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社会問題

だから、地方記者はやめられない

三浦英之×横山勲対談

三浦英之(新聞記者、ルポライター)

横山勲( 河北新報編集部記者)

誰のために書くのか

三浦 横山さんは、青森県出身で、これまで岩手、福島、仙台に赴任していますね。私の東北の赴任地ともちょうど重なっています。この東北でジャーナリズムをする意義ってどんなところにあると感じていますか?

横山 私は、どちらかというと、ジャーナリズムや社会正義のためというよりは、「自分たちの読者をがっかりさせちゃいけない」と思って働いているんです。いままで取材した人とか、個人的に知っている紙面読者の顔を思い浮かべると、あぁ頑張らないといけないなって。

三浦 読者が自分のすぐ近くにいて、その読者のために書く、というのはとてもシンプルでわかりやすいですよね。新聞でも本でも、誰かのために書く以上、その対象が目に見える距離にいるというのは、ある種、自分への制約にもなる。東京とか中央ではマスとしての読者が見えにくくなってしまって、どうしても権威者にすり寄っていくようなものになったり、利己的なものになっていったりしまいがち。東北とか地方で記者活動をしていると、そういった本来ジャーナリズムに不必要なものから少し距離をおけるような気がしています。

横山 三浦さんの新刊の中で、大きな大根が取れたおばあちゃんの話が書いてあって、「これだから地方記者はやめられない」って書いていましたね。

三浦 地方で取材をしていると、想像がつかないようなことが目の前で次々と起きるんですよね。ある日、「とっても大きい大根が取れた」っていう電話が支局にかかってきてその農家に向かったら、本当にとても大きい(笑)。「記念に写真でも撮りましょうか」と申し出ると、おばあちゃんは「せっかくだからおじいさんも一緒に」と言って家の中にいた体の不自由なおじいちゃんを一生懸命軒先に連れ出してきて、リンゴの箱の上に座らせたおじいちゃんに大根を持たせて、夫婦で一緒に記念写真に収まろうとする。そんな瞬間が、地方記者としては最高に愛おしいんですよね。

横山 わかります。私も新人のころ、河北新報の読者相談室に「扇形のでっかい山芋が取れた」っていう電話がきたことがあるんです。たまたま私が取材を担当して、これをどうやって記事にすればいいのだと悩みました(笑)。掲載後に電話を入れたら、「載った新聞は近所に配るから!」って喜んでくれて。いまでは、そういう方も少なくなってきましたが……。

 

プロフェッショナルと直感

三浦 私の取材活動の原点は何かと尋ねられれば、それはやはり東日本大震災なんだと思います。それまでの10年間は、警察回りをしたり、東京地検特捜部を担当したりして、当局からいかに情報を早く取るかということに特化した取材活動を繰り返していました。ところがあの震災が起きた直後は、現地の当局は何も情報を持っていなくて、自らの管内で何人死んだのかさえもわからない。でも津波の現場に行くと、生存者の救出を優先するあまり、まだ収容されていないご遺体が目の前に土に埋もれて残っていて……。あるいは、原子力発電所が爆発したらしいけど、実際は誰も本当のことはわからなかったり……。そんななかで、現場に行って自分が目で見たものしか信じられなくなって、そのときに初めて、私は自分で見たものだけを自分の言葉で表現していこうと思ったんです。誰かが恣意的な意図を含めて発信する「発表」ではなく、私は自分が現場で見たり聞いたりしたことを自分の責任で「発信」にしていこうと。だから私にとって、東北でジャーナリズムをする意味というのは、突き詰めていけば、東日本大震災で亡くなった多くの人の死や無念を背負い続けていくことなんだと思っています。

横山 三浦さんのこれまでの本を拝読すると、「職業記者」という言葉がよく出てきますね。

三浦 私が「職業記者」という言葉を使うのは、常に「プロフェッショナル」でありたいと思っているからです。東日本大震災のとき、避難所で取材をしていると、「わかります、わかります」と連呼して「泣き落とし」をしている取材者をたくさん見ました。だけど、子どもを津波で流された親の気持ちを理解することなんて、取材者には絶対にできないことなんです。だから私は、被災者の方には少し冷たく聞こえるかもしれませんが、私はあなたの気持ちを本当のところでは理解することはできないかもしれないと、取材のある過程で冷徹に伝えるようにしています。その上で、私は物事を取材して、文章を書くプロフェッショナルです。これまで世界中で様々な現実を垣間見てきて、たくさん原稿を書いてきて、もっとも適切な言葉で読者に届けるトレーニングを積んでいます。だから、もし何か伝えたいことがあったら、私を使って伝えてくれませんか、と。一人でも多くの方が、この不条理や悲しみを二度と味わわなくてすむ世の中になるように。でもそのためには、相応の技術と覚悟が必要です。私はその技術と覚悟を「プロフェッショナル」と呼んでいます。
 横山さんには、取材する際の何かテーマのようなものがおありですか?

横山 私もこれまで、石巻市大川小学校など東日本大震災後の津波訴訟や原発事故被災地の取材を重ねてきましたが、特定の書きたいテーマというのがあるわけではないんです。自分が直感的に必要だと感じたことを書いていきたいと思っています。『過疎ビジネス』は、そうした自分の直感を積み重ねてできた本なんです。だから、調査報道のやり方を教えてくれと言われることがあるんですけど、再現性がないんですよね。

三浦 私は、大仰(おおぎょう)な言い方になるかもしれませんが、「日本とは何か、日本人とは何か」というテーマに生涯をかけて取り組みたいと思っています。今回出した『日本でいちばん美しい県は岩手県である』でも100人ぐらいの人々が出てきますが、農家の人とか、ラジオ体操をしている人とか、普通に暮らしている人たちの物語を集めていくと、うっすらと「いま」という時代が浮かび上がってくるような気がするんです。と同時に、この日本という特殊な国の輪郭が見えてくる。

 

著者情報

新聞記者、ルポライター

三浦英之

みうら ひでゆき

1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。

河北新報編集部記者

横山勲

よこやま つとむ

1988年、青森県出身。河北新報社入社後、報道部、盛岡総局、福島総局を経て現職。執筆に加わった連載「止まった刻 検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。取材班として携わった連載「原発漂流」を含む特集「東日本大震災10年」は2021年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞、第5回調査報道大賞優秀賞を受賞した。2025年、著書『過疎ビジネス』(集英社新書)で第73回菊池寛賞受賞。

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