扶養照会のルールが変わっても、問題山積の生活保護制度。「これ以上絶望させないで!」
小林美穂子(つくろい東京ファンドメンバー)
これらのハードルを下げていかなくてはならない。
生活困窮者支援団体は、このコロナ禍に仕事や家を失う人たちを生活保護制度につなぐ際に、窓口で追い払われたり、人の尊厳を踏みにじられるようなひどい対応をされないよう、福祉事務所への同行を続け、その対応を見張り、当事者に不利益がもたらされないように努めてきた。
また、つくろい東京ファンドの佐々木大志郎は、福祉事務所における追い返しを封じる策として、生活保護申請書を簡易に作成できる画期的なシステム「フミダン」を開発、東京23区に限ればインターネットFAXを使って生活保護の事実上のオンライン申請を可能にした。申請書さえFAXするか(あるいは持参すれば)、それを受理しない福祉事務所は「申請権の侵害」をしたこととなり、違法行為になるからだ。申請書は絶対に受理しなくてはならない。
一人では手が届かないかもしれない制度に、この「フミダン(踏み段)」を使って手を伸ばし、しっかり権利を掴んでほ欲しいという意味が込められているのだそうだ。
生活保護へのハードルの第2位である集団生活を強いられる相部屋施設への忌避感はどうしたらよういだろうか。
コロナウィルスの感染拡大を防止するため、東京都ではビジネスホテルの利用が可能になった。施設での集団生活を回避できることで生活保護制度につながり、アパートへの転宅を果たした人は数知れない。しかし、それでも、支援者の同行がない場合は、福祉事務所はビジネスホテルを提示することなく、コロナ禍でも申請者を相部屋施設に 送り込んでしまうという情けない実態はあるのだが……。
そして、生活保護を忌避する要因の第1位、長い間絶対に変えることはできないと私たちや他の支援者たちも考えていた「扶養照会」である。扶養照会とは、生活保護を申請すると、親族に援助の可否を問う通知が福祉事務所から送られることである。自己責任論が渦巻き、恥の文化が色濃いこの国で、扶養照会は人々を制度利用から遠ざけ、関わる人間をほぼ全方位的に苦しめてきた。
大きな山が動いた。扶養照会は止められる
アンケートを実施したのは、生活に困っても制度を利用しない理由を可視化する必要があると思ったからだ。制度を利用しない一番大きな要因が扶養照会であることを、生活困窮者支援に携わる者なら誰でも知っているが、データは誰もとっていなかった。
2020年、コロナの感染拡大による緊急事態宣言や営業自粛により、仕事も家も失った人たちのSOSを受けて、連日あちこちの福祉事務所に同行していた夏ごろ、やはり支援に走り回っていた足立区の小椋修平区議から「昨年度の足立区の扶養実績が2275件中7件」という電話を受けた。親族に対して行われた扶養照会に対して、金銭的援助を得られたのが7件しかなかったのである。
0.3%という実績の低さに目玉が飛び出るほどの衝撃を受けたと同時に、これなら扶養照会というルール自体を変えられるのではないかとも思ったのが、アンケートを実施するきっかけとなった。
同時に、つくろい東京ファンドの稲葉剛が署名サイトで「困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」という署名を集め、57,478筆が集まった。署名は今も継続中で、その数は増え続けている(22年1月28日現在61436筆)。
署名活動の傍ら、稲葉は扶養照会にまつわる体験談を募集した。こちらには150件を超える悲痛な体験談が、生活保護利用者、その親族、職務に当たった福祉事務所職員から送られてきた。
署名と体験談を携え、2021年2月8日、3月17日の2度にわたり厚生労働省に申し入れを行った。
その結果、2月26日付で厚生労働省は扶養照会に関する要領を一部マイナーチェンジした通知を各自治体に送り、その1カ月後の3月30日付で「『生活保護問答集について』の一部改正について」と題する事務連絡を発出した。
この2度目の変更内容は、これまでは扶養につながらないことが分かっているくせに問答無用で行われてきた扶養照会が、2021年4月1日からは申請者の意向を尊重するように!となったのだ。生活保護申請者が扶養照会を拒む場合には、「扶養義務履行が期待できない場合」に当たる事情がないかを特に丁寧に聞き取れというもの。
それだけでなく、「扶養照会をしなくていい」とされる項目が一気に増えた。それは、解釈の仕方によっては、誰でも実質的には止めることができるというものだった。
もちろん、このような運用変更がマニュアルとして使われている「生活保護手帳別冊問答集」に記載されても、知らなかったり、知っていても申請者を脅かそうとする職員がいるのが、残念ながら福祉事務所というところなので、つくろい東京ファンドは生活保護に詳しい専門家や法律家たちの集まりである「生活保護問題対策全国会議」の皆さんと、扶養照会を確実に止めるための申出書と添付シートを作成した。これを持参すれば、一目瞭然。扶養照会はされず、申請者も安心するし、ただでさえ多忙な福祉事務所職員も無駄な作業を省ける。照会通知を送られて困る親族も生まれない。三方よしなのだ。皆さん、使いましょう。
このように、支援団体は日々、制度利用へのハードルを下げるべく、脳みそから汗をかくほど知恵を絞りながら走り回っている。だから公助よ、長い眠りから覚めてくれ。
生活困窮の果てに起こる悲劇を止めて
この原稿を書いている最中、21年12月17日に大阪の雑居ビル4階の精神科クリニックで起きた放火事件で25人もの尊い命を巻き添えにして死亡した犯人が、事件発生時に所持金約1,000円で銀行口座の残高もわずかしかなく、その上、過去に2度、大阪市此花区役所で生活保護の相談をしていたというニュースが飛び込んできた。本人が亡くなってしまった今、どうして保護利用に至らなかったのか、なぜ、あのような事件を起こしたのか、どうして精神科クリニックだったのか、事の真相はもはや分からない。やりきれない気持ちと同時に、このような事件が生活困窮者への偏見や差別を助長しないよう、切に願う。
今、この国で、貯金を切り崩しながら、明日への不安に眠れぬ夜を過ごす人たちを思う。わずかな貯金が尽きたその先を憂う。
生活に困るのは、自己責任ではない。それぞれ、誰もが必死に生きてきたのだ。だから、困った時には誰もが胸を張って社会保障制度を使っていい。
悲劇的な事件や死を完全になくすことはできないにしても、劇的に減らすことは確実にできる。人々の生活と命を守るために社会保障がしっかり機能すればいいだけの話だ。それは国の仕事だ、国の責任だ。自己責任だと突き放して、個人の努力や市民団体に甘えるのもいい加減にしてほしい。これ以上、人々を絶望させないでくれ。
*扶養照会に関するお問い合わせは、つくろい東京ファンド小林宛(info@tsukuroi.tokyo)にお送りください。
著者情報
つくろい東京ファンドメンバー
小林美穂子
こばやし みほこ
1968年生まれ。居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(東京、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。共著書に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日誌』(岩波書店、2020年)。