も炊けないような「昭和の父親」とその娘が介護の場面でぶつかりあうというのは日本中で起きているだろうということだ。それを「高齢なのだから」と耐えるのか、意見を言うのか。

 一方、我が家の母親はどうかと言えば、元気な今だって東京に遊びに来たりすれば田舎モード全開。「知らない人に話しかける」「赤ちゃんや子どもがいたらやたらと構う」「過疎地に住んでいるので人混みを歩くと人にぶつかりまくる」など、その作法の違いに独特の疲労感に包まれる。元気な今でさえだ。

 親の老いと向き合うということは、そういうディテール一つひとつと向き合うことで、制度や支援ではカバーできないところにこそ、大変さが詰まっているということを知れたのだった。

 ということで、何かいろいろと疑似体験したような2冊。とにかくジェーンさんの父も村井さんの義父も、うちの父にすごく似ている。

 介護認定も重要だが、国は「家事ができない高齢男性」の強化合宿とかをやってくれないだろうか。

 すべての男性が最低限の生活力とセルフケア能力をつけること。それが喫緊の課題だ。

 最後に。親はいいとして、子どものいない私の老後はどうなる? という課題も突きつけられているが、こちらは絶賛先送り中だ。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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