表面化する男性の性被害
山口修喜(トラウマセラピスト)
こうした男性性被害について、どう対応すればよいのでしょうか?
一般的なカウンセリングのイメージでは、過去の性被害を他人に吐き出すように語ることが、回復への一番の近道とされてきました。心理カウンセリング最先端のアメリカあたりでも、1990年代まではそのような風潮があって、支援者も被害者も一緒になって取り組んできました。しかし、この方法でよくなることは稀で、中には悪くなる人も多くいました。
ここ10年間で脳科学やトラウマに関する研究・臨床が進み、今までのやり方が、大きな間違いだったことを専門家たちは痛感しました。その間違いとは、治療の初期段階で被害体験を扱いすぎたこと。被害者に語らせることで、過去のフラッシュバックを強めてしまうケースがありました。
さらに言語レベルだけのカウンセリングでは、あまり効果がないこともわかってきました。トラウマを受けると、心にも悪影響がありますが、何より身体に刻み込まれます。先述したように、トラウマを受けているときや受けた後には、「からだ」が過覚醒状態になったり、うつのように何も感じなくなる低覚醒状態になります。このように「からだ」レベル(神経システムのレベル)で影響が出るので、カウンセリングではそこに働きかける必要があります。
私のところへ相談に来た40代の男性は、職場で上司などとの関係に悩んでいました。年上の男性が苦手で、言われるがままになってしまうことが多々あるとか。後から聞いたところでは小学生の頃、近所に住む叔父さんから何度か性的な被害を受け、酒などに依存してごまかしてきたけれど、過去の出来事が「嫌な感覚」として蘇ってくる、ということでした。
相談に来たときの「からだ」は、覚醒状態だったと言えます。マシンガンのようにしゃべり続け、リラックスとは程遠い状態でした。そこで彼には、覚醒レベルを下げるスキルを学んでもらいました。例えば、地に足をつけるワークである「グラウンディング」を体験したり、今の覚醒レベルや体の状態に意識を向ける意味で「マインドフルネス」を習得してもらったり、呼吸に意識を向けたり、心地よい体験を思い出してもらってそれをゆっくり感じてみたり……。
それらを普段の生活の中で、一生懸命に実践してもらいました。そうすると少しずつ覚醒レベルが下がっていき、10回ほどのセッションを終えた頃には、過去の被害体験が生々しく蘇ってくることが減りました。年上の男性が苦手に感じられて、うまくいかなかった職場関係も改善されていきました。
さまざまな「からだ」レベルのワークをする中で、少しずつ過去の出来事を振り返ったりもしましたが、カウンセリングが終わる頃でも、私が性的なトラウマの詳細を知ることはありませんでした。過去の話をすることが決してダメなわけではなく、ある程度症状が落ち着いてから、回復のプロセスの後半で自身が体験したことを話す人もいます。
要は「からだ」レベルに働きかけるワークが必須なのです。こうした手法は日本でも注目されるようにはなってきていますが、まだまだ「傾聴するだけ」のカウンセリングを行っていることが多いのです。
支援体制はどうなっているのか?
男性の性被害に関して言えば、欧米での支援体制はしっかりしています。というより、日本がかなり遅れている状況です。私が14年間住んでいたカナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバー市を例に説明すると、バンクーバー都市圏の2016年の人口は約246万3000人(周辺都市を含む)で、人口約260万人の京都府とほぼ同じくらい。そこに、私が勤務していた男性性被害者の支援センター「British Columbia Society for Male Survivors of Sexual Abuse ; BCSMSSA」があります。
BCSMSSAには専門の心理カウンセラーが10名前後常駐し、毎年、カナダ政府から何千万円もの助成金が入ってきて、金銭的に厳しい被害者のカウンセリングに当てられます。私が勤務していた頃の人口は約212万人でしたが、少なく見積もっても5000万円の助成金が毎年必要でした。センター長のドン・ライト氏が、「まだまだ資金不足」と日々言っていたのを覚えています。
経済格差を考えずにカナダと同じレベルの支援体制を整えようとすると、京都府だけで毎年6000万円の助成金が必要となります。単純計算すれば、日本全体で約27億円が必要ということになります。女性性被害者の支援を含めると、60億円以上は必要ではないでしょうか。
このレベルの支援が北米などの主要都市では整っています。2017年、日本政府は性被害者のための「ワンストップ支援センター」を全国に整備するため、1億6000万円の交付金を初めて予算計上したそうですが、とても実状に追いつくものとは言えないでしょう。
そして金銭的なことに限らず、専門の心理カウンセラーなどを育てることも大事になってきます。私はBCSMSSAで勤務していたときから、何となく日本の状況はわかっていましたが、しっかり調べてみると、カナダと比べてあまりにも違いすぎることに愕然としました。そこでカナダで培った経験を日本でも活用させていただきたいとの思いから、「カウンセリングオフィスPomu」という男性の性被害者が相談できる場所を作りました。多いときで1年間に100件近くの相談があり、中には継続して回復に取り組んでいる人も多くいます。
まだまだ男性被害者の支援が整っていない日本では、この記事を読んでくださる人の存在がとても大事です。あなたが被害者であれば明白ですが、あなたのまわりに性被害を受けた男性がいるかもしれません。そのときに少しでもお役に立てれば幸いです。まずは一人でも多くの人に現状を知ってもらうことが、支援体制を作っていくうえで大事なステップだと考えています。
カウンセリングオフィスPomuホームページ
https://www.pomu.info/(外部サイトに接続します)
トラウマから回復する方法を学ぶホームページ
https://pomupomu.info/(外部サイトに接続します)
著者情報
トラウマセラピスト
山口修喜
やまぐち のぶき
1977年生まれ。高校を中退後、アメリカのスキーアカデミー留学を経てカナダのサイモンフレイザー大学で心理学を学び、カウンセリング心理学の修士号を取得。ブリティッシュコロンビア州公認心理カウンセラーとなり、性的虐待を受けた男性のための支援センターに勤務。2011年に帰国し、性被害男性を対象とした専門相談センター「カウンセリングオフィスPomu(ポム)」を兵庫県神戸市に設立。