imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

社会問題

調査報道はなぜ必要なのか

高田昌幸×三浦英之対談

高田昌幸(ジャーナリスト)

三浦英之(新聞記者、ルポライター)

首都圏に「地方メディア」を

三浦 北海道新聞を退社後は故郷の高知新聞にいかれて、その後、調査報道グループ「フロントラインプレス」を立ち上げましたね。

高田 設立は大学の教員になってからです。現場を批評するだけの研究者・報道界OBにはなりたくなかったし、取材の現場にずっと関わっていたかった。それが立ち上げの理由です。
「フロントラインプレス」はそもそも、車の両輪で動かしたいという構想を持っています。一つは首都圏の地方メディア。足元のニュースを丹念に伝えるメディアです。東北や中国地方や四国に行くと、それぞれ地方紙があり、いろいろ改善の余地はあるけれども、普通に行政や議会、教育、中小企業、地域の話題などを日々伝えています。しかし、首都圏には、地方メディアがありません。埼玉県川越市や千葉県柏市で何が起きているか、地元の人はほとんど知らないんです。単純に比較すると、高知県は人口64万人くらいで、高知新聞の外勤記者は約60人、東京都世田谷区は人口93万人くらいで、区だけの常駐記者は事実上ゼロ。23区や周辺都市はもともとそういう状態です。地方紙の衰退で最近は「地方のニュース砂漠化」が問題になっていますが、首都圏は昔から「ニュース砂漠」なんです。だから、首都圏の政治、経済、行政、教育が全部わかるような、そういうメディアをつくりたいと。
 そして、もう一つの車輪が調査報道です。自分たちで取材した調査報道記事を地方紙や有力メディアに配信する調査報道専門の通信社を目指したい、と考えていました。定期的に調査報道記事を配信する代わりに、相手先から一定の料金をもらう。いわばB to Bの調査報道サブスクです。首都圏メディアはまだ始まっていませんが、調査報道取材は先行しています。毎日新聞や熊本日日新聞などと合同で取材を行い、「〜〜ということが毎日新聞とフロントラインプレスの取材で分かった」というスタイルの特報も出ました。そのほか、さまざまな媒体を使って記事を配信しています。もっとも、コロナ禍などもあっていろんなことが中断し、構想はなかなか思うように進んでいませんが。

 

AI時代におけるジャーナリズムの未来

三浦 私は大手メディアで記者をしていますが、大学などを取材で回ると将来はメディアで働きたいという若者が本当に少なくなってしまっていて危機感を覚えています。私が新聞社に入社した頃はテレビや新聞社の人気がとても高くて、実際、2000年の朝日新聞の入社倍率は200倍以上だったという話を聞いたことがあります。まあ、超氷河期ということも大きな理由だったとは思いますが……。
 現在はAIの時代になり、事実、警察や役所の発表、スポーツの結果などについては、記者が記事を書かなくてもAIで相応の原稿にまとめることが可能になっています。なので、その分野をAIに任せて、記者をより人間にしかできない調査報道の分野に振り分けるべきだ、といった安直な議論が業界内でも聞かれるようになりましたが、私はそれには反対で、事実上不可能だと考えています。なぜなら調査報道ができるレベルの記者が育たないからです。私たちは駆け出し時代、まずは警察署に出向いて警察の発表を記事にしたり、スポーツを観戦して記事を書いたりして、警察官や野球選手と直に接しながら、人間を通して社会の成り立ちや、取材先の組織の状態なんかを学んだりするんです。警察の発表をすべてAIにまかせて、警察が何かもわからない記者が、いきなり警察組織への調査報道なんてできないでしょう? 教育課程にたとえるならば、調査報道はいわば「大学院」的な位置づけで、まずは「高校」や「大学」でその道の知識をしっかりと習得する時間が必要なんだと僕は思っています。そしてその何げない日々の取材のなかにこそ、スクープの種が眠っている。「あれ、おかしいな」「これって変じゃないですか」という気づきは実際、関係者との雑談のなかから生じてくる場合がほとんどです。だから、僕は日ごろから「本当のスクープは『日々の泡』から生まれるよ」と若い記者たちには伝えています。高田さんはいま大学での教育現場にも足を置かれていますが、これからのメディアを担う若い人にどんなメッセージを送りたいですか?

高田 昨今「ジャーナリズムがダメだ」と言われますが、そういうことは1950年代終わりから言われ続けてきました。「最近の若い者はダメだ」という言説と同様、ジャーナリズム界の伝統であり、定番なんですね(笑)。でも、ジャーナリズムという営みそのものの役割はずっと変わらないし、混迷する社会のなかでむしろ大きくなっています。
 私は「便利なものは使え」と考えるので、AIも必要に応じて使えばいいとは思う。しかし、AIはネタを取ってきません。政権中枢の不正や警察の組織腐敗の「事実」を掘り起こしてはくれません。ジャーナリズムの本務が権力監視にある以上、取材活動の代替は無理です。警察や行政の発表にしても、それをAIに書かせればいいというものではなく、発表の場で何が語られたか、語られなかったか、隠されたものは何かなどを徹底して考えなければなりません。真剣勝負ですよ。大事なのはAIを使うなどして発表を手際よくまとめるのではなく、その場で臨機応変に質問を発し、当局者の「裏」を把握する、その端緒を知ることです。AIは、会見場で当局者に質問してくれません。
 いま、新聞社に入った若い人の話を聞くと、新聞社の体育会的な古い社内文化に対して、愛想を尽かしている人が多いように思います。新聞の部数が減少するのは急には止められないかもしれない。しかし、そういう古い体質を変えることはできるはずです。私は北海道新聞社を変えることはできませんでしたが、自分が古臭くなっていないかを常に考えることが、記者にとってなにより大切なことだと思います。

三浦 いま、世界中でフェイクニュースがはびこり、戦後築いてきた国際法もないがしろにされそうな、とんでもない時代に私たちは生きています。でたらめな情報が行き交って何を信じたらよいのかわからない――こんな不安な時代だからこそ、ジャーナリズムの存在が必要なのだ、と自分に言い聞かせるようにして現場は仕事をしています。

 高田 ジャーナリズムの本務を担う、取材を尽くした「調査報道」は、当局発表の情報を伝えるだけの「発表報道」とはまったく違うものだということを、読者にもしっかりと伝える必要があると思います。その責任はジャーナリズムの側にあります。間違っても「読者・視聴者のせい」にしてはいけないし、そんな人はプロフェッショナルではない。
 調査報道に限らず、報道全般への信頼回復を勝ち得るには、内部告発者の特定にかかわるようなセンシティブなもの以外は、取材のプロセスを基本的にはすべて公開することがとても大事だと思います。どういう状況で取材相手と会い、どんな質問を繰り出したかも明示するのです。原則として、匿名情報源は使用しない。どうしても匿名にする場合は、その理由も読者に明示する。そういう作業が必要だと思います。畑の様子を絶対に見せない農家が売る「無農薬野菜」は、信頼に足るでしょうか。それと同じです。
 ジャーナリズム本来の役割を担い、社会をいい意味で変えていく。そのことには希望があります。ジャーナリストは、その希望を持って、取材を続けていかなければいけないと思います。

著者情報

ジャーナリスト

高田昌幸

たかだ まさゆき

1960年、高知県生まれ。法政大学を卒業し、1986年に北海道新聞入社。本社社会部、東京政治経済部、ロンドン特派員、本社報道本部次長などを務め、2011年に退社。フリーランスを経て、2012年から2016年まで高知新聞で報道部副部長などを歴任。2017年より東京都市大学メディア情報学部教授。2019年に調査報道グループ「フロントラインプレス」を設立。2026年より専修大学文学部ジャーナリズム学科特任教授。この間、Yahoo!ニュース特集編集部のアドバイザーや編集デスクなども務める。2019年から現在まで放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会委員。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。主な著書に『調査報道の戦後史1945-2025』(旬報社)『真実 新聞が警察に跪いた日』(角川文庫)、共著に『権力VS調査報道』『希望』(ともに旬報社)などがある。

新聞記者、ルポライター

三浦英之

みうら ひでゆき

1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。

関連記事