imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

社会問題

公園は誰のものなのか? 「群馬の森」朝鮮人犠牲者の追悼碑をめぐる闘い

朴順梨(ライター)

 12年5月頃から、“保守”を標榜する団体による「追悼碑の内容が真実でない」などという抗議が群馬県庁に届くようになった。同年11月には在特会関係者らが公園に押しかけ、職員と小競り合いを起こしている。県は「追悼碑は、存在自体が論争の対象となり、街宣活動、抗議活動などの紛争の原因になっており、都市公園にあるべき施設としてふさわしくない」ことも、更新不許可の理由としていた。しかし藤井准教授は、県はこの反対者を規制して、碑の表現を守るべきだったと主張する。

「アメリカの連邦最高裁で主張されてきた法理論のなかに、『敵意ある聴衆の理論』というものがあります。これは正当な言論活動をしている人たちを、その言論に敵対する者(敵意ある聴衆)が存在するので混乱するという理由でむやみに規制してはならない、という原則のことです。2021年の夏に、東京と名古屋と大阪で『表現の不自由展』が企画されましたが、東京と名古屋は抗議によって、開催中止に追い込まれました。一方の大阪では、施設の指定管理者が『管理上の支障が生じる』と利用提供を拒否しましたが、実行委員会による提供拒否の停止処分を、大阪地裁は認めました。指定管理者は即時抗告したものの高裁は棄却、続く最高裁への特別抗告も棄却されましたよね。これがまさに、敵意ある聴衆の理論に該当するものです」

藤井正希准教授。筆者撮影

行政が表現の選別権を持つ危険性

 2021年7月16日から18日にかけて、大阪府立労働センターのエル・おおさかで、『表現の不自由展』は予定通り開催された。大音響で叫ぶ黒塗りの街宣車が会場周囲を何度も巡回し、妨害行為が行われていたものの、連日多くの人がつめかけていた。施設職員による会場警備や警察のガードにより、衝突などのトラブルは起きず会期をまっとうした。群馬県も同様に、騒ぎ立てる排外主義者を抑える責任があったと藤井准教授はいう。

「群馬県が指摘しているような危険性があったとしても、違法な第三者の妨害行為の危険を理由に設置更新を不許可にすることは、違法な妨害行為を助長して、表現という正当な権利行使を弾圧することに該当します。県は都市公園内における抗議活動や街宣活動についての管理規定を策定して、警察が警備を行うなどの措置をすれば、衝突を回避して憩いの場としての都市公園の機能を確保できるはずです。ただ批判する側にも、表現の自由はあります。行政には双方の主張を、守る義務があります」

 しかしその理屈では、歴史の事実と歴史修正主義が同等の価値を持つと見なされる可能性があるし、ヘイトスピーチも「表現の自由」として、認められてしまうのではないか。

「私自身は、ヘイトスピーチは法的に規制するべきだと考えています。しかしヘイトスピーチ解消法が2016年に施行されてからも、何がヘイトスピーチかという法的な基準はあいまいなままです。そんな状況で行政が『表現の選別権』を持ってしまうことは、とても危険だということなんです」

 たとえばあいちトリエンナーレ2019の『表現の不自由展・その後』に出品された『遠近を抱えてPartⅡ』という映像作品には、従軍看護婦の「内なる天皇」を昇華する方法として、昭和天皇の肖像画が燃えるシーンが登場する。この作品に対して、あいちトリエンナーレが開催された当時、名古屋市の河村たかし市長は「多くの日本人の心をも踏みつけた」「公共事業でこれはダメだ」などと発言し、不快感をあらわにした。このように行政が表現内容に踏み込んで判断することに、強い疑問があると藤井准教授は語った。

「もちろん市民が個人としてこの映像作品に不快感を覚え、これを批判することは全くの自由です。しかし、行政の役割は、表現を取り締まるのではなく、広く市民に見せた上で市民が主体的に議論をしていく場を提供することであり、表現を規制することではありません。
 政治的中立性は自分の意見を言わないことではなく、自分の意見を言った上で反対の意見も尊重することです。多くの人が訪れる公園の秩序を碑が乱す原因になるというのであれば、行政はむしろ碑の表現を最大限保障しないとならないのです。だから『排外主義者が抗議したから、憩いの場としての都市公園の効用を確保できなくなった』という不許可処分の理由は、到底通用しません」

 これまで一貫して、設置団体は「過去の戦争を記憶し、反省することが、日韓・日朝の友好に寄与する」と訴えてきた。碑の設置から17年が経過した今も、それは変わらない。この事実を前提とするなら、「『政治的発言』がなされたという軽微な条件違反を主たる理由にして、追悼碑の撤去を強制することは、表現の自由(憲法21条)や適正手続の原則(憲法31条)に反しかねないと考えます」と、藤井准教授は重ねて指摘した。

◆◆◆

 設置更新が不許可になったことで、碑の存続が危ぶまれる状況になってしまった。しかし一度設置した碑を、破壊することは現実的ではないように思われる。「県立公園にあるから紛争が起きる。私有地に移設すればよいのではないか」という意見もあるが、設置団体側は「多くの人が訪れる、公共の場所にあることが何よりも大事だ」と、県立公園にあることにこだわってきた。管理団体側は上告を決めたが、先行きは不透明なままだ。

 角田弁護団長は口頭弁論の場で、たびたびリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー元ドイツ連邦共和国大統領の、「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」という言葉を引用していた。過去を見つめ、未来の友好を築く目的で作られた碑の撤去を認める判決は、現在どころか未来に対しても、目を背けることを後押ししているのではないか。

 判決公判の傍聴を終えて外に出ると、排外主義者たちが嬉々として原告側支援者に向かって「ざまあみろ!」と叫んでいた。言い返したかった。けれど心の動きとはうらはらに、どうしても口がついてこなかった。

著者情報

ライター

朴順梨

ぱく すに

1972年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、TV制作・情報誌編集を経てフリーライターとなり、「AERA」等に寄稿。元・在日韓国人三世。著書に『奥さまは愛国』(北原みのりとの共著、河出書房新社、2014年)『韓国のホンネ』(安田浩一氏との共著、竹書房、2013年)『離島の本屋』(ころから、2013年)などがある。

関連記事