熟議なき漁業法改定はなぜ必要だったのか
濱田武士(北海学園大学経済学部教授)
ならば、今回の法改定で実質的に大きく変わる点は何か。
これまでは、新しく参入してきた企業が地元漁船の航路を養殖施設で妨げたり、餌料の過剰供給で漁場を汚したりした場合、漁協や地元漁民は優先順位制度を盾に企業の問題点を正すことができた。場合によっては、地元漁民が会社を設立して免許申請をすれば、地元漁民の会社が優先されるため合法的に追い出すこともできた。しかし、今回の法改定でそのような漁民らの法的防衛手段が消滅することになった。参入企業は歓迎するだろうが、漁民にとっては不利益変更にあたる。
今後危惧されるのは、参入企業が、当初地元と友好的であっても、後に漁場を汚すなどのトラブルで関係が悪化した場合である。都道府県は、紛争回避の努力をするであろうが、法的問題を犯さない限り参入企業を追い出すことはできない。将来的に、周囲に配慮しない身勝手な養殖会社が増えるかもしれない。
漁民にとってもう一つの不安がある。担当行政官は、企業参入を促したい知事の意向が強く働いた場合に、知事意向を忖度し、 (1) (2)を拡大解釈する可能性がある。周囲の漁民が反対していても、行政が企業参入を強引に推し進めることも想定される。
実際に、2013年、優先順位を緩和する東日本大震災の復興特区法第14条(水産特区)に基づいて、企業と地元漁民が共同出資した新会社にカキ養殖のための漁業権を直接付与した宮城県の対応がそうであった。漁場を共有していた周辺の漁民が反対するも、その理由に合理性がないとして県は強引に漁場を分割し、新会社への免許に至った。震災復興という特殊な環境下ではあったが、知事主導以外の何ものでもなかったし、国も後押しした。すでに5年が過ぎているが、それが地域の発展に寄与しているかどうかの結論は先延ばしにされている。
杞憂で終われば良いが、漁業法改定からは、成長産業化した姿よりも、漁民にとって迷惑な企業が出現する、という可能性が見えてくる。あとは当該都道府県の振る舞い次第である。
今後は地方行政の影響力が強くなる
さらに今回の法改定では、都道府県の諮問機関である海区漁業調整委員会の委員の公選制が廃止され、官選に変わる。また、資源管理については、魚種ごとの漁獲量規制を強めて、欧米諸国のように、漁船ごとに割り当てる個別割当制度の導入を順次進めることになった。行政関係者が漁船ごとの漁獲量をチェックし、違反者には罰則を科するという厳しい公的管理体系が徐々に導入されることになる。沿岸漁業者が多く、財政難で行政職員が減らされている日本においては、この制度は現実的でない側面もある。
ノルウェーのように、漁船・漁業者を減らして集約し、漁船を大型化して、船ごとに漁獲量を管理していくという、将来像が描かれているのだろう。水産資源に対する監督行政原理と経済原理に従えば、そのような経路を辿ることが順当だと思うが、公権力支配が強くなっていくと同時に都道府県の采配が水産業に大きく影響するようになる。
では、水産業の成長産業化をどのように進めれば良いのか。低迷する魚食への刺激策も必要だが、一つの在り方としては、漁業外の技術やノウハウを浜に取り込み、新たな水産ビジネスを創出することである。産業の成長には新たな投資、新たな結合が不可欠だからである。
じつは、そのための支援策が、2014年から始められている「浜の活力再生プラン」も含めて、すでにある。しかし、新たなアイデア、技術・資本、人材を結ぶための「スタートアップ」体制が脆弱(ぜいじゃく)であり、それを推進しようとする気運がまだまだ漁民側には醸成されていない。水産庁は改革に併せてこれまでにない予算を準備できたというが、現場で体制づくり、気運づくりが進まなければイノベーションを生み出すことができない。
このように国は法改定と予算付けをしたが、実質的な改革については地方に丸投げした。同時に、地方分権化を推し進める機会にもなった。実のある改革のために、これから諸要素をどうつなぎ合わせるか、都道府県の手腕にかかり、そして、法改定により苦渋を味わった各地域の漁業界の奮起に期待される。
著者情報
北海学園大学経済学部教授
濱田武士
はまだ たけし
1969年生まれ。北海道大学大学院博士後期課程修了後、東京海洋大学海洋科学部准教授を経て、2016年より現職。博士(水産学)。専門は水産経済学。釜石市復興まちづくり委員会アドバイザー(釜石市)、水産政策審議会特別委員(水産庁)なども務める。著書に『伝統的和船の経済』(2010年、農林統計出版)、『漁業と震災』(2012年、みすず書房)、『日本漁業の真実』(2014年、ちくま新書)、『魚と日本人 食と職の経済学』(2016年、岩波新書)などがある。