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社会問題

日本男性の幸福度はなぜ低いのか

男性を「生きづらく」させているものの正体とは!?

田中俊之(大正大学心理社会学部准教授)

イクメン」という言葉が広く浸透し、家事や子育てに協力的な男性は増えています。しかしその一方で、長時間労働が見直されないままにイクメンであることを求められ、息切れしている男性も少なくありません。日本の男性の幸福度は女性に比べて低く、先進国の中でも低いレベルにあると言われています。男性が感じている「生きづらさ」の原因はどこにあるのでしょうか? 「男性が男性だから抱えてしまう問題」を研究する学問「男性学」を専門とする気鋭の社会学者、田中俊之氏に解説していただきました。

「仕事」と「幸福度」の密接な関係

 2014年の夏、にわかに男性の「生きづらさ」が世間の注目を集めました。きっかけは、NHKの『クローズアップ現代』で放送された「男はつらいよ2014 ―1000人“心の声”」です。番組は「いま幸せだと感じている男性が3割に満たない」というデータの紹介からはじまります。さらに、男性の幸福度は女性と比較して低く、そうした傾向が続いていることが指摘されました。「生きづらさ」を実感している男性たちにとっては、まさに「我が意を得たり」と言いたくなるような内容ではないでしょうか。しかし、問題はそれほど単純ではありません。こうした分かりやすいデータのみで男女をめぐる議論を進めると、男性と女性の対立をあおるだけの水掛け論に陥りがちです。遠回りのように思われるかもしれませんが、調査の詳細を把握していきましょう。
 幸福度に関するデータは、内閣府男女共同参画局の『平成26年度版 男女共同参画白書』に掲載された特集「変わりゆく男性の仕事と暮らし」からの引用です。白書には就業状態別・男女別の幸福度が掲載されています。
 一見して明らかなように、最も幸福度が低いのは失業者です。失業者については、男女でそれほど差がありません。そして、最も幸福度が高いのは学生です。しっかりとした所属がありながら、仕事をしていない学生が一番幸せというわけです。とりわけ女子学生の62.5%は、突出した数字となっています。唯一、男性よりも女性の幸福度が低いのは正規雇用者です。このデータからまず理解するべきなのは、仕事が私たちの幸福度に与えている影響の大きさです。
 仕事と幸福度の密接な関係が明らかな以上、白書で注目するべきなのは次の一文です。「男性は、建設業や製造業等の従来の主力産業を中心に就業者が減少し、平均所定内給与額も減少しているが、労働力率では世界最高水準となっている」。平たく言えば、これまで多くの男性が雇用されてきた職場は失われつつあり、給与も減る一方であるが、それでもほとんどすべての男性は働き続けているということになります。

男の生き方、イメージと現実の大きなギャップ

 高度成長期以降の日本社会では、多くの男性が会社に雇われて働くようになっていきました。学校を卒業後は正社員として就職し、結婚して妻子を養うのが「普通の男性」の生き方というイメージが定着していきます。実際に、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業が一般化したのがこの時期でした。しかし、オイルショック以降の低成長の時代を迎えると、はやくも男女の役割分業はほころびはじめます。男性の稼ぎだけを頼りに家計を維持するのが難しくなるからです。専業主婦はその数を減らし続け、1990年代には共働き世帯が専業主婦世帯の数を上回っていきます。20年近く前から数の上では共働き世帯の方が主流なのです。
 決定的な転機はバブル崩壊後の1990年代に訪れました。新規の採用が抑制されたことで、若年層の男性が就職難や非正規化といった問題に直面します。また、中高年層においても、リストラが「社会問題」となり、「サラリーマン的な生き方」の危うさが露呈しました。もはや正社員として学卒後から定年退職まで、男性が安定して仕事を継続できる保障はないのです。 
 雇用環境が大きく変化しているわけですから、それに合わせて男性のライフスタイルも新しくしていかなければならないはずです。しかし、2015年になった現在でも、仕事中心以外の男性の生き方は登場していません。社会構造や経済状況が変わったにもかかわらず、学校を卒業後は正社員として就職し、結婚して妻子を養うのが「普通の男性」というイメージは残ってしまっているのです。男性にとってみれば、「普通」と考えていた人生を実現できないことになります。現在、多くの男性が「生きづらい」と感じているのは、男性の生き方に対するイメージと現実の間に大きなギャップがあるからです。

「男性問題」解決の糸口を探る「男性学」

 こうした「男性が男性だから抱えてしまう問題」を対象にした学問があります。それが男性学です。学術の分野では、1980年代後半から、男性学によって「男性問題」が考察されてきました。男性学は、女性学からの影響を受けて成立しています。ですから、「男女の不平等な関係性の解消」、そして、「性別にとらわれない多様な生き方の実現」という目的を、男性学と女性学は共有しています。男性学の役割は、これまであまり注目されてこなかった「男性問題」の輪郭を明確にし、解決の糸口を見つけ出すことです。
 現代の日本社会における典型的な「男性問題」は、やはり仕事と男性との関係です。強烈に結びついてしまった仕事と男性の関係をいかに解きほぐしていくかは、男性学が取り組むべき重要な課題です。いまだにサラリーマンとして働く男性には、長時間労働に耐えられるだけの体力および生活スタイルが求められています。「残業オッケーです!」「休日出勤できます!」「来月から転勤でも行けます!」と生活のすべてを仕事に捧げることのできる男性社員が、「能力がある」「使える」と高い評価を与えられています。これではワーク・ライフ・バランスなど実現できるはずがありません。

男の見栄を捨て、肩の力を抜けば楽になる

 日本は自殺者の多い社会であることが知られていますが、男女で差があるという点では、自殺を「男性問題」として考えることができます。日本では、1998年に年間の自殺者数が3万人を突破しました。その後、2003年の3万4427人をピークに、11年まで連続して3万人という数字が続きます。男性の自殺者数は、1997年の1万6416人から翌98年には2万3013人へと急増し、2011年の2万955人に至るまで14年連続して2万人を超えました。03年には人口10万人当たりの自殺者数である自殺死亡率が、男性で過去最悪の40.1を記録しています。これは同年の女性の14.5と比較すると2.77倍です。
 男性の自殺率がなぜこれほどまでに高いのかについては難しい問題ですので、安易に結論を出すべきではないでしょう。しかし、女性と比べて、男性が弱音を吐いたり、他人に悩みを相談したりできないことが、原因の一つになっている可能性があります。2012年に内閣府自殺対策推進室が実施した「自殺対策に関する意識調査」では、悩みやストレスを抱えたときに、人に相談したり、助けを求めたりすることに対して、中高年男性の半数以上がためらっているというデータが出ています。
 最近、私が担当する男性向けの市民講座では、雑談の練習をする機会を設けるようにしています。雑談のルールは、「人の話に割り込まない」「人の意見を否定しない」の二つだけです。自分の思ったことを率直に話し、聞いてもらえる気持ち良さを経験すると、男性たちは一様にイキイキとしてきます。「男だから」と見栄を張って、強がっていても自分を追い込むだけです。もっと自然に感情を表現できるようになれば、男性だって肩の力を抜いて気軽に生きられるはずです。

「生きづらさ」は「生き方」を見直すチャンス

 週末の公園に行けば、子どもと一緒に遊ぶお父さんの姿を見ることができます。幼稚園や保育園の送迎は、もはやお母さんだけの役割ではありません。立ち会い出産もあたり前になっていますね。1975年生まれの私が子どもだった昭和には、考えられなかった光景です。イクメンという言葉が普及したのも、現実として積極的に育児をする男性が増えたからでしょう。男性の困難ばかりを取り上げてきましたが、仕事だけに縛られてきた男性の生き方は、いい意味で変わりつつあります。
 しかし、男性の長時間労働が解消しないままに、イクメンであることも求められるのであれば荷が重すぎます。働き方の見直しとセットで、男性の育児参加については議論をする必要があります。もちろん、働くお母さんたちは過剰な負担を抱えています。共働きが一般的な時代になっているのに、家事・育児は女性の責任という風潮が残っているからです。 
 男性と女性のどちらが大変かを競っている場合ではありません。「男性問題」と「女性問題」はつながっているということを、私たちはしっかり認識する必要があります。どちらか一方だけを解決することはできないのです。男性の「生きづらさ」が表明化している現在は、男性の生き方を根本的に見直す好機です。夫婦間の家事・育児分担のアンバランスを解消するためには、あまりに仕事中心だった男性の生き方を変えていかなければなりません。「性別にとらわれない多様な生き方の実現」のために、社会全体で「男性問題」に向き合う時が来ています。

著者情報

大正大学心理社会学部准教授

田中俊之

たなか としゆき

社会学者。博士(社会学)。専門は男性学、キャリア教育論。1975年生まれ。1999年武蔵大学人文学部社会学科卒業、2008年同大学大学院人文科学研究科社会学博士後期課程単位取得満期退学。武蔵大学社会学部助教を経て、2017年4月より現職。著書に『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA、2015年)、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト・プレス、2015年)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社、2016年)、『不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか』(共著、祥伝社、2016年)などがある。 (2017.04)

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