日本の男性はなぜこんなにも生きづらいのか(1)
(構成・文/井下優子)
田中 専門医には相談できても、同僚には弱音を打ち明けにくいという男性は多いですよね。僕が海原先生の本を読んで大きく印象に残ったのは、「上りつめた先に何があるのか」という問題もあるということ。これは意外と見逃されている問題だと思いますが、薬物に手を染めた元プロ野球選手の清原和博さんの問題が、まさにこれですよね。
海原 そう。自分の目標や周りの期待があって、努力してそれが達成できたとしても、その後の問題もあるんです。だって、一つの人生を選ぶということは、他の人生を捨てているわけですから。仕事以外に、努力するプロセス自体が楽しいと思うことを人生に加えないと、生きていくのがつらくなってしまうんですよ。
田中 海原先生が著書の中で紹介されていた「隠れアルコール依存症」の男性も印象的でした。
海原 いわゆるアルコール依存症とは違って、昼間はしっかり社会に適応するけれど、過剰に適応したことでストレスが生じて、それを紛らわすためにアルコールがないと生活が回っていかないというケースですね。
田中 どちらの男性も「男としてこうでなければならない」という自己イメージが強くて、真面目な人ですよね。傍から見れば頼りになると思うんですよ。だって男らしいから。「男らしい」って基本的に褒め言葉ですが、逆方向に機能して、大きなストレスになることもある、と。このことは男性学でも言ってきたのですが、海原先生のような立場の方が言ってくれると、医学的な裏付けになってよかったというか、やっぱりそうなんだな、と。しかも、「男らしい」と思われていたら、よけい弱音を吐露できませんよね。
海原 女性は愚痴を言って、しゃべっているうちにだんだん、「まあいいか」ってなるんですけどね。
田中 男性には、それができないことが結構つらくて。アルコール依存にかかわらず、何か体に異変が現れて初めて、自分がつらかったことがわかる。
海原 だから、なおさら会社以外の「つながり」が大事になってくるんですよ。私自身、異業種の人たちとたくさんつき合うことで、バランスがとれているんですから。異業種の人と話すと、別の価値観に触れることができるでしょ。
田中 だったら、子育てしている人は、小学校や保育園などで「パパ友」をつくるといいと思います。異業種の人と知り合えるし、地域に友だちができる。たとえば、出世できないから自分はダメだと思ってる人も、子どもの運動会で活躍するとヒーローになれる。「足が速いお父さんはかっこいい」という別の価値観があるから(笑)。
海原 そんなふうに、会社以外の「つながり」ができれば、周囲が自分の価値を見つけてくれることもある。それは、自分の別の面に光を当てることにつながりますよね。
勝てない競争を強いられる男たち
田中 イメージと現実のギャップがもたらす生きづらさもありますよね。たとえば、「お父さんが働けば、お母さんはパートでやっていけるでしょう」というイメージを持っている人はまだ多いようですが、今の若い世代はそれではやっていけないのが現実なんです。ところが、高度経済成長期に結婚して、性別分業でやってきた年長者からは、「共働きは、男の甲斐性がないからだ」と言われて、苦しくなる、生きづらくなるわけです。
海原 格差感もひどくなってますよね。裕福な家庭の子は、自分たちだけで競争して、格差は努力の差だと思ってて、本当の格差を認識してないんですよ。生まれたときから、格差があるところから戦わなきゃならない子もいるのに。
田中 裕福な家庭の子は、レースに参加していない人のことが見えていない。でも下の子は上を見て、「あんな世界もあるのに、自分には手に入らない」と。イメージとしてはみんな平等で、競争も対等に行われているはずなのに、ふたを開けたら「出来レース」だとしらけちゃいますよね。特に男子は、目標達成に向かって競争をしなければならないというプレッシャーがありますから。そうすると、勝てない競争を強いられているという、心理的な負担が大きいですよね。
海原 だから、引きこもりたくなっちゃう男性が多いんです。
田中 出たくなくなっちゃいますね。
著者情報
心療内科医
海原純子
うみはら じゅんこ
医学博士、産業医。1952年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。2008~10年にハーバード大学客員研究員を経て、現在は日本医科大学特任教授。心療内科医として、全国で講演活動も行う。読売新聞の「人生案内」回答者、毎日新聞(日曜版)」にて「心のサプリ」を連載中。主な著書に『こんなふうに生きればいいにゃん -心療内科医がネコから教わった生き方のコツ』(海竜社、2016年)、『男はなぜこんなに苦しいのか』(朝日新聞出版、2016年)、『幸福力 幸せを生み出す方法』(潮出版社、2013年)、『困難な時代の心のサプリ』(毎日新聞社、2011年)などがある。
大正大学心理社会学部准教授
田中俊之
たなか としゆき
社会学者。博士(社会学)。専門は男性学、キャリア教育論。1975年生まれ。1999年武蔵大学人文学部社会学科卒業、2008年同大学大学院人文科学研究科社会学博士後期課程単位取得満期退学。武蔵大学社会学部助教を経て、2017年4月より現職。著書に『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA、2015年)、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト・プレス、2015年)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社、2016年)、『不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか』(共著、祥伝社、2016年)などがある。 (2017.04)