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紛争地イラクから“平和細胞”を拡散する 〜新しい平和教育メソッドを作りたい

高遠菜穂子(フリーランスエイドワーカー)

(構成・文/志葉玲)

 仲間と話し合って、最初にやることにしたのが、絵本の読み聞かせです。演劇ワークショップを行うにしても、異なる民族や宗教、社会課題に向き合えるように、想像力や共感力といった感性の「基礎体力」を鍛えないと、十分な効果を得られないからです。
 イラクでは、子どもたちの情操教育が軽視されているという課題があります。古代メソポタミア文明の発祥の地であるイラクは、文化レベル自体は高く、首都バグダッドには本屋街もあるのですが、そもそも読書は高学歴の大人の習慣であり、子ども向けの本は宗教としつけだけで、「物語」がないのです。読み聞かせ文化もありません。だから、まず、西ドホーク教育委員会の委員長、カウンターパートのNGOの代表や少年院の所長を日本に招聘(しょうへい)して、小学校の演劇ワークショップ、高校の平和教育、東京都日野市の移動図書館や、多摩少年院での更生プログラムなどを視察してもらいました。教育委員長のオマルさんは紙芝居に感激して、帰国後、自作するほどでした。
 私たちは、毎週水曜の夜に公園で紙芝居を始めました。ドホークでは、猛暑が厳しい昼を避け、夜に人々が公園に集まってくるのです。初めのうちは、大人も子どもも「なんだなんだ?」という感じでしたが、すぐに毎週紙芝居が始まるのを楽しみに待っていてくれるようになりました。最近は、セリフのない少し高度な紙芝居もやっています。これはお客さんの反応を見ながら、セリフを自分で考えるというものです。

毎週水曜の夜にイラクのドホークで行われる公園での読み聞かせに集まった人たち。子どもから大人まで様々な人が集まる。高遠さん提供夜の公園での読み聞かせに集まった人たち。高遠さん提供

 自分の家から友だちの家に行く途中、いろいろな人に会って会話を交わす『こんにちは』という作品があり、これを読んだ現地の子どもが「この紙芝居を自分でやりたい」と言いました。その子は自分でお客を集めて、紙芝居を読み始めたのです。セリフのない部分では、見ている子どもたちに「絵と同じように走って」と呼びかけて、その場にいた子どもたちを走らせる工夫をしていました。
 現地の学校でも、読み聞かせのワークショップをやっています。例えば、あえて絵本の日本語で読んでみると「知らない言語で何を言っているんだろう」と子どもたちがすごく集中して、一生懸命どんな内容なのかを想像したりします。

現地の小学校で読み聞かせのワークショップをする高遠菜穂子さん。高遠さん提供

現地の小学校で読み聞かせのワークショップをする高遠菜穂子さん。高遠さん提供

 

自由な想像力を育てる

 イラクの教育は教科書を暗記する詰め込み型なのですが、私たちは、「想像は自由なんだ」と伝えようとしています。◯(マル)を見せて「これなんだ?」と聞くと、ボール、月、と子どもたちはいろいろと答えます。先生が「◯(マル)」と教えそうになるところをぐっとこらえてもらって、「全員正解!」とする。そうすると先生たちも、私たちが何をしたいのか、だんだんと理解してくれます。
 読み手を育成するためのワークショップもやっています。例えば、凧(たこ)揚げする人の役と、凧の役をやってもらって、その時の気持ちを想像してもらいます。そうすると、凧を揚げている子と離れて寂しい、高いところは嫌だ、地面に降りたい、といった凧の気持ちが出てくる。こういうことをやってからストーリーをつくってもらうと、面白いものができます。
 他にも、日本で集めた寄付で移動図書館をつくり、難民キャンプなどでも子どもたちが自由に絵本を読めるようにする活動を行っています。また、ブックドネーションも好評です。これは難民キャンプや小児科病院などの子どもたちのために、アラビア語やクルド語に翻訳された日本の絵本を日本の人々に買ってもらい、それを私たちが届けるというものです。
 オリジナルコンテンツも欲しいということで、私たちの仲間の一人が考えたお話に、イラクの若者が絵を描いてくれました。「モンちゃんとしっぽ」という作品で絵を描いてくれたファラハは、イラク戦争が開戦した時にはまだ小学生低学年でした。空襲に怯えてベッドの下に隠れながら、日本のアニメの絵を描いていたそうです。彼女の絵は本当に素晴らしく、今、新作の絵本を描いてもらっているところです。

ピースセルプロジェクトで制作した絵本「モンちゃんとしっぽ」。高遠さん提供

 イラクの人々は、共感する力や想像力がないわけではありません。現地の学校教育の中で、そうした感情の部分を働かせる機会がなかっただけです。だから、少しでも感情を刺激する機会があれば、すぐに理解してくれます。ワークショップをやると、子どもはもちろん、大人も、「しつけや答えにこだわる教育」から「想像力を育てる教育」へと、意識が変わっていきます。
 今、やろうとしていることは、学校に図書室をつくることです。可動式の本棚にして、演劇ワークショップもできる多目的スペースにしたいと思っています。最終的な目標は、ドホークの教育省に予算をつけてもらい、多目的図書室をすべての学校につくることです。演劇のワークショップもいよいよ今年から本格的に始まります。
 描いている未来は、宗派や民族といった自身のアイデンティティーを超えて、お互いに共感できる世代をつくることです。定められた「答え」だけを正解とする暗記教育と結びついた民族・宗派のためのイデオロギー教育ではなく、自身の感性で考える力を解放していけば、きっと異なる宗派や民族であっても共存できる。イラク支援を長くやってきましたが、ポジティブな未来をつくっていくことは楽しいですね。

著者情報

フリーランスエイドワーカー

高遠菜穂子

たかとお なほこ

1970年、北海道生まれ。大学卒業後、会社員を経て地元で飲食店経営に携わる。2000年インドの「マザーテレサの家」、2001年からタイ、カンボジアのエイズホスピスでボランティア活動に専念。2003年5月からイラクでの活動開始。主に病院や避難民への緊急支援、医療支援などを行う。2004年4月にイラク・ファルージャで「自衛隊の撤退」を要求する現地武装勢力に拘束された。解放後、日本国内で「自己責任」バッシングを受ける。現在もイラク人道・医療支援活動を継続中。2019年より難民・国内避難民を多数受け入れているクルド自治区ドホークで教育支援を始めた。「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」呼びかけ人、「海外派遣自衛官と家族の健康を考える会」共同代表、「九条の会」世話人。

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