imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

国際

【非常戒厳1年から考える】朝鮮半島の分断と日米安保体制との深いかかわり

徐台教(ジャーナリスト)

布施祐仁(ジャーナリスト)

布施 リビアのカダフィ政権は、2003年にアメリカとのディールで制裁解除と引き換えに核兵器の開発計画を放棄しましたが、その後、米軍などの空爆支援を受けた反体制派の蜂起で倒されました。こういう前例があるので、私も北朝鮮はそう簡単に核兵器を手放さないと思います。
 そうであるならば、何よりも北朝鮮の核兵器が使われないようにすることが重要です。北朝鮮が非核化しなければ制裁解除にも一切応じないという姿勢では事態は一歩も前に進まないので、李在明大統領が目指しているように、一つずつできるところから取り組んで緊張緩和と信頼醸成を図り、核兵器が使用されるリスクを下げていくのが現実的だと思います。

 

ASEAN諸国の「大国」との付き合い方

布施 私が注目したいのは、ASEAN諸国の自立性です。インドネシアは、アメリカと共同軍事訓練をしながら、中国から武器を買っています。米中対立の最前線となっている東アジアですが、インドネシアはどちらの陣営にも入らず、両方とうまく付き合っていくことで自国の安全と利益を確保しようとしています。

 例えばベトナム共産党のトー・ラム書記長は、2025年8月に韓国を国賓訪問し、10月には北朝鮮の平壌で行われた朝鮮労働党創建80周年の式典にも参加しています。ASEAN諸国には、そうした自由さがありますね。

布施 ASEAN諸国がこのような立場をとるようになったのは、ベトナム戦争の教訓からです。ASEANの原加盟国はいずれも資本主義体制だったので、共産主義の拡大を恐れていました。共産主義の拡大を抑止するために、アメリカの力に頼ろうとしていました。
 ところが、ベトナム戦争を経験して、大国の軍事力に頼っていると大国間の代理戦争に利用されて酷い目にあうことを身をもって知ったわけです。だから、勇気を持って大国から自立する道を歩みだしたんですね。ベトナム戦争の結果、社会主義体制で統一されたベトナムに対しても、敵視して排除するのではなく「平和共存」を目指す姿勢に転換します。
 もちろん、こうした選択をしたベースには、植民地支配を経験した国々だからこその自立への強い思い、大国の安全保障の道具として利用されたくないという思いがあったのだと思います。

朝鮮労働党創建80周年の式典に参加するベトナムのトー・ラム書記長(中央)。左は金正恩総書記(左)、右はロシアのドミトリー・メドベージェフ前大統領

 

韓国の自主国防と自立への思い

 韓国には、「自主国防」という悲願があります。自主国防というのは、古くは朴正熙(パク・チョンヒ)政権の1960年末から掲げられ、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の時(2003年2月〜08年2月)に具体化されました。盧大統領は軍の高官に「北に勝てるのかどうか」も聞いています。アメリカの力を借りなくても北朝鮮を撃退することができるということと、自らの力で国を守る主導的な姿勢をも意味している言葉なんです。
 韓国が原子力潜水艦を造るという話も、韓国にとっては自主国防の完成だと考えられています。また李在明政権は、朝鮮戦争以来アメリカに委ねてきた軍の戦時作戦統制権を韓国に戻すことを公約にしています。その実現のためには、米韓訓練をたくさんこなして、韓国軍の能力を高めなければなりません。北朝鮮はもちろん反発するでしょう。李在明政権は、南北関係を犠牲にしてでも、戦時作戦統制権や原潜を手に入れて自主国防を完成させるのかという、難しい選択に直面するでしょう。

布施 韓国が戦時作戦統制権を取り戻すというのは、確かに韓国の防衛は韓国が主導するという自主自立の象徴的なものです。ただ、それによってアメリカとしては在韓米軍の役割を対北朝鮮から、対中国に変えようとしているのではないかと私は懸念しています。
 トランプ大統領は、日本に対しては「中国は脅威だから防衛費を増やすべきだ」などと言いながら、米メディアCBSのインタビューでは「中国をたたきのめすよりも協力したほうが、アメリカはもっと偉大になるし、良くなるし、強くなる(bigger, better, stronger)」とも言っています。アメリカとしては、軍需産業の利益のために中国に対する脅威を日本などに喧伝しつつ、自国の経済的利益を考えて中国とは戦争にならないようにうまくコントロールをしているように思います。その辺りは、どう見ていらっしゃいますか?

 確かに李在明政権は、在韓米軍の柔軟運用という米国の言葉をうまく受け流しその影響を最小限に抑えながら、その代わりに韓国に戦時作戦統制権を返してもらおうとしています。アメリカの言うことを全部聞いていたらまずいことになる、ということを李在明はわかっていると思うんです。というのも、盧武鉉政権は発足直後にイラク派兵問題で大きくつまずきました。盧武鉉大統領は派兵の対価として、アメリカに戦時作戦統制権の変換を要求し、さらに南北関係の改善を進めようとしていたのですが、支持者の大量離脱を招き支持率の落ち込みを招きました。李在明は、その失敗をわかっているはずで、アメリカの口車には乗らずに、お互い騙し合いをしているような印象です。

布施 確かに、トランプ大統領に原潜の話をした時、李在明は、「韓国が原潜を持てば、あそこの東シナ海にある、北朝鮮だけじゃなくて、中国の戦艦も追いかけられるでしょう」とニヤリとしながら言ったんですよね。あの辺は、よく言えば「外交上手」、悪く言えば「タヌキ」だなと思いました(笑)

 そうですね。韓国には対中関係を悪化させるつもりはありません。台湾有事についての認識も日本とは違います。韓国では、台湾有事の時に中国に対するためではなく、北朝鮮が韓国へ攻めてくるからそれを防ぐために軍備を整えるというロジックになっているわけです。近年増えている韓国内の嫌中デモに対しても、李在明は国益を損ねるからやめるべきだと言っています。韓国内でのナショナリズムの高まりが、対中関係の悪化につながることを警戒しているのでしょう。

 

アジアの中で新しい関係をいかにつくるか

布施 平和を実現するためには、ナショナリズムをコントロールすることは重要ですね。排外主義や外国を敵視するようなほうに向かっている日本の現状は非常に危うい。本当に東アジアの平和をつくっていくためには、日本が明治以降の「脱亜入欧」という発想を払拭し、アジアの国々を対等に見るようにならなければいけないと思っています。明治以来、日本という国はアジアの中で特別な国だという考えを引きずってきました。そうした中で、アジアのほかの国に経済力など実力で抜かれるようになってくると、自分たちのアイデンティティが崩れ、ゆがんだかたちで攻撃するようになってしまう。福澤諭吉は「脱亜入欧」だけでなく「独立自尊」も唱えた。「脱亜入欧」も日本の独立のためだった。今は、肝心の「独立自尊」の精神を失って、「脱亜入欧」という時代遅れの精神だけが残ってしまっています。

 日本の自立というのは、明治に戻るということではなく、やっぱり今の時代にふさわしい何かをつくっていくと捉えたほうがいいということですよね。

布施 そうですね。明治の時点では、欧米による植民地支配から日本の独立を守るために、欧米の近代化を学んで、資本主義も取り入れて発展するという戦略でした。今はむしろ、アジア自身が発展している。だから、脱亜入欧ではなくて、まさにアジアに目を向けて、アジアの中で発展する。そして、発展のためには平和でなければいけない。そこにこそ、日本の自立の答えがあると思います。

 日本と韓国には、東アジアにおける安全保障だけでなく、少子化や排外主義の台頭など社会が抱える共通の課題がたくさんあります。そうした問題を解決するために、日韓で協力することができるはずですが、今までの秩序を踏襲するかぎり、ともに解決していくのは難しい。東アジアで平和な社会を実現するためには、まったく新しい日韓の関係について議論が始まるべきだと思います。

著者情報

ジャーナリスト

徐台教

ソ・テギョ

1978年、群馬県生まれの在日コリアン三世。小学校は朝鮮学校、中学校・高校は公立学校で学び、1999年からソウル在住。韓国の高麗大学東洋史学科を卒業後、人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年、韓国に「永住帰国」すると同時に独立。現在「コリア・フォーカス」編集長。主な取材テーマは、朝鮮半島の分断、南北関係、韓国政治など。Yahoo!ニュースや日本メディアへの寄稿・出演多数。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。2022年、「第七回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。著書に『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社クリエイティブ)がある。

ジャーナリスト

布施祐仁

ふせ ゆうじん

1976年、東京都生まれ。『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』で平和・協同ジャーナリスト基金賞、JCJ賞を受賞。三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』『経済的徴兵制』、共著に『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』などがある。
イミダスの連載「伊勢崎賢治・布施祐仁に聞く『日米地位協定と主権なき日本』」はこちら!

関連記事