1995年を知るための10冊
奥 憲介(文芸批評家)
9『OUT』 桐野夏生

『OUT』上下 桐野夏生 講談社文庫 2001
【紹介】
東京近郊の団地。深夜の弁当工場で働く主婦たち。夏でも冷え切る劣悪な環境の中、細分化されたライン作業に従事する彼女たちは、出稼ぎ外国人とともに非正規・低賃金・長時間労働を強いられ、家庭内でも抑圧に疲弊している。彼女たちは過酷な現場で支え合う仲間でもあった。
ある夜、DVに耐えかねた一人が夫を衝動的に殺害する。主婦たちは彼女を助けるため遺体の解体・遺棄に手を染めるが、その連帯は長く続かない。やがて金と欲と恐怖が彼女たちを蝕み、平凡な日常は崩壊し破滅へと向かう。
桐野夏生のベストセラーである。主婦たちはなぜ犯罪の深みにははまっていったのか。女性の非正規労働化と貧困、家庭や結婚という抑圧といった、ポストバブル期の社会に潜む不都合な現実が次々と浮かび上がってくる。閉塞した日常からの逸脱としての犯罪は、もはや特異なものではなく、生存のために誰もが踏み込みうる領域となる。本作はノワールの手法を通じ、日本社会の構造的暴力と階級の固定化を鋭く照射する批評的な物語となっている。
東京近郊の団地。深夜の弁当工場で働く主婦たち。夏でも冷え切る劣悪な環境の中、細分化されたライン作業に従事する彼女たちは、出稼ぎ外国人とともに非正規・低賃金・長時間労働を強いられ、家庭内でも抑圧に疲弊している。彼女たちは過酷な現場で支え合う仲間でもあった。
ある夜、DVに耐えかねた一人が夫を衝動的に殺害する。主婦たちは彼女を助けるため遺体の解体・遺棄に手を染めるが、その連帯は長く続かない。やがて金と欲と恐怖が彼女たちを蝕み、平凡な日常は崩壊し破滅へと向かう。
桐野夏生のベストセラーである。主婦たちはなぜ犯罪の深みにははまっていったのか。女性の非正規労働化と貧困、家庭や結婚という抑圧といった、ポストバブル期の社会に潜む不都合な現実が次々と浮かび上がってくる。閉塞した日常からの逸脱としての犯罪は、もはや特異なものではなく、生存のために誰もが踏み込みうる領域となる。本作はノワールの手法を通じ、日本社会の構造的暴力と階級の固定化を鋭く照射する批評的な物語となっている。
【解題】
作品におけるリアリティとは、単なる写実性ではなく、読者に特定の行為を「ありうるもの」として受け入れさせる認識の枠組みである。それは作者が一方的に付与するのではなく、読者との共同作業の中で立ち上がる。主婦が殺人へと至るこの物語の説得力は、個人の逸脱としてだけではなく、90年代という時代状況に埋め込まれることで成立している。
1995年は多くの出来事が一挙に噴き出した年だった。連日テレビが別々の異常を報じる中、それらがどこかで一本の線につながっているように感じられた。個々の事象の分析はできたとしても、当時を生きた人々が共有していた“肌ざわり”までは掬いきれない。感覚は一様でなくとも、この作品を読むとき、同時代のリアリティをどこかで了解してしまう共通感覚はたしかにある。私自身、あの空気を吸い込んだ身体のどこかが、この物語の暗さと情動に反応する。
自分たちは今まさに何かの臨界点にいる。という張り詰めた空気が蔓延していた。それは単なる世紀末的気分ではない。限界に達し、沸点から溢れ出したもの、腐敗し、変質し、不可逆へと傾きつつある世界の不穏な静けさ、逃げ惑う人々の叫び、手軽な“新しい物語”を囁きかける怪しげな輩の跋扈。そうしたものに取り囲まれながら、人々が感じていたのは、この世界からOUTしなければ、生き延びることができないのではないか という切迫した感覚だったのではないか。
作品におけるリアリティとは、単なる写実性ではなく、読者に特定の行為を「ありうるもの」として受け入れさせる認識の枠組みである。それは作者が一方的に付与するのではなく、読者との共同作業の中で立ち上がる。主婦が殺人へと至るこの物語の説得力は、個人の逸脱としてだけではなく、90年代という時代状況に埋め込まれることで成立している。
1995年は多くの出来事が一挙に噴き出した年だった。連日テレビが別々の異常を報じる中、それらがどこかで一本の線につながっているように感じられた。個々の事象の分析はできたとしても、当時を生きた人々が共有していた“肌ざわり”までは掬いきれない。感覚は一様でなくとも、この作品を読むとき、同時代のリアリティをどこかで了解してしまう共通感覚はたしかにある。私自身、あの空気を吸い込んだ身体のどこかが、この物語の暗さと情動に反応する。
自分たちは今まさに何かの臨界点にいる。という張り詰めた空気が蔓延していた。それは単なる世紀末的気分ではない。限界に達し、沸点から溢れ出したもの、腐敗し、変質し、不可逆へと傾きつつある世界の不穏な静けさ、逃げ惑う人々の叫び、手軽な“新しい物語”を囁きかける怪しげな輩の跋扈。そうしたものに取り囲まれながら、人々が感じていたのは、この世界からOUTしなければ、生き延びることができないのではないか という切迫した感覚だったのではないか。
著者情報
文芸批評家
奥 憲介
おく けんすけ
1969年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。東日本大震災、福島第一原発事故をきっかけに本格的に文学評論に取り組み始める。会社員として勤務する傍ら執筆をつづける。「開高健論~非当事者性というフロンティアを生きる」で2018年すばるクリティーク賞佳作。戦後文学、現代社会をテーマに文芸誌等で活動をしている。著書に『「新しい時代」の文学論 夏目漱石、大江健三郎、そして3.11後へ』(NHKブックス)がある。