1995年を知るための10冊
奥 憲介(文芸批評家)
7『水滴』 目取真俊

『水滴』 目取真俊 文春文庫 2000
【紹介】
主人公・徳正の右足がある日突然ふくらみ、足先から水が滴り落ち始める。原因は誰にもわからない。やがて夜ごと兵隊の亡霊たちがその水を飲みに来る。彼らは沖縄戦で壕に置き去りにされ死んでいった者たちだった。渇きを癒すと、彼らはまた闇に消える。徳正には、戦時中に親友を見捨てて生き延びた記憶がよみがえる。「赦してとらせよ」。彼は50年間封じ込めてきた悲しみと罪悪感に向き合うことになる。
沖縄出身の作家・目取真俊の『水滴』は1997年に芥川賞を受賞した。目取真は今も沖縄の記憶と風土に根ざした作品を書き続けている。奇病をめぐる民話的な構成と、どこかとぼけた語り口の裏で描かれるのは、沖縄に刻まれた暴力の残滓、生きている死者たち、語りえない記憶と現在進行形の怒りと悲しみである。その“アンバランス”こそ、沖縄の傷痕を語ることの難しさを示している。
戦後50年、語られないまま放置されてきたものとは何か。硬直化や形式化、政治化や消費化を避けつつ、いかに語り直すか。その主戦場が小説を書くということだ。その問いの中に、戦後日本を更新する手がかりがあり、現代文学の可能性がある。
主人公・徳正の右足がある日突然ふくらみ、足先から水が滴り落ち始める。原因は誰にもわからない。やがて夜ごと兵隊の亡霊たちがその水を飲みに来る。彼らは沖縄戦で壕に置き去りにされ死んでいった者たちだった。渇きを癒すと、彼らはまた闇に消える。徳正には、戦時中に親友を見捨てて生き延びた記憶がよみがえる。「赦してとらせよ」。彼は50年間封じ込めてきた悲しみと罪悪感に向き合うことになる。
沖縄出身の作家・目取真俊の『水滴』は1997年に芥川賞を受賞した。目取真は今も沖縄の記憶と風土に根ざした作品を書き続けている。奇病をめぐる民話的な構成と、どこかとぼけた語り口の裏で描かれるのは、沖縄に刻まれた暴力の残滓、生きている死者たち、語りえない記憶と現在進行形の怒りと悲しみである。その“アンバランス”こそ、沖縄の傷痕を語ることの難しさを示している。
戦後50年、語られないまま放置されてきたものとは何か。硬直化や形式化、政治化や消費化を避けつつ、いかに語り直すか。その主戦場が小説を書くということだ。その問いの中に、戦後日本を更新する手がかりがあり、現代文学の可能性がある。
【解題】
1995年9月4日、沖縄の少女が複数の米兵に拉致され暴行された。米兵の身柄引き渡しをアメリカ側は日米地位協定を盾に拒んだ。翌月の県民総決起大会には約8万5000人が集まり、激しい怒りの声を上げた。レイプされた少女は沖縄そのものであり、その痛みは沖縄に刻まれた痛みだった。
事件は引き金にすぎない。決起大会が求めたのは事件の糾弾、地位協定の見直し、基地の整理縮小であった。しかし人々を突き動かしたのは、50年間蓄積された傷と屈辱、怒りだった。怒りは米軍、日本政府、戦争を起こした者、沖縄を切り捨てた者へ向けられていた。また『水滴』が描いたように、無数の死者を忘れ、記憶に蓋をして繁栄にいそしんできた自分たちへの後ろめたさと苦しさも含まれていただろう。
幾重にも折り重なった記憶と声が湧き上がる。歴史は過去ではなく、現在の中に存在する。現在と過去、被害と加害、記憶と断絶。戦後日本の歩みとトラウマが混然と顕在化したのがこの年の沖縄であった。沖縄は“周縁”ではなく、戦後日本の矛盾と暴力が最も凝縮された“中心”であり続けてきた。
たとえば辺野古基地問題は、今日の安全保障の議論に還元できるものではない。沖縄が戦後一貫して背負わされてきた構造的な不平等と暴力、すなわち戦後日本の国家構造そのものを問う歴史的問題である。目取真俊が文筆に安住せず、辺野古反対運動を続けてきたのも、沈黙せずに語り続けるという沖縄=日本の文学者としての先鋭的な実践なのだ。
1995年9月4日、沖縄の少女が複数の米兵に拉致され暴行された。米兵の身柄引き渡しをアメリカ側は日米地位協定を盾に拒んだ。翌月の県民総決起大会には約8万5000人が集まり、激しい怒りの声を上げた。レイプされた少女は沖縄そのものであり、その痛みは沖縄に刻まれた痛みだった。
事件は引き金にすぎない。決起大会が求めたのは事件の糾弾、地位協定の見直し、基地の整理縮小であった。しかし人々を突き動かしたのは、50年間蓄積された傷と屈辱、怒りだった。怒りは米軍、日本政府、戦争を起こした者、沖縄を切り捨てた者へ向けられていた。また『水滴』が描いたように、無数の死者を忘れ、記憶に蓋をして繁栄にいそしんできた自分たちへの後ろめたさと苦しさも含まれていただろう。
幾重にも折り重なった記憶と声が湧き上がる。歴史は過去ではなく、現在の中に存在する。現在と過去、被害と加害、記憶と断絶。戦後日本の歩みとトラウマが混然と顕在化したのがこの年の沖縄であった。沖縄は“周縁”ではなく、戦後日本の矛盾と暴力が最も凝縮された“中心”であり続けてきた。
たとえば辺野古基地問題は、今日の安全保障の議論に還元できるものではない。沖縄が戦後一貫して背負わされてきた構造的な不平等と暴力、すなわち戦後日本の国家構造そのものを問う歴史的問題である。目取真俊が文筆に安住せず、辺野古反対運動を続けてきたのも、沈黙せずに語り続けるという沖縄=日本の文学者としての先鋭的な実践なのだ。
著者情報
文芸批評家
奥 憲介
おく けんすけ
1969年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。東日本大震災、福島第一原発事故をきっかけに本格的に文学評論に取り組み始める。会社員として勤務する傍ら執筆をつづける。「開高健論~非当事者性というフロンティアを生きる」で2018年すばるクリティーク賞佳作。戦後文学、現代社会をテーマに文芸誌等で活動をしている。著書に『「新しい時代」の文学論 夏目漱石、大江健三郎、そして3.11後へ』(NHKブックス)がある。