ラテンギャング・ストーリー 4
工藤律子(ジャーナリスト)
アンジェロ逮捕の1998年5月当時、テグシガルパの刑務所は、現在ある街の郊外にではなく、街の真ん中にあった。それは1888年に最初の建物が造られたという、古い施設だった。そこに収監されたアンジェロは、恐らく何十年も塀の中で過ごさなければならなかった。複数の強盗事件と殺人罪で訴えられていたからだ。ホンジュラスでは日本と異なり、犯罪容疑で逮捕された者は即刑務所へ送られ、そこで裁判を待つことになる。司法の動きが鈍いため、無罪でも4年や5年を刑務所で過ごすことがざらにある。アンジェロの場合は明らかに、それ以上だろう。
「とはいえ、私のギャングとしての生き方に変わりはありませんでした」
落ち着いた口調で、彼が言う。長い刑期が待っているなどということは頭にないかのように、大物ギャングは、刑務所内でもその役割とプライドを忘れなかった。
「刑務所に入ると、私はまず、そこで行われていたマリフアナの取引を誰が仕切っているのか、すでに17年間服役しているという男を雇って、調査させました」
そうやって塀の中での権力闘争は、幕を開けた。ムショでは、そこで行われる麻薬取引を仕切る者が、全囚人を仕切る。「塀の中のドン」となるのだ。
ラテンアメリカの多くの国で、刑務所は麻薬取引現場でもある。麻薬カルテルの連中が大勢服役している場合はもちろんだが、そうでなくても、ギャングやほかの罪人たちが看守などを巻き込んでブツを持ち込むルートを確保し、シャバにいた時と同様に、それを売買する。そのため、メキシコのある刑務所では、服役囚たちが麻薬の密売をエスカレートさせないよう、そして麻薬欲しさに暴力沙汰を起こしたりしないように、「マリフアナだけは自由に吸ってよいことになっている」と教えられたこともある。窃盗で服役していた知り合いに面会に行った際、刑務所の中庭で大勢の囚人がマリフアナタバコをプカプカやっている光景に、驚いたものだ。
「私は、刑務所内のマリフアナ取引のコントロールを手中におさめました。そして次の手を打つ準備をしていた時、あのハリケーン・ミッチがテグシガルパを襲ったのです」
1998年10月末、カリブ海で発生したハリケーン「ミッチ(女性の名前)」は、ハリケーンの中で最も風速の強いカテゴリー5(最大風速毎秒70メートル以上)という巨大なもので、ホンジュラスに上陸するやいなや、猛威を振るった。その結果、全国で計6600人が死亡、8052人が行方不明となり、被災者は約210万人にも上った。アンジェロのいた刑務所でも、老朽化していた建物が暴風雨と浸水により、崩壊しはじめる。
「ハリケーンの被害により、私たち(3500人以上の囚人)は現在の刑務所がある場所へと移されました。私はその混乱を利用して、服役囚全員をコントロールする力を手に入れることにしました」
彼はまず、自分と同じ監房にいる連中のリーダーとなった。監房には、45人ほどが共同生活をしていたが、「同居人」たちの中には二人、彼に従うことを拒否した者がいた。
「そこでその二人を殺して、全権を握りました」
そう、さらりと言う。
「囚人の間では常に、強い者が勝つことになっています。私はそれを知っていて、“強いリーダー”という自分の役割を淡々と果たしていました。もはや人間らしい心は失っていたのです」
一瞬のため息の後、彼は話を進めた。
「次に、隣の監房にいた連中の服従を得ました。そしてその隣、そのまた隣というように、順に支配を広げていったのです。最後には、すべての囚人をコントロールできるようになっていました」
しかもそれは囚人間だけでの話ではなく、刑務所内での正式な役職としても、「全体コーディネーター」という役を任された。
「“俺は街で最もイカしたヤツだったのだから、ムショでも同じようになるのさ”。私はそんなふうに考えていました。だから、ただ暴力的に振る舞うのでなく、刑務所内に私なりの規律を作ることにも力を注ぎました」
ギャングには珍しく、酒も麻薬も一切やらないアンジェロは、麻薬の売買を取り仕切る一方で、麻薬代わりにシンナーや接着剤を吸ってフラフラし、目上の人間に無礼な態度をとる囚人がいるのを見ると、そうしたものの売買を一切禁止した。その命令に従わない者は当然、「消される」ことになる。
こうして刑務所内は、違法行為ははびこっているものの、どこか落ち着きのある環境に維持されていた。新しい刑務所の秩序は、アンジェロによって保たれていたのだった。
話を先に進める前にここで、アンジェロが生まれて刑務所行きになるまでの19年間、1979年から1998年までのホンジュラスをはじめとする中米の国々がどんな社会状況にあったかを、簡単に説明したい。というのも、私がこの国へ取材に来た目的である国際的な若者ギャング団「マラス」の存在によって、現在極度に治安が悪化しているホンジュラスだが、同じく「マラス」の暴力にさらされている隣国グアテマラとエルサルバドル、今は平和なニカラグアと比べても、当時はずっと平穏で安定した国だった事実に触れておきたいからだ。
ホンジュラスは1982年、それまでの軍政時代に終わりを告げ、民政移管した。経済的には貧しい国だったが、アメリカの支援のもとで保守的な政治体制が維持され、社会は隣国に比べてずっと落ち着いていた。
それに対して、西隣のグアテマラでは、60年に始まった内戦の中で実権を握った軍事政権が、80年代に反体制ゲリラや民衆を激しく弾圧し、内戦状態が96年まで続いた。南西のエルサルバドルでは、80年に左派武装勢力が「ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)」に結集し激化していった内戦が、90年代初頭まで長引き、多くの若者がアメリカへ亡命する現象も引き起こした。そうした移民たちが後にアメリカのカリフォルニア州で、「マラス」のようなラテン・ギャング団を生み出し、「祖国」に進出することとなる。また南東のニカラグアでは、79年にそれまでの右派独裁政権を「サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)」が革命戦争で倒し、左派のサンディニスタ政権が誕生した。だが、その経済政策の失敗とアメリカによる反革命勢力支援の結果として、政情不安が続き、90年には右派が政権に返り咲いた。
言って見れば、まわりは皆、内戦と革命の嵐のただ中にいた時、ホンジュラスは貧困層の不満を抱えながらも、内戦状態にはならず、社会的安定を維持していたのだ。それは当時、東西冷戦の枠組みの中で中米の共産主義化を恐れるアメリカが、ニカラグアの革命政権を倒すために、ホンジュラスを拠点にして反革命勢力を支援していたことと、無関係ではない。アメリカの庇護(ひご)の下、ホンジュラスは善くも悪しくも、国内で戦争による大量の死者を出す国にはならなかった。しかし、そこに生きる貧困家庭の若者たちが、強盗事件を起こしては人を殺すことに慣れてしまうほど、その貧困問題の深刻さは、「平等な社会」を求める反政府ゲリラと政府軍が内戦を繰り広げた隣国のそれと、同じだった。
そんな貧困の中から生まれた「塀の中のドン」=アンジェロは、刑務所内でも、外で築いた「大物ギャングの顔」を失いはしなかった。刑務所職員に頼られ、力で囚人たちを操るために、これまで以上の緊張感に包まれた生活をしていた。それは一見、何でもないことのように見えたが、実のところ、彼の心に一つの迷いを生み出して行く。自分の生き方は、これでいいのか?
結婚して子どもをつくり育てる。漠然とだが、家族とマイホームの夢すら描いていた青年にとって、シャバ以上の緊張感を強いられる刑務所生活は、自らの人生に何らかの狂いがあることを示唆しているように思えた。その疑念は、ある人物との出会いで、ますます彼の頭に重くのしかかってくる。
「刑務所には、後に私自身がそうしていたように、囚人たちに神の教えを説く服役囚がいました。私の興味を引いた男です。彼は、ニカラグアでサンディニスタとして武器をとって戦った経験のある人でした。元革命ゲリラです。戦闘で多くの人を殺し、その時も犯罪で服役していたわけですが、それでも私たちに愛について説いていました。彼は雄弁で、その話にはとても説得力があり感銘を受けたため、私は大勢を殺した人間がなぜこんなふうになれたのか、気になり始めました」
そこでアンジェロは、この「元革命ゲリラ」の話をいつも熱心に聞いた。そこから自分の歩むべき道は何か、答えを導き出したかったからだ。
「ある時、彼の話をきいた後に、刑務所仲間が私にこう言いました。“あなたは麻薬もやらず、はっきりとした意識を持って人を殺している。それこそ地獄に落ちますよ”。それを聞いた時、私は思いました。そんな人間を許し、変えることができるのは、キリストだけなのではないか?と」
神に救いを求めることを意識し始めたアンジェロに、元ゲリラはこう告げる。
「ひとは、頭に問題を抱えているのではなく、心に抱えているのです」
つまり酒も麻薬もやらず、どんなに思考がはっきりしていても、人殺しであるという問題を解決することはできない。問題は心の奥底に潜んでいるのだから、それに気づかなければ何も変わらない、というのだ。
アンジェロはその日から、毎晩のように、自らの人生について自問自答を繰り返すようになる。
著者情報
ジャーナリスト
工藤律子
くどう りつこ
1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。