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辺野古新基地建設阻止のために「県民投票」は有効か

翁長知事の「埋め立て承認撤回」。沖縄県民は何度民意を示さなければならないのか?

渡瀬夏彦(ノンフィクション・ライター)

なぜ「埋め立て承認撤回」が遅れたのか

 埋め立て承認の撤回表明がこんなに遅くなった理由については、県庁関係者あるいはその周辺から漏れ伝わってくる情報も様々だった。
それらの情報の中で、わたしが非常に気になったのは次のような情報だった。
 県民投票によって「辺野古反対」の民意を明確にすることこそが、知事が公益性を理由に「承認撤回」を行う際の最大の根拠となり得る、という考え方が、県庁内に広がっている……。
 実際、昨年暮れから今春にかけて、何度も開催された「辺野古県民投票を考える会」(のちに「『辺野古』県民投票の会」)の勉強会のうち、わたしの知るだけで3回も講師を務めた行政法学者の武田真一郎氏(成蹊大学法科大学院教授)が強調し続けたのは「撤回のためには県民投票こそが必要」という点だった。
 先に紹介した『沖縄発 新しい提案』という共著の論考でも、武田氏は「現時点で県民投票に基づく埋立承認の撤回以外に辺野古新基地建設を法的に白紙に返す明確な方法論は示されていない。県民投票はこの問題を解決するためのもっとも正当な方法であり、同時に唯一の方法なのである」という言葉で締めくくっている。これには、少しも説得力が感じられない。
 なぜ説得力がないかは、翁長知事が撤回表明の根拠として語った部分を見るだけで理解できるだろう。少し長くはなるが、知事が記者会見で読み上げたコメントを一部抜粋したい。

 沖縄防衛局は、全体の実施設計や環境保全対策を示すこともなく公有水面埋め立て工事に着工し、また、サンゴ類を事前に移植することなく工事に着工するなど、承認を得ないで環境保全図書の記載等と異なる方法で工事を実施しています。
留意事項で定められた事業者の義務に違反しているとともに、「環境保全および災害防止に付き十分配慮」という処分要件も充足されていないものと言わざるを得ません。
 また、沖縄防衛局が実施した土質調査により、C護岸設計箇所が軟弱地盤であり護岸の倒壊などの危険性があることが判明したことや活断層の存在が専門家から指摘されたこと、米国防総省は航空機の安全な航行のため飛行場周辺の高さ制限を設定しているところ国立沖縄工業高等専門学校の校舎などの既存の建物等が辺野古新基地が完成した場合には高さ制限に抵触していることが判明したこと、米国会計検査院の報告で辺野古新基地が固定翼機には滑走路が短すぎると指摘され、当時の稲田防衛大臣が、辺野古新基地が完成しても民間施設の使用改善等について米側との協議が整わなければ普天間飛行場は返還されないと答弁したことにより、普天間飛行場返還のための辺野古新基地建設という埋め立て理由が成り立っていないことが明らかにされるなど、承認時には明らかにされていなかった事実が判明しました。
(「翁長雄志沖縄県知事の承認撤回表明記者会見の全文」琉球新報、2018年7月27日)

 簡潔に述べるならば、県民投票以外にも「撤回」に値する根拠は山ほどあるわけである。
しかし武田氏は2017年暮れから18年3月にかけての勉強会の場で、自分は県職員と打ち合わせしてきているのだと明言しているし、前掲の単行本中の論考でさえ、先ほど引用した通り、撤回のためには県民投票以外に正当な方法はないと書いているのだ。
 わたしは武田氏のそのような考え方が県職員に悪影響を及ぼしていないか、知事公室の責任ある立場の人々に対して問いただしたほどである。県職員の返答としては「武田先生は沖縄県と国の裁判に関しての『訴訟支援研究会』の行政法学者グループのメンバーの一人であり、県として研究会から様々なアドバイスを受けたことはあっても、武田先生が法的な問題の県の意思決定に関与されているわけではない」という無難なものだった。
 武田氏のアドバイスが県職員に影響を与えていないことを祈るばかりである。

県民投票実現への署名数は10万筆突破

 なにはともあれ、県民投票よりも辺野古埋め立て承認の「撤回」が先んじる形になったことは幸いである。これで、「撤回後の裁判」で県と国が争うことになったとき、県民投票は沖縄県知事の決断の正当性を後押しする大きな要素にはなるのだから。
 県民投票をめぐっての「仲間うちでの対立」が、これ以上悪化することも避けられる。そんな安堵の思いに包まれたものである。
 知事が「撤回表明」会見で先のコメントを読み上げる前に、県民投票についても触れた部分があるのであわせて紹介しておこう。

 はいさいぐすーよー、ちゅうがなびら。
 発表事項に入ります前に辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票条例の署名活動が7月23日に終了し、主催者によると中間集計で必要署名数約2万3千筆を大きく上回る約7万7千筆もの署名が集まったとのことであります。
 署名活動に取り組まれた皆様のご努力に心から敬意を表するとともに、政府におきましてもこれほど多く県民が署名を行った重みについてしっかりと向き合ってもらいたいと思います。
 東アジアにおきましては南北首脳会談、あるいはまた米朝首脳会談のあとも、今月上旬には米国務長官が訪朝をし、24日にはトランプ大統領が北朝鮮のミサイル施設解体を歓迎するコメントを発するなど朝鮮半島の非核化と緊張緩和に向けた米朝の努力は続けられています。
 このような中、20年以上も前に決定された辺野古新基地建設を見直すこともなく強引に押し進めようとする政府の姿勢は、到底容認できるものではありません。私としては平和を求める大きな流れからも取り残されているのではないかと危惧していることを申し上げた上で発表事項に入らせていただきます。
(「翁長雄志沖縄県知事の承認撤回表明記者会見の全文」琉球新報、2018年7月27日)

 当初は、県民投票の意義を疑問視する声も多く聞かれ、その実現のために集めていた署名数自体も、直接請求に必要な数(有権者の50分の1)に達するのか不安視されるほど低迷していた。しかし、7月23日の署名締め切り日が近づくにつれて、その数はうなぎ上りに増えていった。
 知事会見の時点で7万7000筆を超えており、最終集計数は、7月30日の「県民投票の会」の記者会見において、10万979筆と発表された。
 この数字は確かにバカにできない。県民投票の会が目指した11万5000(有権者の10分の1)には及ばなかったが、そして県民投票が「撤回」のための唯一の根拠ではなくなったにしても、あらためて「民意」を示したい、という県民が少なからずいることは証明された形だ。

呉屋守将・金秀グループ会長の本音

 最後になったが、紹介しておきたい興味深く、かつ象徴的なインタビューがある。
 県民投票が議題にさえ上らないことに不満を表明して「オール沖縄会議」の共同代表を辞任した呉屋守将(ごや・もりまさ)・金秀グループ会長のそれである。
署名締め切りの翌日の7月24日に琉球新報に掲載された発言(一問一答)は、こんな具合だった。
(以下、「分断に終止符、沖縄の未来へ 逃げずに覚悟の選択を 推進派も議論深めて 『辺野古』県民投票の会 呉屋守将顧問に聞く」琉球新報、2018年7月24日)

 ―県民投票を巡る方針の不一致もあり、オール沖縄会議の共同代表を辞めて市民運動に合流した。
「特に1月の名護市長選の敗北が大きかった。翁長県政の4年間、首長選挙に負け続けてきた。選挙の争点にすることから逃げてきた陣営が、辺野古について暗黙の了解を得たといわんばかりのことを官邸を中心に喧伝(けんでん)する。本当にそうだと思うのであれば、そういう場を設けて県民の総意に耳を傾けるべきだろう」
「やはり県民の意思を直接問う機会をつくることが我々の最大の武器であり、埋め立て承認撤回の有効な手立てになるというのが私の提起だった。知事選や国政選挙を通じて全県民的な民意は表されており、あえてリスクを冒すことはないという声もあった。オール沖縄会議の共同代表を辞めたのは、自分自身があえて『壊死(えし)』した部分であると引き受け、体全体にまひが広がる前に切って捨てた。そうすることで組織に緊張感を持ってもらうこともあった」
 ―政治の素人が集まった運動をどう見てきたか。
「自分たちの将来のことは自らも関わって議論し考え、一定の結論も見たいという思いだと思う。マンパワーも金も圧倒的に足りない。でもその純粋さが伝わった。県民の中に凝縮された形で広がっている不満感、不安感が、署名が告知されるにつれて多くの賛同につながってきた。本当の意味でウイングの広いオール沖縄になってきた。そうした大きな分岐点に立つ市民運動だと思う」

県民投票キックオフ集会で挨拶する呉屋守將・金秀グループ会長(2018年5月23日)

 

 ここに見て取れるのは、ネット右翼諸君やそれに類する政治家・メディアが喧伝するような「オール沖縄の崩壊」とはまるで反対の、「オール沖縄勢力の再構築」を目指すとも言うべき、呉屋会長の頼もしい気概である。
 わたしたちはここにヒントを見出してよいはずだ。
 呉屋会長は、「オール沖縄会議」は離脱したが、「オール沖縄」そのもののウイングをもっと広げたいと言っている。
県民投票の会で署名活動に熱心に取り組んだ人々を中心に、若い世代の間にも「基地問題」そのものをタブー視せずに議論していきたい、議論の底辺を広げたい、という気運が高まった。
 この流れは、辺野古新基地をめぐる最大の山場と言われる県知事選挙(11月18日投開票の予定が、翁長知事の死去によって9月30日に早まった)に向けて、「民意再構築」のうねりを大きくしていく可能性を秘めている。

著者情報

ノンフィクション・ライター

渡瀬夏彦

わたせ なつひこ

1959年埼玉県生まれ。高校3年のときに「与那国島サトウキビ刈り援農隊」に参加して以来、約28年間沖縄通いを続け、2006年から沖縄県民となる。92年『銀の夢 オグリキャップに賭けた人々』で講談社ノンフィクション賞とJRA賞馬事文化賞を受賞。他の著書に『修羅の華 辰吉丈一郎がゆく』(講談社)、共著書に『誰が日本を支配するのか!? 沖縄と国家統合』(マガジンハウス)など。関心は、脱基地、脱原発から、沖縄文化、自然、芸術・芸能・音楽、スポーツまで多岐にわたる。新著『沖縄が日本を倒す日』(かもがわ出版)を2018年10月に緊急出版の予定。

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