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中国はなぜ政治改革に踏み出せないのか

大衆にうっ積する社会的不満とエリートとの断層

天児慧(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授/現代中国研究所長)

 2007年10月に第17回党大会を開き、向こう5年間の指導部を選出した中国共産党。だがそこで、政治改革への具体的なビジョンが語られることはなかった。エリートたちは、発展の影で膨らむ大衆の不満を前に、たじろいでいるのだろうか。

政治改革の影もなかった第17回党大会

 2007年の、中国の1人当たりGDP(国内総生産)は、2000ドルに達したと伝えられる。人民元の緩やかな切り上げの影響もあるが、急激な上昇である。沿海地域のみの平均でみれば、これよりかなり高くなるはずである。沿海地域を中心に急速に中産階級が形成され、彼らの権利意識も醸成されている。一党支配体制下で、ある種の疑似「市民社会」が生まれたとも言われる。
 他方で、中国知識人らからよく「社会不安は危機的な状況だ」という声が聞こえる。2005年の一年間だけで、全国で受理した陳情や直訴は1200万件。大衆的な抗議行動は8万7000件にも上った。土地など不動産をめぐる地方政府幹部とのトラブル、腐敗、環境汚染など、社会の不満はうっ積している。
 市民社会の成熟に向けて、また社会不満を吸収するメカニズム形成のためにも、政治改革の必要性は高まっている。筆者は、07年10月の第17回中国共産党大会で、政治改革の方向性がいくらかでも示されるのではないかと考えていた。政治改革として考えられるのは例えば、発展が進み、市民と呼べる人々が増大している沿海地域の都市などで、市長や県長らを一般市民が選ぶ直接選挙の試験的実施などである。
 もし非党員のリーダーが当選したとしても、あくまで個人を対象にした投票であって複数政党制ではないから、共産党体制そのものに直接は影響を与えない。しかも腐敗幹部、無能幹部を市民の側からチェックできるシステムとなる。今後はこうした改革が否応なく問われてくる。
 しかし、今回の党大会ではその片鱗さえも見えなかった。前回の第16回党大会と同様に、お題目のように「人民民主主義制度、政治協商制度の充実」、「党内民主の徹底」、「基層レベルでの自治の拡充」などが示されただけだった。政治改革の動きは驚くほど鈍いと言わざるを得ない。

大衆を恐れる政治・経済的エリートたち

 大衆を政治権力に近づけることに対して、中国共産党が依然として強く警戒していることがよく示された。私見では、中国社会はエリートと大衆との間に大きな断層がある、いわゆる「断層社会」と呼べる特徴をもっている。伝統的には、「士大夫」「読書人」といったエリートと、「老百姓」といわれる庶民との間に、極めて強い断層性が見られた。
 第二次世界大戦後、共産党体制になっても、基本的にこの構図は変わらなかった。それどころか、表向きは「人民の党」「人民に奉仕する党員」と言いながら、戸籍制度、重点教育制度、党幹部優待人事制度などの様々な制度によって、そうした断層性は一段と強くなっていた。改革開放路線の推進もこの構図を変えなかった。
 エリートとは、現在のシステムから直接大きな利益を享受している層である。党員らは典型的な政治エリートだが、私営企業家など、発展が生み出した経済エリートの存在感の増大もめざましい。大衆とは総じて「それ以外の層」と言える。
 なぜ大衆の政治参加を拒否するのか。既得権益層の反発がまず考えられるが、指導層には広く大衆に対する恐怖と不信感があるからだと思う。50歳代以上の層には、大衆が暴走して大きな混乱が生じた文化大革命のトラウマが深刻でもある。ましてや、資本主義化で欲望が解放され、一方で不満も途方もない量に膨れあがっている無数の大衆とどう向き合えばいいか、指導部には分からないのだろう。農民暴動など、怒れる大衆に権力が打ち倒されてきたのが中国史でもある。
 大衆の動きをメディアがどのように伝えるかも、今後注目すべき点である。胡錦濤政権になって、メディアやNGOへの圧力は強まっているといわれる。抑える一方では不満のガスを溜めるだけだが、収拾がつかなくなれば、今後も弾圧など力で封じ込める姿勢を露わにする可能性がある。統治者は、不満を爆発させる民衆に対して、依然として「アメとムチ」の政策で対症療法的にその場しのぎをしているにすぎない。
 最も注目せねばならないのは、環境、医療、住宅など、身の回りの不満に関する大衆の異議申し立ての動きである。たしかに中国の大衆には、「政治などお上に任せておけばいい」という伝統的な考え方も根強く、また共産党と異なった政治行動を起こせば弾圧される、という意識もある。1989年の天安門事件は、まだ記憶に新しい。だが生活に密着した利害の問題がこれほど広がり、深刻化している今日の状況は、これまでとはいささか違う。

まだ絞られていない次世代のリーダー

 ポスト胡錦濤の動きに目を転じれば、共青団共産主義青年団)人脈と、太子党人脈や江沢民系との権力闘争という図式がよく語られているが、そう簡単に言うことはできない。たとえば今回、太子党の習近平が中央政治局常務委員の一人に選ばれて話題となったが、その父、習仲勲と胡錦涛とは関係が近かった。やはり今回、第5世代から政治局入りした李源潮李延東などは、バリバリの共青団系列であると同時に太子党でもある。(
 また習近平がすでに胡錦濤の後継者に決定したとみる通説にも同意できない。彼と李克強を政治局常務委員に昇格させ互いに競わせるということも、「党内民主の徹底」の表れと考えた方がいい。将来のリーダーは、まだ最終的にこの二人に絞られたとみるべきではなく、2008年の北京オリンピックや、2010年の上海万国博覧会がひと段落したところで、本当の後継者レースが見えてくるのではないだろうか。しかし、「党内民主」の徹底だけで政治体制の改革がうまく進むはずがない。
 ただ、筆者が第17回党大会で注目していることの一つは、党中央政策研究室主任の王滬寧(おう・こねい)が中央書記局書記に選ばれたことである。彼は復旦大学で教鞭をとっていた著名な政治学者であり、西側の政治理論や社会科学理論にも精通している。今回の人事は、彼を中心に中国式の民主化の道を探っているようにも見える。
 党員だけで7336万人もいる。当面、党内で民主を進める実験を行い、さらに次の政治改革につなげる。そこから将来の「中国式民主」実現を志向しようとしているのかもしれない。

著者情報

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授/現代中国研究所長

天児慧

あまこ さとし

1947年生まれ。早稲田大学卒。一橋大学大学院修了。社会学博士。琉球大学助教授、青山学院大学教授などを経て現職。著書に『日中対立』(2013年、ちくま新書)、『中華人民共和国史 新版』(2013年、岩波新書)、『中国共産党論』(2015年、NHK新書)など多数。

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