imidas - 情報・知識&オピニオン

特集

「1995」再考

1995年を知るための10冊

奥 憲介(文芸批評家)

2『こころの処方箋』 河合隼雄 

『こころの処方箋』 河合隼雄 新潮文庫 1998

【紹介】
 バブル崩壊後の先行きの見えない不安や世紀末的な気分を背景に、心理学や自己啓発、スピリチュアルが急速に大衆化していった。そうした「心ブーム」の象徴的な一冊となったのが本書である。心理学の専門家が、難解な理論ではなく、平易な言葉で「心の問題」との向き合い方を語るというスタイルは、当時としては新鮮だった。ミリオンセラーとなり、その後も本書を思わせる類似書が次々と生まれ、現在に至るまで書店に並び続けていることからも、その影響の大きさがわかる。
「私は人の心などわかるはずがないと思っている」という一文から始まるエッセーに記されているのは、専門的な知識ではない。急がなくていい、無理をしなくていい、疲れたら休みなさい、過剰な「正しさ」から距離を取りなさい――そうした穏やかで素朴なメッセージである。社会全体が次第に余裕を失い、人々のあいだに閉塞感が広がり、年間自殺者3万人時代へと向かっていく時代の空気のなかで、その言葉は張り詰めた心をふっと緩め、多くの読者に小さな救いを与えた。
【解題】
 日経連の『新時代の「日本的経営」』(1)が発表された1995年は、日本型雇用システムの転換点であった。年功序列に代わって非正規労働が拡大し、仕事が能力や成果で測られるようになった。国際競争力強化のためと説明されていたが、実際にはバブル崩壊後の賃金コストの固定化に悩む企業にとって、雇用と賃金を自在にコントロールできる念願の改革だった。
 私自身、長く会社員として働く中で後悔がある。以前勤めていた会社で、まさにその“改革”の尖兵となってしまったことだ。 外回りの営業をしていた20代の頃、仕事は厳しかったが成績はよく、自分の能力を過信していた。だが、どれだけ成果を上げても給料は増えない。ポストも埋まっている。一方、自分の何倍もの給料を得ている50代の上司は、何もしていないように見えた。この先どれだけ努力しても、あの給料には届かない。給料に値する仕事をすべきだ、成果を上げない者は退場すべきだ。それがフェアということだ。そう考え、人事部に異動してすぐ成果主義の制度改定に着手した。リストラの仕事もした。気がつけば、数字に追われ、数字ですぐに人を評価し、すべてに説明と効率化が求められ、やり直しがきかない世界にどっぷり浸かっていた。
 その後、電通社員過労自殺事件(2)などもあり、メンタルヘルスという言葉が認知されるとともにメンタル不調を抱える社員が増加した。私は人事としてその対応に追われ、臨床心理学やカウンセリングを学び始めた。私自身も数字で測られ、評価にさらされ、不信感の中で疲れ果てていた。体を壊した。「速断せずに期待しながら見ていることによって、今までわからなかった可能性が明らかになり、人間が変化してゆくことは素晴らしいことである」という河合隼雄の言葉は、私には癒しではなく、痛みとして響いた。

著者情報

文芸批評家

奥 憲介

おく けんすけ

1969年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。東日本大震災、福島第一原発事故をきっかけに本格的に文学評論に取り組み始める。会社員として勤務する傍ら執筆をつづける。「開高健論~非当事者性というフロンティアを生きる」で2018年すばるクリティーク賞佳作。戦後文学、現代社会をテーマに文芸誌等で活動をしている。著書に『「新しい時代」の文学論 夏目漱石、大江健三郎、そして3.11後へ』(NHKブックス)がある。

関連記事