なぜ「南北分断」を知らなければ、韓国を理解することはできないのか
徐台教(ジャーナリスト)
(構成・文/加藤直樹)
私は不安を感じています。このままでは、本当に戦争になるんじゃないか。トランプの登場で一気に世界が流動化するなかで、韓国も一つ選択を間違ったら危機的な事態を迎えるんじゃないか。何よりも大事な「平和」が、脅かされつつあるんじゃないか。
行き詰まった分断体制を克服しないままでは、韓国の民主主義の発展も、社会問題の改善も、これ以上は望めない。そう痛感します。もう「限界」に来ているんです。
そして、私が感じているような問題意識から、最近、韓国で議論の俎上に載せられるようになってきたのが、本書で紹介した「二国家論」です。分断体制の解体を目指す、全く新たなアプローチです。
「二国家」で分断体制を解体するという逆説
二国家論とは何かというと、南北が互いに別々の主権国家として認め合おうじゃないかというものです。
現在の南北関係の枠組みは、1991年に結ばれた南北基本合意書に基づいています。これは南北の関係を、国と国の関係ではなく、「統一を志向する過程で暫定的に形成された特殊な関係」としています。つまり、お互いを国として認めていないのです。これに対して二国家論は、南北が互いに自立した主権国家として認め合おう、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国として認め合い、国交を結ぶなどまずはしっかりした共存を目指そうという主張です。
二国家論が注目を浴びた直接のきっかけは、2023年12月、金正恩が「北南関係は、これ以上は同族関係・同質関係ではない。敵対的な二つの国家関係である」と宣言したことです。これは先に述べたようなこの30年の南北関係を規定したもの、すなわち経済的優位とアメリカの一極覇権を背景に韓国が北朝鮮に改革開放を迫るという関係を、北朝鮮が最終的に拒絶したということでしょう。核武装をして、韓国にも誰にも侵犯されない国をつくって、北は北で単体の国家だと位置付けたわけです。
しかし、韓国側でも、あまり耳目を集めなかっただけで、もっと前から「二国家論」は議論に上っていました。それが、金正恩の宣言を経て、2024年9月に、任鍾晳(イム・ジョンソク)が「統一はもうやめよう」というスピーチを行ったことで大きな話題になったのです。任はもともと学生運動の指導者として統一運動に関わり、文在寅政権では大統領秘書室長を務めた「86世代」のスターです。そんな彼の発言であるため、大きな反響を呼びました。その後、今では李在明政権の鄭東泳(チョン・ドンヨン)統一部長官も、「南北は事実上の二国家」と言うようになりました。
金正恩が言っているのは「敵対的二国家論」ですが、韓国側で議論されているのは、「平和的二国家論」です。ソウルと平壌に互いの大使館を置いて、平和的な関係をつくっていく。新しいパラダイムでの平和共存です。
逆説的なようですが、南北が二つの自立した国になってしまえば、両者が平和的な関係をつくることを、どこの大国も邪魔できません。

二国家になれば、国家保安法もいらない。分断体制のもとでつくられてきた韓国社会に巣食う「自己検閲」は薄れていく。政党政治は北朝鮮への態度をめぐって対立するのではなく、深刻な社会問題への姿勢で再編されていく。平等や再分配、過度な競争の是正といった課題に政治が取り組むようになる。韓国の社会と民主主義は、もっと発展していくことでしょう。何よりも、戦争の不安から解放される。統一については、南北がそれぞれ落ち着きを得てから時間をかけて話し合っていけばいい。
もちろん、二国家を認めた瞬間にすべてが変わるわけではないでしょう。でも分断体制下でずっと抱いてきた、常に敵におびえたり、「アカ」と呼ばれないように自分で自分を検閲したり、「社会が行き詰まっている」という感覚が、徐々になくなっていくんじゃないかと思うんです。苛烈な分断の時代に、朝鮮半島の人びとは深い傷を負ってきました。今も苦しむ人が大勢いる。それを癒やす時間も必要です。
ただ、これまでずっと追求してきた統一を、いったんはやめようというわけですから、進歩派からも保守派からも反発の声が上がるのは当然です。進歩派は南北の平和統一という理想を手放して永久分断を受け入れるのかと怒るだろうし、保守派は不倶戴天の独裁者を対等な相手として認めるのかと怒るでしょう。自由を極端に制限する金正恩政権下であえぐ北朝鮮住民を見捨てるのか、という議論も避けては通れません。
だから、二国家の方向に進むのかどうかという議論は、専門家や市民団体なんかも入った大きな枠組みをつくって、何十回という対話を重ねていくことで合意をつくっていくしかないんだと思います。二国家に進むためには、憲法を改正する必要がありますし。
そこで大事なのは、保守派と進歩派が話し合うことです。韓国は1998年に金大中政権が誕生するまで、半世紀の間、保守の国だったんです。いくら一部の保守派が極右化していると言っても、保守派を無視して進めるというのは、絶対にしてはいけない。それこそ、下手したら内戦になりかねない。
進歩派の人たちは、保守派を敵視して毛嫌いしますけど、私は両方と付き合ってきましたから、合理的な保守と進歩両派は対話ができると確信しています。十分に対話できるんですよ。実際、フェイスブックなんかでは普通に対話していたりしますし。陣営を超えた「公論の場」をつくることが必要だと思います。
日本は朝鮮半島の人びとの味方であってほしい
これからの南北関係をどうしていくのかという「公論の場」を先頭を切ってつくれるのは、実は在日コリアンではないかと、私は思っているんです。日本であれば国家保安法を気にせずに議論できるし、朝鮮総連の人たちがいます。彼らは世界にちらばる700万人のコリアンの中で唯一、自分たちは朝鮮民主主義人民共和国の海外公民だというアイデンティティを持っている。そういう人たちを含め、在日コリアンの知識人たちが議論する。そこに韓国から来た人や中国やアメリカ、欧州に住むコリアンの知識人も参加する。韓国より一歩先を進む議論を、日本で始めることができるんじゃないか。
日本人にも関心を持ってほしい。当たり前ですが、この本は第一に日本の読者に届けたいと思って書いたものです。日本生まれの在日コリアンとして、私の中には、日本は苦悩する朝鮮半島の人びとの味方であってほしいという思いがあります。でも、現実には必ずしもそうではない。2018年の南北首脳会談の際にも、当時の安倍政権は徹底的に反対した。平和の実現に向けた努力を後押しする動きはありませんでした。
韓国では、「本来であれば、戦争に負けたときに日本が分断されるべきだったのではないか」という呟きを聞くことがあります。「なぜ日本の代わりに朝鮮半島が罰を受けたのか」と。日本の植民地支配と戦争の帰結として、朝鮮は分断されました。分断の責任の一部を、日本も負っているはずなんです。そうした歴史に対して、日本の人びとには、もっと責任を持ってほしい。無感覚でいてほしくない。
だからこそ、日本の読者に、韓国の底にあるものを理解するためのテキストを提供しようと考えました。今は映画からドラマ、文学まで、さまざまな「韓流」ファンがいます。この本が、そういう人たちに届けばいいなと思っています。
分断が繰り返し戒厳につながり、戒厳が虐殺につながった韓国現代史を丁寧に紹介したのも、私の義父のように、今なお苦しんでいる人たちがいることを日本の読者に知ってほしかったからです。そういう歴史を共有し、人間としての共感を持ってほしいと思います。

著者情報
ジャーナリスト
徐台教
ソ・テギョ
1978年、群馬県生まれの在日コリアン三世。小学校は朝鮮学校、中学校・高校は公立学校で学び、1999年からソウル在住。韓国の高麗大学東洋史学科を卒業後、人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年、韓国に「永住帰国」すると同時に独立。現在「コリア・フォーカス」編集長。主な取材テーマは、朝鮮半島の分断、南北関係、韓国政治など。Yahoo!ニュースや日本メディアへの寄稿・出演多数。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。2022年、「第七回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。著書に『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社クリエイティブ)がある。