日本の男性はなぜこんなにも生きづらいのか(2)
(構成・文/井下優子)
「日本の男性はなぜこんなにも生きづらいのか(1)」からの続き
仕事以外の世界を持っていますか?
田中 男性の生きづらさは、お金と深く関係していると思うんです。たとえば飛行機の席は、お金を払えば広くなるし、食事も違うし、あれはわかりやすい階級社会ですよね。わかりやすい分、お金には魔力がある。だから、男性が捕らわれがちなんでしょうね。
海原 わかりやすいから、目標にしやすいんですよ。
田中 たとえば、あいつより年収が400万円高いから、俺のほうが400万円分価値がある人間なんだと思いやすい。だけど、お金に捕らわれると生きづらくなる。
海原 でも、捕らわれているときのほうが、生きていくのが簡単という面もあって。お金の競争をしてるほうが、納得したり、満足したり。そして今は、まだ、その競争がいいことだとされている社会だから、日本の男性は経済を優先してしまうんですよ。
田中 だけど、「お金を稼ぐ」ということだけで自分を支えながら仕事をしていると、定年になったときのダメージが大きくなりますよね。会社員時代から、経済以外の価値基準を持つことができれば、そこにシフトしていけるのに。
海原 そう。定年になってから「どうしよう」では遅いんですよ。40歳を過ぎたら、仕事以外の世界を持ってほしい。そのために「無意識的な部分に光を当てよう」と、私は言ってるんです。
田中 無意識的な部分というのは?
海原 本当はやりたいけど時間がないとか、今は別のことをやらなきゃならないとか、無意識に捨てちゃってるものがいっぱいあるじゃないですか。一つでいいから、それを40歳くらいから始めれば、定年を迎える頃には、すごく充実しているはずですよね。
田中 僕は41歳なんですけど、同年代で昔、バンドを組んでいた友だちが最近また始めてるんですよ。これも意味があることなんですね。
海原 それがそのうち、自分が楽しいということを超えて、何かの意味を持つようになると思いますよ。損得じゃなく、自分の人生を充実させた上で、誰かにその楽しさや充実を分けられるようになっていく。そこを目指してほしいんです。
田中 僕は若い頃、地域のお祭りで演奏するおじさんバンドを見て、「何だ、このおじさんたちは?」って思ってたんですよ(笑)。だけど、おじさんバンドだって、自己表現できるし、お祭りも盛り上がるし、そういう価値観を持つことが必要ですよね。
海原 人間関係も、あの人は役に立つとか立たないじゃなくて、40歳過ぎたら、話すとほっとする、何でも話せるような人とのつながりを増やしていけば、定年後の人生を支えていけるような気がしますね。
女性上司に偏見を持っていませんか?
田中 女性に対する偏見も、男性を生きづらくすると思うんです。女性管理職へのイメージを聞くと、「あれは女じゃない」とか「男のような性格だ」とか、「あの人は例外的な女だから管理職になれた」とか。多くの男性は、そういったレッテルが好きで。
海原 好きですよね。女性は男性の上司を、わざわざ「あの人は男だから」とは言いませんから。日本だけじゃありませんよ。あるアメリカの心理学者が、こう言ってるんです。「男性は、自分と同等レベルの能力の男性に対しては競争心しか持たないけど、同等レベルの女性に対してはものすごい憎しみと敵意を抱いてしまう」って。
田中 上司どころか、女性と対等では嫌だ、と。
海原 そう、女性は下にいなくちゃいけない。ある企業で、女性を常務に昇格しようとしたら、別の常務が猛反対して。その理由が「あの人は、僕が入社したときにお茶くみをやってたから」って(笑)。今の日本は、そういう社会構造なんですよ。
田中 だけど、そういう意識のままでは、女性が上司というだけでストレスになりますよね。会社のポスト争いに女性も参加する時代になったんだから、女性に対する偏見を改めなければ、つらい状態が続くだけなのに。
海原 そうですね。そのつらさから解放されるためには、「自分が変わる」という意識を持つ必要がありますよね。
「安心」なら「自由」がなくてもいいですか?
田中 ジグムント・バウマンという社会学者が「安心のない自由は、見捨てられて途方に暮れるに等しい。自由のない安心は、奴隷制に等しい」と言ってるんですね。「安心のない自由」が問題だというのは、伝わりやすいんです。「非正規雇用の人はいくら自由でも、安心できない」と言えば、それは問題だとみんながわかる。
海原 それはすぐに理解できますね。
田中 ところが、「自由のない安心」のほうは、わかってもらえない。「サラリーマンという生き方は苦しいですよね」と言っても、「安心なのに、何が苦しいの?」と。
海原 その苦しみは「ぜいたくな悩み」だと思われちゃうんですね。
田中 そうなんです。でも、安心のために自由を犠牲にしているんですよ! ところが、「正社員で出世してお金もあって、何が苦しいの? 6人に1人の子どもが貧困で苦しんでるんですよ!」って、「自由のない安心」問題は打ち消されちゃうんです。
海原 自由じゃなくても、夜までずっと職場にはりついていなければならなくても、嫌な上司にペコペコしても、それでうつになっても、「仕事があるんだから、いいじゃない」ということになっちゃうんですね。
田中 これはまずいですよ。人間にとっては「自由」も「安心」も両方大事ですから。貧困にあえぐ人たちが「自由のない安心」を得たとしても、別の問題を抱えるだけですよね。だから「自由」と「安心」のバランスについて、もう少し考えるべきだと思うんです。
海原 でも、悩みを抱えた当事者が、その悩みを「ぜいたく」だと思っている。そういう人が多いんですよ。「つらいけど、安心だから仕方がない。みんなつらいんだ」と、そこに落ち着いちゃって。「みんな」という亡霊に縛られて、自分の問題を見ようとしない。それがずっと続いてしまうことが、一番怖いんですけどね。
そろそろ問題をオープンにしませんか?
田中 今回、海原先生と僕が話してきたような男性問題は、「それって問題じゃないですか?」との問いかけを投げかけたい人たちに、問題を抱えている当事者に届かないというヤキモキ感がありますよね。
海原 「働きすぎ」とか「友だちがいない」とか、男性の問題が浸透しないのは、自分が壁にぶつかって挫折しないと、それが問題だったとはわからないからなんですよ。
田中 それこそ、定年になるとか病気になるとか。海原先生は「その前に立ち止まって、一度考えてみてはどうですか」という提案をされていますよね。
海原 そうです。そういう人たちが立ち止まって、考えて、回復して新しい人生を歩むようになったとき、自分のことを語ってくれれば、社会も変わっていくと思うんです。でも、心療内科に通っている人たちは、そのことをあまり語りたがらないんですよ。
田中 オープンにしていかないと、特にうつの場合は、当事者がつらいですよね。隠したままでは、わかってもらえないわけだから。
海原 語られなければ、社会でその問題を共有することができませんよね。なぜそうなったのか、どうやって回復してきたかという話をしてくれれば、多くの人が安心すると思うんですよ。あの人もそうだったのか、と。
田中 自分だけじゃないという安心は大事ですよね。ロックシンガーのダイヤモンド☆ユカイさんが自身の男性不妊について発言してますが、一昔前なら偏見にさらされた、男性の弱さの部分だと思うんです。でも、有名な人がオープンにしてくれると、当事者も勇気づけられるだろうし、社会もそういうことへの配慮も必要だと考えられる。男にも弱い面があっていいんだということが、少しずつでも広がっていくことが期待できますよね。つらい目にあってる人は「どうして自分だけが」って思いがちだから。
海原 人とそんなに深く関わってないから、人がみんな幸せに見えるんですよ。私は日々、そういう人とばかり関わってますから、講演会では「大丈夫、あなただけじゃないから。みんなすっごい大変なんだから」って言ってます(笑)。大変なことがあって、へこんでも、人には回復力があります。ただ、回復力というのは単一の力ではないんです。自分が持っているいろんな材料を総動員して、それを自分に吹き込みながら回復していく。だから、回復のプロセスは、人によって全部違うんですね。つまり、「へこんだから、こうすればいい」という処方箋や特効薬はないから、それを見つけるためには、人生をもう一度見直すことから始めなければならないんです。だけど、多くの男性は、すぐ効く特効薬を求めたがる(笑)。
田中 僕はドリンク剤が好きだから、耳が痛い(笑)。調子が上がらないときは、ドリンク剤よりも、休んだほうがいいんですよね。男性の働き方を変えようと言っている僕がそれじゃあダメですね(笑)。
海原 女性はそういうとき、マッサージに行こうとか、ひと泳ぎしてこようとか。私はそうやってリフレッシュしてますね。そうすると、ぐっすり眠れるし、起きたときスッキリして仕事に取りかかれますから。
田中 ちょっとファッショナブルなドリンク剤もありますが、結局は「ファイト一発!」とか「24時間戦えますか」という、お父さん時代のドリンク剤と変わってないんですよね。今日は僕自身が反省しながら帰ります(笑)。どうもありがとうございました。
著者情報
心療内科医
海原純子
うみはら じゅんこ
医学博士、産業医。1952年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。2008~10年にハーバード大学客員研究員を経て、現在は日本医科大学特任教授。心療内科医として、全国で講演活動も行う。読売新聞の「人生案内」回答者、毎日新聞(日曜版)」にて「心のサプリ」を連載中。主な著書に『こんなふうに生きればいいにゃん -心療内科医がネコから教わった生き方のコツ』(海竜社、2016年)、『男はなぜこんなに苦しいのか』(朝日新聞出版、2016年)、『幸福力 幸せを生み出す方法』(潮出版社、2013年)、『困難な時代の心のサプリ』(毎日新聞社、2011年)などがある。
大正大学心理社会学部准教授
田中俊之
たなか としゆき
社会学者。博士(社会学)。専門は男性学、キャリア教育論。1975年生まれ。1999年武蔵大学人文学部社会学科卒業、2008年同大学大学院人文科学研究科社会学博士後期課程単位取得満期退学。武蔵大学社会学部助教を経て、2017年4月より現職。著書に『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA、2015年)、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト・プレス、2015年)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社、2016年)、『不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか』(共著、祥伝社、2016年)などがある。 (2017.04)