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イメージの都市論=「マンションポエム」

我々は街に何を夢見るのか?

大山顕(写真家・フリーライター)

 立地が価格を決めるのは当たり前ではないか、とお思いかもしれない。しかし、住まい選びは場所選びである、というのはほんとうに当たり前のことなのだろうか。思い出して欲しい。30年ほど前まで、理想の住宅は「庭付き一戸建て」だったではないか。重要なのは住まいのスペックだったのだ。さらに言えば、高度成長期の団地ブームにおいては、ダイニングキッチン(DK)やバス・トイレ付きなど近代的な建築と設備が売りであった。住宅購入において立地が価格を決めるというのは、決して当たり前ではなかったのである。
 マンションポエムをバブルっぽいと評する声を時々耳にするが、1997年の規制緩和以降湾岸エリアを中心としたタワーマンションの建設がマンションポエムの始まりであり、たかだか20年ほどの歴史しかない。こんな短期間で理想の住宅観はころっと変わってしまうものだな、としみじみ思う。建築の耐用年数より価値観の耐用年数の方が短いとは。
 街が選択肢として並列に並べられるというのは、極めて現代的な出来事である。「選択の結果としての住所」という認識は「住んでいる場所がその人のことを表している」という考え方を生む。街はブランドになり、ヒエラルキーが発生する。「世田谷に住んでいる」と自己紹介された場合と「浦和に住んでいる」「小岩に住んでいる」などの場合では、それぞれその地名から、その人のキャラクターをなんとなく把握したような気になってしまう。
 この背景にあるのは、大都市圏における鉄道の高度な発達だ。どの方角でも同様に交通の便がよくなると、それぞれの路線と駅・街が差異を強調し始める。実際マンションポエムは最寄りの鉄道駅と路線について敏感である。利便性のフラット化が街のブランドの苗床であるというのは面白い。さらにはJR中央線で隣り合う吉祥寺と西荻窪との違いといった、非常に細分化されたイメージすら、都内に住む人間には自明のこととしてある。してみると、首都圏のアンケート調査などで定番の、吉祥寺が「住みたい街No.1」というのは暗黙の了解知が高い極めてハイコンテクストな価値観であることがわかる。マンションポエムはこのレベルの差異を増幅させて謳い上げる。前出の頻出語句ランキングの第1位が「街」であったことがそれをよく表している。

資源化する街

 ここで興味深いのは、これら「街」を謳うマンションポエムが一様に「街を利用する」方向で描写されている点だ。

「家族をつなげる街。武蔵小杉」(住友不動産「シティタワー武蔵小杉」)
「発展著しい街のさまざまなメリットを高次元でバランスよく手に入れられる好ポジションに誕生」(住友不動産「シティハウスおおたかの森イースト」)

 などがその例だ。家を選ぶということは、それが建つ街からどんないいことが受け取れるか、という考え方を表している。街は、自分が関与したり読み替えたりするものではなく、スペックを持った資源として選択・利用するものであるというわけだ。これはマンションポエム特有の態度というわけではなく、おそらくぼくらが漠然と抱いている街への想いの表れだろう。
 マンションポエムはイメージの都市論であるというのはそういうことなのだ。東京建物「ブリリア外苑出羽坂」は、「東京都心に住む。それは選ぶ地に自身の姿が投影されるということ」 と謳った。マンションポエム自身がマンションポエムとは何であるかを語っている例である。
 それにしても、立地や間取りなどの各種パラメーターを、自分の価値観や収入とのバランスに応じて落としどころを探るという行為は、現代の結婚相手選びにも通じるように感じられてならない。一生に一度の選択を自己責任で行うという点も共通している。ちなみに最近の都心部の結婚式場のキャッチコピーはマンションポエムに極めて似てきている。

「大屋敷が置かれた江戸の武家地・表参道」「表参道・青山は、かつて諸藩の大名屋敷や御家人の屋敷が置かれた江戸の武家地でした」(ザ ストリングス 表参道)
「時代とともに変化してきた街にも、先人から受け継がれてきた文化がしっかりと息づいています」「銀座駅1分! 街を見渡す特別な上質空間」(ザ・グラン 銀座)

 これだけを読んで、式場のコピーだとわかる人はどれくらいいるだろう。

ファンタジー化するマンションポエム

 最後に、今後マンションポエムがどのようなものになるかの予想を二つ述べて終わりにしよう。一つは「地名のポエム化」である。千葉県は習志野市の津田沼駅前に、数年前まで畑が広がっている一画があった。ここが複数のデベロッパーによって開発され、複数のマンションが建った。千葉県出身でこの場所の昔の光景を覚えている自分などからすると、ほんとうにびっくりの変貌ぶりだ。
 この物件の一つのマンションポエムは、「奏であう洗練の邸」(三井不動産レジデンシャル「パークホームズ津田沼奏の杜」)というものであった。
 驚いたことにこの再開発および各マンションの名前に冠された「奏の杜(かなでのもり)」というポエムが、なんとそのまま正式に地名になってしまったのだ。もともとの名前は「谷津(やつ)」であった。その名の通り丘陵が浸食されてできた谷戸(やと)(谷津)地形であり、「杜」などではない。東日本大震災以降、低地が忌避される風潮にあって谷戸地形を表す地名がポエムによって隠されたのである。今後このようにマンションポエムによって地名までポエム化するという事例が増えるのではないかと予想する。
 もう一つは「マンションポエムのファンタジー化」だ。後から振り返れば、2017年はマンションポエムの歴史において記念すべき年となるだろう。いわば究極のマンションポエムとでもいうべき作品が登場したのだ。

「遥か遥か昔…。巨大なくじらがトネリコの大木を背負い、都会の港にやってきました」「『くじらアイランド』と呼ばれる、大勢の人々が暮らす街となりました」(三井不動産レジデンシャル「パークタワー晴海」)

 どんなに突拍子もなく見えるものでも、これまでのマンションポエムは立地の歴史的事実を元にしていた。ところがこのポエムは完全なファンタジーなのである。マンションポエムが歴史や由緒を援用するのは、それによってその土地の素晴らしさを裏付けできる(と考えている)からだ。しかし、説得力と夢さえもたらすことができるのであれば、もはや歴史的事実に頼る必要はない、というステージに至ったのである。まさにマンションポエムのネクストステージである。というより、正真正銘のポエムになった、というべきか。メインのキャッチコピーはずばり、「イマジネーションランドの世界へようこそ」「世界は自由に想像できる」である。
 晴海という東京湾の埋め立て地ゆえ、土地に由緒がないという理由もあるだろう。であれば歴史の体裁をとらなければいい。しかし資源としての街を謳うには、フィクションであっても由緒を語らねばならないのである。これから造成される予定の住民共用の家庭菜園も、「ある時、野菜を食べない子どもたちのために異国から訪れた農夫が菜園をつくりました」「その後、街の住人みんなで引き継ぎ街の菜園としたのがハーベストテラスです」「いつしか収穫祭として恒例の催しとなったといいます」と、伝説の体裁をとって綴られる。まだ存在もしていないのに。
 この物件のランドスケープデザインには、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドが関わっている。つまりファンタジーのプロの仕事だったのだ。納得である。「都心の暮らしに魔法をかける」というポエムもあった。
 こうなると、次のファンタジーマンションポエムも想像できそうだ。スタジオジブリ監修の物件だ。映画の中の「トトロの森」を外構部のデザインに謳うマンションが、遠からず企画されるのではないか。宮崎駿氏はそういうビジネスを嫌いそうだが、氏の(最後の)引退のあかつきには、すぐにでも実現するような気がする。

著者情報

写真家・フリーライター

大山顕

おおやま けん

1972年千葉県生まれ。98年千葉大学工学部卒、同修士課程修了。卒後松下電器(現・パナソニック)入社、10年勤務後退社、写真家として独立。また団地、工場萌え、ジャンクションなどを楽しむ写真集や著書多数。
主著に『工場萌え』(共著、東京書籍、2007年)、『ジャンクション』(メディアファクトリー、07年)、『団地の見究』(東京書籍、08年)、『工場萌えF』(共著、東京書籍、09年)、『高架下建築』(洋泉社、09年)、『共食いキャラの本』(洋泉社、09年)などがある。

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