『戦争論』
イミダス編
正確には、小林よしのり『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』(幻冬舎、1998年)。小林が雑誌『SAPIO』(小学館)に連載していた漫画「新・ゴーマニズム宣言」シリーズの一環として、戦争について論じる内容を描き下ろしたもの。80万部を超える大ベストセラーとなった。
「ゴーマニズム宣言」は、小林本人が語り手として作品中に登場し、ギャグやエピソードを交えつつ、様々なテーマについて思索を展開し、最後に「ごーまんかましてよかですか?」という決め台詞とともに結論を叫ぶというスタイルのシリーズ。
『戦争論』は、「戦争の中で愛と勇気が試され/自己犠牲の感動が生まれ/誇りの貴さを思い知ることもある」として、「公」(=国家)のための自己犠牲を称揚し、アジア太平洋戦争について、「日本は(中略)アジアを植民地化していた差別主義者・欧米人と戦ったのだ」として、「大東亜戦争肯定論」を主張する。最後の一文は「いつの日かこの戦争こそが人類の成し得た最も美しく残酷なそして崇高な戦いだったと再評価される時が来るだろう/個を超えた勇気ある英霊たちに感謝する」というもの。
小林は1953年生まれ。「東大一直線」(76年に連載)、「おぼっちゃまくん」(86年に連載)が大ヒットした後、92年に『週刊SPA!』(扶桑社)誌上で「ゴーマニズム宣言」の連載を始めた。当初は部落差別、表現規制、薬害エイズなどのテーマを取り上げていた。
95年にオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きると、『週刊SPA!』は公安の強引な捜査や警察情報に依拠するメディアの姿勢への批判を展開した。しかし坂本弁護士一家殺人事件へのオウムの関与を示唆したことでオウムに殺されかかった経験を持つ小林はこれに反発し、ついには「ゴーマニズム宣言」の連載打ち切りに至った。
その後、小林は保守系の『SAPIO』に移って「新・ゴーマニズム宣言」を継続。市民運動の負の部分を批判する『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 脱正義論』(幻冬舎、96年)を経て、「新しい歴史教科書をつくる会」(97年発足)に参加し、98年の『戦争論』へと進んでいった。小林の思想的展開の背景にも「95年」があったとも言えそうだ。