60年前の「キューバ危機」から学ぶ 中距離ミサイル配備がもたらす核戦争のリスク
布施祐仁(ジャーナリスト)
緊張が最高潮に達したのは、封鎖開始から4日目の10月27日であった。
国連事務総長の調停により、ソ連側がキューバへ向かう船を封鎖ラインの手前で一時停止させる措置をとったため、武力衝突の発生は抑えられていた。しかし、キューバでのミサイル基地建設は止まる気配がなかった。海上封鎖で中距離ミサイルの配備を止められなかったら、最後は武力行使をするほかない。米軍部は相変わらず、キューバへの空爆と侵攻を強く主張していた。
そんな時、緊張をいっきに高める事案が発生する。この日の午前9時過ぎ、キューバ上空を偵察飛行していた米軍U-2がソ連軍の地対空ミサイル(SAM)に撃墜され、乗っていたルドルフ・アンダーソン空軍少佐が死亡したのである。いきり立った米軍部は、翌日にもキューバへの空爆に踏み切るよう大統領に強く迫った。マクナマラ国防長官は、「この日が生涯最後の日になると覚悟した」と後に振り返った。
しかし、ギリギリのところで戦争は回避される。米国がキューバへの不可侵を保証し、海上封鎖を解除するのと引き換えに、ソ連がキューバから核ミサイルを撤去するという合意が成立したのである。
これに加えてソ連側は、米国がトルコに配備している中距離核ミサイル「ジュピター」を撤去することも要求していた。互いの喉元に突き付けた核ミサイルを同時に撤去しようという提案であった。
ケネディ大統領は表向き、この提案は受け入れなかった。しかし、弟のロバート・ケネディ司法長官がソ連のドブルイニン駐米大使と密かに会い、トルコからジュピターを撤去する意向であることを伝えた。事実上の「密約」にしたのは、ソ連の脅しに屈してトルコから中距離ミサイルを撤去すると見られたくなかったからであった。
翌28日、フルシチョフ首相は、米国がキューバへの不可侵を約束したことで「キューバの防衛」というミサイル配備の目的が消失したとして、ミサイル基地建設を中止して施設を解体し、ミサイルをキューバから撤去するよう軍に命令したと発表した。
こうして、約2週間にわたり世界を核戦争による人類滅亡の瀬戸際に追い込んだ危機が去った。
実は核戦争が起きる寸前だった
キューバ危機から40年後、元ソ連軍潜水艦乗組員の証言などで新たな事実が明らかになる。
米ソの緊張が最高潮に達した10月27日の午後5時頃、潜航中のソ連軍潜水艦B-59を発見した米軍駆逐艦が5発の訓練用爆雷を投下していたのである。
海上封鎖を行う米軍にとって最大の脅威は、ソ連軍潜水艦の魚雷であった。米海軍は、ソ連軍潜水艦を見つけたら、まずソナーで「浮上せよ」を意味する水中信号を送り、それでも浮上してこなかった場合は、爆発力の小さな訓練用爆雷を投下して警告することを決めていた。
米軍の封鎖海域近くを数日間にわたって潜航していたB-59は、ソ連本国と通信することができず情報が遮断されていた。その上、空調設備が故障し、高温と低酸素で倒れる者が続出していた。そんな厳しい状況の中、突然爆雷の爆発音が鳴り響いたので、艦内はパニックになった。
B-59のバレンティン・サビツスキー艦長は、ついに戦争が始まってしまったのだと判断し、魚雷の発射準備を命令した。魚雷発射管の一つには、前方部分に特別に紫の塗装が施された核魚雷が装填されていた。当時、通信情報将校としてこの潜水艦に乗っていたヴァディム・オルロフ氏は、サビツスキー艦長が「今から爆破するぞ! 我々も死ぬだろうが、敵艦隊もすべてを沈めるぞ!」と叫んだと証言した(*3)。
しかし、核魚雷は発射されなかった。副艦長のヴァシーリイ・アルヒーポフが発射に反対し、艦長を説得したのだった。もしアルヒーポフが制止していなかったら、艦長の命令通りに核魚雷が発射されていただろう。そうなっていたら、米ソの核戦争が始まっていた可能性が高い。
核兵器が使用される寸前だったのは、これだけではなかった。当時、米国の施政下にあり、米軍の中距離核巡航ミサイル「メースB」が配備されていた沖縄でも、10月28日未明(米国東部時間27日)に4発の核ミサイルの発射命令が誤って出されていたことが、2015年に米軍関係者の証言で明らかになった(*4)。
4つの標的情報のうち、1つはソ連であったが、他の3つは他の国であった。ミサイル基地の指揮官はこのことに疑問を持ち、「命令の真偽を見極めよう」と言い出したという。上級部隊に確認したところ、命令は誤りであったことが判明した。ここでも、現場の将校の冷静な判断が、核戦争の勃発を寸前のところで防いでいたのである。

1962年10月25日、封鎖ライン近くで最初に浮上したソ連軍潜水艦と監視する米軍駆逐艦(国家安全保障文書館ウェブサイトより)
キューバ危機の教訓に学ぶ
筆者は冒頭で、キューバ危機を単なる「昔話」とは思えなくなっていると書いた。その理由は、ロシアの「核恫喝」だけではない。米国が来年にも、中国に照準を合わせた地上発射型中距離ミサイルをアジアに配備しようとしているからだ。
配備先はまだ決定されていないが、射程距離を考えると日本が最有力だ。米本土の喉元に位置するキューバへの中距離ミサイル配備が米国にとって看過できない脅威になったように、日本に米国の中距離ミサイルが配備されれば中国にとっては看過できない脅威となる。中国は「対抗措置」をとると明言しており、米中の緊張が高まるのは必至だ。万が一、キューバ危機のような事態になれば、今度は日本がその舞台になる。
キューバ危機の時の米ソと同じように、現在の米中も戦争、まして核戦争は望んでいないだろう。しかし、互いに角を突き合わせて一歩も引かぬチキンレースを繰り広げていると、望まぬ戦争が始まってしまう危険性が存在するのである。
ケネディ大統領も海上封鎖を開始する前日、「なによりも大きな危険は誤算――判断を誤ることだ」と口にしていたという(ロバート・ケネディ著『13日間 キューバ危機回顧録』中公文庫)。米国もソ連も核戦争は望んでいなかった。しかし、誤算や誤認によって双方とも望まぬ戦争のトリガーが引かれ、それが核戦争にまでエスカレートすることをケネディ大統領は最も恐れていた。そして、前述の通り、実際に誤算や誤認によって核戦争が起きていてもおかしくなかったのである。
米国は、アジアに配備する中距離ミサイルは通常弾頭用で核弾頭の搭載は想定していないと強調しているが、1987年にソ連と中距離核戦力(INF)全廃条約を締結するまで核弾頭用の中距離ミサイルを実戦配備していたことからも、技術的にはいつでも核弾頭を搭載することは可能だ。
また、中国が2000発以上保有しているとみられる中距離ミサイルは核・非核両用である。
実際に中距離ミサイルが発射された場合、それが通常弾頭か核弾頭かを識別することは困難である。だからこそ、中距離核戦力(INF)全廃条約では、核弾頭ではなく、その運搬手段であるミサイルの保有を禁止した。しかも、現在米中ともに開発を進める「極超音速(音速の5倍以上)ミサイル」は発射から着弾までの時間が10分程度と極めて短いので、誤算や誤認による核戦争勃発のリスクが高い。
こうしたリスクを直視するならば、中国との「ミサイル・ギャップ」を埋めるために米国が日本に中距離ミサイルを配備するというのは、「抑止力向上」というメリットだけでは片付けられない。
地上発射型中距離ミサイルに限って言えば中国が優位に立っているのは事実だが、米国は最大154発のトマホーク巡航ミサイルを搭載できる原子力潜水艦をはじめ、海洋発射型のミサイルでは逆に優位に立っている。
60年前のキューバ危機の教訓に学ぶのであれば、核戦争のリスクを高めるミサイル軍拡競争へと突入するのではなく、互いに相手にとっての脅威を取り除く軍縮協議こそが緊急に求められているのではないだろうか。
著者情報
ジャーナリスト
布施祐仁
ふせ ゆうじん
1976年、東京都生まれ。『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』で平和・協同ジャーナリスト基金賞、JCJ賞を受賞。三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』『経済的徴兵制』、共著に『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』などがある。
イミダスの連載「伊勢崎賢治・布施祐仁に聞く『日米地位協定と主権なき日本』」はこちら!