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社会問題

性差別社会と親子でどう向き合うか?

身近にあふれるセクシズム、ジェンダーギャップ。わが子を性差別や性暴力の加害者にしないために

太田啓子(弁護士)

(構成・文/仲藤里美)

 「相手が性的接触を嫌がっていること」を性的に興奮する対象として描く表現がなぜ気になるのか。それは、性暴力を軽視する価値観形成に影響しないだろうかと思うからです。
 性教育が徹底され、性暴力がどれだけ被害者に深刻な影響を及ぼすかが常識となっている社会であれば、このような表現物の氾濫も、そこまで気にならないのかもしれません。でも、実際には今の日本社会では、性教育はあまりに貧弱です。まともな性教育を受けないままで、性暴力の描写を娯楽として楽しむような表現物に何度も触れていたら、性暴力の何が悪いのかも十分わからず、性差別を空気のように吸いこんで内面化していってしまうこともあるのではないでしょうか。
 どんなものに性的に興奮するかというのは、個人差もありますが、ある程度社会で、文化的につくられている面もあるでしょう。そう考えると、全年齢対象で子どもも見るようなイラストや漫画で、あるいはゾーニングされていない空間で、「相手が嫌がっている様子は『エロい』『性的な興奮をかきたてるものだ』」というメッセージを無頓着に送り続けることには、やはり問題があると思うのです。
 これは、「性差別的な表現物や、性暴力を娯楽として描く表現物を見た人は即、性犯罪を犯すに違いない」といった短絡的なことを言っているわけではありません。
 ただ、私が実際に被害者代理人を担当したある集団強姦事件で見たことですが、加害者らは「強姦目的で拉致した女性の体を触っても全く反応がなく、性的興奮を示さないので拍子抜けしてしらけた」と供述していました。彼らは、強姦でも相手は性的に興奮すると思いこんでいたのですね。彼らの思いこみが何に影響されて形成されたものなのかの証明は難しいですが、どこかでそのような表現物に接することで、そうした刷り込みを受けたということもあり得るのではないでしょうか。
 そうはいっても、もちろん、表現物に影響されて実際に性暴力加害に及ぶ人はごく少数でしょう。でも、性暴力が蔓延する現状を踏まえれば、ただ性暴力を実際に行わなければいいというものではありません。
 たとえば、性差別の現状をきちんと理解し、性暴力被害者の声を真摯に聞こうという態度が取れる人──性暴力被害の告発の重要性をちゃんと理解していて、間違っても「男性と夜に二人で飲みにいったらホテルにいくのが当たり前だろう」というような「二次加害」をしない。痴漢被害がどれだけひどいかという話題が出たときに「でも痴漢冤罪もひどいよね」と何の根拠もなく口をはさんだりしない。女性差別の深刻さが論じられているときに、ただその議論を妨げたいためだけに「男性差別もある」と決まり文句のように割り込んできたりしない。現実社会でもインターネット上でも、誰かに性的嫌がらせをしている人を見かけたら介入して助け、加害者に怒りを感じる。そういう人が社会の多数を占める状況なのであれば、私自身もこんなに性差別的表現について懸念しないのではないかと思います。けれど、残念ながら今の日本社会がそうではない以上、性差別的価値観を維持・形成し、性暴力を軽視させることにつながる可能性のある表現物は、問題があるとして批判せざるを得ません。

性加害の場面を「男の子のやんちゃでほほえましい悪戯」扱いしないでほしい

 要するに、子どもにまともな性教育が行われていない社会では、子どもが接する性的情報が一種の「教科書」になってしまうところがあると思うのです。
 たとえば子どもたちに人気のアニメ『ドラえもん』でも、気になることは時々あります。のび太くんが、しずかちゃんの入浴シーンやスカートの中を偶然見たり、見ることができそうになったりして「ラッキー」と言う場面は、今でもしばしば登場するようです。こういうシーンが、ストーリー上の必然性もなく、単なる「ちょっと笑えるエピソード」という位置づけなのがすごく問題だと思っています。
 現実には、たとえ相手の「うっかり」であっても、下着や入浴中の姿を見られてしまったというのは女性にとって相当不快な記憶で、深い心の傷になることもある。そんな深刻なシチュエーションを「笑えるエピソード」という位置づけで描くというのは、性被害を軽視させる危険性をはらむと思います。
 こういう話をすると、まるで私が「『ドラえもん』を見たために、女の子のお風呂を覗いてもいいんだと思って実際に覗く男の子がたくさん生まれる」と主張しているかのように批判する人がいるのですが、そんなことを言っているわけではありません。ただ、こういう表現が性被害を軽視していることは事実で、そのことが受け手の価値観にある程度影響を及ぼす可能性はあるだろうということです。
 こうした「ラッキー」な場面の後、しずかちゃんはのび太くんをひっぱたいて「大嫌い!」「のび太さんのエッチ!」などと言うけれど、それでおしまい。またすぐ一緒に遊んでいる場面が出てきたりします。「漫画だから」と言ってしまえばそれまでですが、やっぱり「スカートの中を覗かれる/覗かれかける」という、確実に相手にとっては性被害にあたる行為を矮小化して、「わざとじゃなかったからいいんだ」「男の子のやんちゃな悪戯でほほえましい」と免責してしまっている部分がある。少なくとも、そういう描き方になっているということを、作り手は認識する必要があると思います。これは、表現者の社会的責任意識を問うということです。
 先に触れた、男女の性別役割を固定的に描く「ジェンダー差別」についても、気になることはたくさんあります。たとえば、ニュースやバラエティ番組で、男性が「ものをよく知っている」解説役、それを感心して聞いて相槌を打つのは若い女性……という組み合わせがいまだに目立つこと。こんな時代錯誤な構図がいまだに多くの番組でまかり通っていることにも驚かされるし、制作側も恥ずかしくないのだろうかと思ってしまいますね。こういうことのジェンダーバランスは、意識的にとっていかないといけないはずです。

性差別的な価値観を持たせないための教育を、小さいうちから

 こうした「性差別社会」をどうしたら変えていけるのかと考えると、大人になってからの教育だけでは遅いと思うのです。もちろん、最近企業や役所で広がってきたように、セクハラをした人に研修を義務づける、セクハラ言動をする人は人事上マイナスに評価して絶対要職に就けない、といったことは大切です。ただ、それで「こうした行為や発言がなぜ許されないのか」という根本的なことを、本当に内心まで浸透させられるか、納得させられるかというと、やはり非常に時間がかかるし、限界もあるのではないかと思います。
 それよりも、可能な限り若い──むしろ幼いうちから、性差別的な価値観を持たせないための教育をすることに、もっと力を注ぐべきなのではないでしょうか。今の世の中は本当にひどい性差別社会だという前提に立った上で、特に男の子には差別する人にならないように、加害者にならないように意識しながら育てていく必要があると思っています。
 私も今、息子たちと一緒にテレビを見ているときなどに、何かひっかかる表現があれば「こういうことは失礼だから言っちゃダメ」「これは女性に嫌な思いをさせることだからやらないでね」と、一つひとつ指摘するようにしています。口うるさく聞こえるだろうけれど、やっぱり言わなくてはならない、と思って。まだ小学生ですから、「なぜよくないのか」まではわかっていないかもしれませんが、少なくとも息子たちにとって一番身近な女性である私が、こういうことを見て・聞いて嫌な気持ちになるんだということだけは伝えたいと思っています。
 また、駅などで「痴漢はダメ」というポスターを見て、息子が「痴漢って何?」と聞いてきたことがあります。「こっちは触られたくないのに触られることだよ。女の子の被害が多いけど、男の子の被害もあるよ。本当に怖くて嫌な思いをするものなんだよ」と説明しました。
 性教育の漫画や絵本なども、かなり小さいときから息子たちには読ませています。「特に、水着で隠れるところ」は、その人だけの大事な場所だから、相手が誰でも、触らせてはいけないし、相手がいいと言わなかったらあなたも触ってはいけないんだよ、というようなことは繰り返し伝えています。
 東京医科大学で、入試の際の不正が明らかになったときも、性差別についてのわかりやすい題材だと思っていろいろ話をしました。「同じテストで男の子も女の子も100点取ったのに、女の子だけ80点だったということにされていたら、どう思う?」と。そこから、「女の人は昔、選挙権もなかったんだよ」とか、「今も女性の政治家はすごく少ない」「会社に勤めてもお給料が男性より安いとか、子育てなどが始まると長く働き続けづらいとか、いろいろな不利益が今もあるんだよ」という話もしました。どこまで理解しているかは全くわかりませんが、女性が不利な立場になりやすい、こういう社会構造があるんだということは、早め早めに教えたほうがいいと思っています。
 特に男の子の場合、自分で望んでそう生まれてきたわけではないけれど、この社会では構造的に有利な面の多い特性を持って生まれてきたのだという認識は持てるように育てたほうがいいのではないでしょうか。もちろん、子どもたち自身に責任があるわけではありませんから、男の子を責めるというのではなく、社会を構成する大人に成長していく中で、そういう社会は変えなくちゃいけないねという意識を育てていってほしいと願っています。

女の子に伝えたいこと

著者情報

弁護士

太田啓子

おおた けいこ

国際基督教大学を卒業後、2002年に弁護士登録(神奈川県弁護士会)。「明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)」メンバー。2013年4月より「憲法カフェ」を開始。2014年11月より「怒れる女子会」呼びかけ人。

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