水道を民営化して大丈夫なのか?
橋本淳司(水ジャーナリスト、武蔵野大学客員教授)
(構成・文/樫田秀樹)
橋本 フランスのヴェオリア・エンバイロメント社(以下、ヴェオリア)とスエズ・エンバイロメント社(以下、スエズ)は水道事業の2大巨頭です。ヴェオリアは四つの事業会社(水、エネルギー、廃棄物処理、公共輸送)のコングロマリットで、グループの売り上げは年間3兆円を超えます。そのうち、水道事業は世界約100カ国で展開し、約1兆円を売り上げています。スエズは上下水道事業を130カ国で展開しています。
ヴェオリアの日本法人は運営を任されるのではなく、単なる事業委託という形で、2006年に埼玉県と広島市で下水道維持管理の包括委託を34億円で受注し、2007年には、千葉県での下水道施設や大牟田市(福岡県)と荒尾市(熊本県)での上水道の施設運転の契約を結ぶなど、既に日本で活動していますが、いよいよ、運営ということで日本を狙うグローバル企業が現れました。ヴェオリアだけでなく、スエズやアメリカン・ウォーター・ワークスも動いているとされています。
世界規模で水道民営化・コンセッションをリードしてきたのは、前述の2社の他、フランスのSAUR、ドイツのRWE、スペインのアクアリア、アメリカのユナイテッド・ウォーターなどがあります。
──グローバル企業が日本を狙うには何か理由があるのでしょうか?
橋本 2013年4月19日、麻生太郎財務大臣が、アメリカの保守系シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)での記者会見で、「日本の水道をすべて民営化する」と発言したことが大きい。自由民主党は以前から水道民営化を推進しようとしていましたが、この発言でグローバル企業がやる気になったと思います。
──日本でもコンセッション方式で民営化されるとのことですが、麻生大臣の言うようにすべての公営水道が民営化されてしまうのでしょうか?
橋本 いえ、そうはなりません。企業は利益を上げなくてはならない存在です。企業が利益を上げるには給水人口が多く、今後の人口減少が少なく、施設の老朽化も進んでいない自治体がターゲットになります。たとえば、最低でも30万人規模の給水人口のある自治体です。現在、その規模の水道事業を有する自治体は日本には66あり、外資はここに照準を合わせることになります。
──では逆に言えば、給水人口が30万人以下の水道事業に外資は乗ってこないのですか?
橋本 ペイしませんから対象外になります。
──しかし、たとえば、給水人口の少ない事業を合併し、広域化すれば乗ってくる可能性もありますか。
橋本 日本のPFI(private finance initiative;公共施設の建設、維持管理、運営などに、民間の資金やノウハウを活用する手法)事業は費用積算の面で海外と差があるので儲かりにくいのですが、広域化によって事業規模を大きくすることで「儲かるPFI」にすることができます。ですからこの手法の推進を狙う金融関係者もいます。
ただし、複数の自治体が協力して水道事業を広域化することと、コンセッション方式とを組み合わせるのは、手続きがとても複雑になるので、経営情報の開示はさらに難しくなるでしょう。
水道民営化はどこの自治体で始まるのか?
──もし水道法改正案が成立した場合、ヴェオリアなどはどうやって参入するのでしょうか? 既にコンセッションでやりたいとの意向を示している自治体はあるのですか?
橋本 現在、コンセッションに前向きなのは6の自治体です。「宮城県」「浜松市(静岡県)」「伊豆の国市(静岡県)」の3自治体は、コンセッション導入に向けての調査を2017年度に終了し、「村田町(宮城県)」は資産評価に着手し、「大阪市」と「奈良市」はコンセッション導入のための条例案を策定しました。大阪市では廃案、奈良市では議会が否決しましたが、導入を検討する意向は維持しています。
──もしコンセッションを導入した場合でも、企業にブラックボックスのような運営をさせないためには監視組織のような「第三者機関」も必要ではないでしょうか?
橋本 チェック機関である第三者機関を置くのがコンセッションの前提です。でも、今回の法案では、前述のとおり、この第三者機関は盛り込まれていません。また、ついでに言っておくと、一口に第三者機関と言っても、それは弁護士、会計士、水道の専門家などのプロの集まりになるので、その人たちへの支払いにもお金がかかる。このことからも、コンセッションをやるには、ある程度大きい水道事業でなければなりません。
──コンセッションではそういうプロへの支払い以外にもお金はかかるのでしょうか?
橋本 じつは、浜松市が2018年4月に、ヴェオリア・ジャパンを代表とする国内6社でつくる特別目的会社「浜松ウォーターシンフォニー」に、下水道の運営を委託しました。コンセッションです。運営期間は20年。その契約書を入手しましたが、浜松市のコンセッション契約案は、102条からなる43ページの文書と、別紙の37ページの文書、合計80ページもあるものです。これら詳細にわたる文書を作成したり、内容を逐一読み解いたりできるのは大手法律事務所だけです。ここにも多大な税金が使われます。
日本の水道「命の水」をどう守っていくのか?
──一般市民が望むのは、いつでも質のいい水を安価で使えることです。それを維持していくためには、私たちはこのコンセッションをどう考えたらいいのでしょうか?
橋本 まず国に言いたいことがあります。この法案が出てきたとき、加藤勝信厚労大臣は「コンセッションについては選択肢を増やしたに過ぎない」と表明しました。しかし、政府の方針は「コンセッションをやらないのなら、自治体で水道事業を継続せよ」といったもので、水道事業に必要な財源に苦しむ自治体にすれば、どうしても民営化に舵を切らざるを得ない環境に置かれています。選択肢というのであれば、どういう選択肢があるのか、それを明らかにすべきです。
──自治体にも一言ありますか?
橋本 自治体に言いたいのは、安易に「コンセッションに飛びつくな」ということです。水問題とは、水を預かる自治体の姿勢を問う問題でもあるんです。これは水道問題に限りませんが、地方自治体の問題は、国の言うことを疑問もなく鵜呑みにすることです。特に水道事業に関しては、その財政難からお荷物扱いにしたり、誇りを持てないままでいたりするのが現状です。このままでは、地方の市町村の水道は都道府県に握られ、都道府県の水道は国に握られ、最終的には外国資本に握られることになりかねません。
しかも重要なことはコンセッションでは、企業が運営に失敗しても、その最終責任は自治体が持つことになっています。また、コンセッションで運営されたのち、やはり再公営化しようと思っても、元に戻すにも経営権を買い戻したり、企業が受けるはずだった将来利益を補償したりで、滅茶苦茶お金がかかります。まず初めに、自分たちの目指す水道事業のビジョンを描くべきです。
コンセッションでは給水人口の少ない水道事業は対象外となります。だから、「よかった」ではなく、それら多くの地域では、施設老朽化がある以上、無策のままでは必要以上の値上げを強いられます。つまり、コンセッションの有無にかかわらず、自治体は「自分たちの水」を守るための何かをしなければならないはずです。
私たちが根本的に考えるべきは、給水人口が少ない自治体でも質のいい水道サービスをどう維持するかということです。じつは、人口が減少している地方の水道施設の稼働率は50%前後のところもあります。経済成長期にあちこちに水道施設を造ったため過剰な状態になり、一つ一つの施設の稼働能力が低いんです。つまり、余った施設の維持管理に漫然とお金をかけているのを見直す必要があります。
──見直した自治体はありますか?
橋本 岩手県の岩手中部水道企業団(2013年創立。紫波町、北上市、花巻市をカバー)が改革を実施しました。ここには34の水道施設があったのですが、稼働率が低い施設や、水質のよくない水源などをどんどん廃止し、21施設までに減らしました。今では稼働率が80%を記録しています。不必要な施設がなくなったことで、その維持管理費も削減できたわけです。つまり、水道事業の財源が厳しくとも、だからといってすぐにどこかの企業に頼るのではなく、まずは足元の水源をどう守るかの姿勢が大切だと思います。
──最後に言いたいことをどうぞ。
橋本 日本は今、人口減の時代に入りました。今後も不必要な施設が次々と出てくるわけですが、それを潰したり統合したりというダウンサイジング(規模縮小)を図っていくことが必要です。水道事業を広域化して水源の見直しを図ったり、水道施設の運営効率を上げていくことや、逆に、数軒しか家がないような集落では独立型の水道を考えるなど、様々な対策を講じていかなければ質のいい水は確保できません。
そのために必要なのは人材育成です。コンセッションで民間企業に任せきりにしていては人材は育ちません。どんなに財政難といっても、水道事業に携わる人材を育成するくらいの金はどこにもあります。そして、水は憲法25条の生存権に関わることですから、地域の水を地域に責任を持って届けるにはどうすればいいかのビジョンを持つ。私はここから考えるべきだと思います。
著者情報
水ジャーナリスト、武蔵野大学客員教授
橋本淳司
はしもと じゅんじ
1967年生まれ。学習院大学卒。出版社勤務を経て独立、現在に至る。「水と人間」をテーマに、国内外の取材を重ねる。雑誌への寄稿をはじめ、経済、ビジネス分野での執筆も。著書に『水がなくなる日』(産業編集センター、2018年)、『100年後の水を守る――水ジャーナリストの20年』(文研出版、2015年)、『67億人の水――「争奪」から「持続可能」へ』(日本経済新聞出版社、2010年)など。